第18話

 

「ところで、中庭で出会った時から気になっていたんですが、俺の名前を知っているのは何故なんですか?」


 雑談の流れの中で、俺はそう質問する。


「それは僕が教えたんだよ」


 と、アーナジュタズィーエ様ではなくランガジーノ様が答え始める。


「王女殿下に学園案内の一環で、実技試験を見てもらったんだ。その時、君のことを見た殿下が、そのスキルの使い方に感心されてね。”あの黒髪の子について教えてくれ”と仰るんで、君について色々と話したんだよ。悪かったね、勝手に教えてしまって」


 俺のスキルの、使い方に?


「どのようなところが気に入られたんでしょうか?」


 アーナジュタズィーエ様に、聞いてみる。


「はい。見たところ、あのスキルは何か、光のようなものを撃ち出す能力ですよね」


「その通りです」


「でも、その次に使われた時は、 スキルの”スラッシュ”のようなものに見受けられました」


 なんと、そこに気づくとは。というか、スラッシュの存在を知っているのか。


「王女殿下は、スラッシュのことを?」


「ええ、クロン様の何人か前に、スラッシュの使い手がいましたから」


 なるほど、そうだったのか。



 異能スキルは、被ることがあるのだという。ごく低い確率だが、生きている間に同じスキルを持つ二人が出会うこともあるらしい。


 因みに、俺のこの”ビーム”は、神皇国が統計を取り始めてから初めてのスキルらしい。



「それで、そのスキルの使い方を見て、私はいくつかの可能性を感じました」


「可能性ですか?」


「ええ。どうです、クロン様。私と仲良くしてくださると、そのうち教えて差し上げるかもしれませんよ?」


 アーナジュタズィーエ様はそういうと、舌をちょろりと出して笑った。かわいい


「今は教えてくださらないのですね……こ、こほん理由はわかりました。もう一つ、さっきの合格発表の時に、王女殿下が俺のもとにいらっしゃったのは?」


 俺は答えに窮し、質問を変える。


 アーナジュタズィーエ様が俺に会いに来てしまったお陰で、一時はかなり注目されてしまった。その後結果発表が始まったので、どうにかその場は逃れられたが。


「もう、クロン様ったら。そうですね、それは、私のわがままです」


 今度は、アーナジュタズィーエ様が。


「わがまま、ですか?」


 フォーナ様が疑問を口にする。


「ええ。恥ずかしながら、無理を申しまして。クロン様もこの試験結果発表にいらっしゃるはずだと思い、騎士様たちにクロン様の居場所を探してもらったのです」


 そう言われてみれば、確かに貴族様や平民に混じって、鎧を着た人達を見かけた気がする。これも受験者の親たちなのかと思い、気に留めてなかったが。


「そうすると、クロン様たちらしき三人を発見したと報告が入ったので、そちらに向かったのです。が、思ったよりも人々の視線を集めてしまって……恥ずかしかったです」


 アーナジュタズィーエ様は下を向いて顔を赤らめる。

 そりゃ、あんな白いドレスを着ていたら、目立つでしょうに。それに、護衛の人が周りを囲っていたことや、顔をベールで隠していたことも、その一因と思われる。


「俺たちも、かなり注目されてましたからね。しかも、ランガジーノ様までいらっしゃったせいで、俺が何者か疑われたんじゃないですか?」


 俺は、ランガジーノ様なことを半目でじとっと見る。


「い、いやあ。僕もあの時は焦っていてね。一緒に結果発表を見るつもりだったのに、殿下が急にいなくなるものだから、慌てて探して回ったんだよ。そうしたら、君たちが殿下と一緒にいるということで、そちらに向かったんだ。そうか、クロンくん、すまなかったね」


「いえ、過ぎたことなので。王女殿下は、俺のスキルに感心されて、ということですが?」



「そうなのです! クロン様は、スキルを使われる時に、発動句コマンドを仰っていませんでしたよね!」



 え?


 嫌、そんなはずはない。きちんと〈光あれビーム!〉のコマンドは述べたはずだ。


 異能スキルは、どの種類のものも必ず発動句コマンドと呼ばれる魔法でいう詠唱のようなものを言わないと使えないのだ。コマンドを言わずに使おうとしても、スキルが発動することはない。


 だが俺は、通常ならありえないことだが、このコマンドを言わなくてもビームのスキルを使うことが出来るのだ!

 俺は昔から、あの三年前の日このスキルを突然使えるようになってから、フォーナ様の特訓で教えてもらうまで、そもそもコマンドという手順の存在すら知らなかったのだ。

 ランガジーノ様は、俺のこの”無詠唱”は使いようによってははるかに高い有用性があると考えた。それでランガジーノ様は、俺には秘められし力があると村で勧誘する時に仰ったのだ。


 更にスキルというもの自体、使用者の想像力イメージに左右される。そのままコマンドを言っても発動出来るが、頭の中でスキルをどのように使いたいのか、俺の場合はどこに向けて、どれくらいの威力でビームを撃ちたいのかということを頭の中でイメージする。

 そうすると、スキルの威力が高まったり、より正確で精密な操作が出来るのだ。



 ということで、アーナジュタズィーエ様は、俺がこの”コマンド”を言わなかったことに対して驚いているというわけだ。

 スキルも結果としては二回発動するだけで、15体ある人形を破壊できた。もしかしたら、それにも驚かれているのかもしれない。俺としては結構手応えがあったからな。


 言ったと思うが……言ったよな? ……あれ、二回目ってどうだったっけ?


「フォーナ様は観客席にいましたよね? 俺、ちゃんとコマンド言いましたよね? 緊張してきたせいか、ちゃんと憶えてないんですが」


「ええ。流石の出来でしたよ、クロン様。一ヶ月半という短い期間ながら、よく頑張りましたね」


 フォーナ様は、その真顔は崩さないが、その喋り方は柔らかく感じられた。


「ですが」


 が、今度は背筋が凍りそうなほど視線を鋭くする。


「はっきりと申し上げましょう。クロン様は、スラッシュビームを使う時に、”無詠唱”で発動されていました。間違いありません。人形が破壊された後、観客席にいた貴族様たちは皆そのことについて散々話題にされていましたよ」


 

 ……ああ、なんということだ。やってしまった……



 俺は頭を抱え、ブンブンと振り回す。大事な場面で、コマンドをいうのを忘れるだなんて。俺の体質についてはきちんと隠そうと取り決めていたのに。


「す、すみません、ランガジーノ様! あれだけ言われていたのに、ここぞという場面で……」


 ランガジーノ様に向かって頭を下げる。


「いやあ……まあ、安心したまえ」


「え?」


 ランガジーノ様は苦笑いをする。


「学園の実技試験は毎年守秘義務、つまり外に向かって言いふらすことは禁止されているんだ。将来、国の大きな手札となるかもしれないスキルの内容を、異能者スキルホルダーが育つ前に世間に大っぴらにする訳にはいかないからね」


 そ、そうなのか。


「だから、試験の見学は国が選別しているんだ。将来スキルホルダーのことを的確に扱うことが出来る能力があるか、試験で起こったことを外に漏らさない国への忠誠心はあるか、などをね。だから、一先ず君のその特異な体質が広まる恐れは、ないと考えていいよ」


「わかりました。本当にすみません!」


「うん。確かに緊張していたのかもしれないが、君のその力は使いようによっては国を救うことも、滅ぼすこともできるんだ。君一人に押し付ける形になってしまうかもしれないが、だが最終的には君の身の振り方が全てを動かしていく。これは、その無詠唱のことだけじゃなく、スキルホルダーとして誰もが心がけるべきことなんだ」


 なるほど、最もな話だ。


「誓約書のことは、憶えているかい?」


「はい、あの、宿でサインをした、勇者候補になるために必要だとかいう書類ですよね」


「うん。その中に、”自己責任を全うする”ってあったよね」


「……はい、ありました」


 確か、一番最後に書いてあったな。


「あれは、別に勇者候補としただけじゃあない。学園に通うものとして、スキルホルダーとしての”自覚”を促す書類でもあるんだ。まだ君は九歳だ。でもその歳は、どんどんと新しいことを発見していく時期でもある。君のその立場だと、その入ってくる様々な情報に流されて身の振り方を間違えてしまうと、十年後、二十年後の自分が困ることになってしまうんだ」


 将来の自分が困る、か。


「これは、君のためを思って言ってるんだ。別に、クロンくんの失敗を責めている訳じゃない。けど、あの誓約書にサインした以上、きちんと守って欲しいし、君はそれができる人物だと信頼している」


 ランガジーノ様は、更に真剣な顔をされる。


「だが、信頼というものは脆く、何かあればすぐに崩れ去ってしまうものだ。君の今回の失敗は、まだ取り返しがつく。幸いに、あの場にいた貴族たちは、皆国への忠誠心は人一倍ある者たちばかりだった。言うなと命令すれば言わない、そんな者たちだ」


「勿論、私も忠誠心は持ち合わせています」


 フォーナ様がランガジーノ様へ向かって、胸に手を当てそう言う。


「ありがとう、フォーナ。フォーナがこう言ってくれるのも、クロンくんのことを考えてくれているからなんだよ? ここにいる皆んな、クロンくんの学園生活を、勇者候補としての成長を見守ろうと思い行動してくれている。私は皆のその気持ちを信用しているし、信頼している」


 ランガジーノ様は、この場にいる皆を見渡す。


「君は失敗を引きずる必要はない。失敗したならば、次は隠し通せるように気を付ければいい。何度も言って悪いが、君のその能力は一秒を争う場面ではとても貴重な戦力になりうるんだ。予言通りにことが進めば、魔物の数もこれから増えていくだろう」


 瘴気の影響で、これから魔物がどんどんと増えていく。そして最後には、人類が底辺に置かれる弱肉強食ジャクニクキョウショクの世の中が待っているのだ。

 そうならないためにも、俺たち勇者候補は世界を救う”勇者”となるため日々鍛錬を重ねていかなければならない。


「しかし君の失敗が場合によっては、大変な事態を巻き起こすこともあり得るんだ。今回はまだ良かったが、もしこれが国の息がかかっていない、下手をすると外国の間者スパイに知られてしまう可能性もあるんだ。そうすると、神皇国には危険な人物がいると思われてしまうに違いないし、君自身が攫われてしまったり、殺されてしまう可能性もある」


 俺の身にも、危険が。


「そしてそれは君だけじゃなく、周りの人々も危険な目に合わせてしまう可能性を増やす。君に近い人をさらって、人質とするかもしれない。そうなると、君に与えられる選択肢は少なくなる。スキルがあってもどうにもならない事態が起こることは十分に考えられるんだ」


「常に気を張り続けるのも疲れるだろう。だが、世界の危機と勇者候補のことが世間に知らされるまで。あとせめて一年間は、自分の行動に細心の注意を払ってもらいたい。お願いする」


 ランガジーノ様は、頭を下げる。


『ら、ランガジーノ様!』


 俺の不手際で始まった話なのに、ランガジーノ様が頭を下げるだなんて。


「や、やめてください!」

「そうです、一国の神子なのですよ!」

「神皇国がそこまで世界のことを……」


 皆、ランガジーノ様のことを諌める。


「嫌、これは神子だとか関係ない。クロンくん自身を、皆の命を守るため。そして世界の危機に立ち向かうため、どうか頑張って欲しい!」


「……ランガジーノ様……。本当に、すみませんでした」


 俺は、頭を下げる。


「話を聞いて、自分の失敗の重大さを理解できました。俺、みんなの命を救うため、精一杯学園で勉強します!」




 思わぬ失敗が大変な事態を巻き起こす。俺はすでにその大変な事態に巻き込まれている気がしつつも、自分の行動に責任を持つ大切さを改めて感じ取ったのだった。



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