第17話
「ふう……それにしても、すごい人だったね。毎年何千人も見に来るのだから」
ランガジーノ様が紅茶を飲み、そう話を切り出す。
俺たちは一先ず、学園の応接棟の一室を借りた。発表だけでなく、突然の王女様来訪や神子殿下来訪などの出来事ですっかり疲れてしまった。
だが、これからまだまだ話がありそうだ。気を保たないと。
「ええ、そうですね。流石は栄えある神皇国が首都、学園だけでなく、街の至る所が人で溢れかえっており、大変驚きました」
アーナジュタズィーエロンデル王国第一王女殿下も、そう呟きホッと息を吐く。頭につけていた布は、今は取り外している。
後で聞いたところ、あの布はロンデル王国に伝わる”ベール”と呼ばれるもので、王族の未婚の女性がまだ男性との関係を持っていませんよ、と対外的にアピールするためのものだそうだ。
アーナジュタズィーエ様が王女様だということは、この部屋に入ってからランガジーノ様が証明してくださった。
何故他国の王女様が神皇国にいるのか。その理由も序でに訊ねたが、なかなか複雑な理由があるようで……
「戦争のせいで、ですか」
俺はアーナジュタズィーエ様に聞く。
「ええ、正確には内戦ですが。その内戦も、幸い先日ようやく終結しました。今は、私の兄である第一王子が暫定政権を立ち上げ統治しています」
「そうだったのですか。ロンデル王国は我が栄えある神皇国の隣国。古くからの友好国です。その内戦は、宮廷では常に話題になっておりました。おめでとうございます、と申し上げてよろしいのでしょうか」
フォーナ様が言う。フォーナ様は新人とはいえ、ランガジーノ様の身近な存在だ。その手の話を耳にする機会があるのだろう。
「ええ。ですが、内戦でたくさんの国民が命を落としました。素直に喜べない、と言うのが現状です」
「そ、そんな……」
エレナさんは悲しそうな顔をする。エレナさんは感情が表に出やすい人だ。フォーナ様とは対極的といえよう。
「ですので、まずは国内の立て直しが急務です。ですが、私はここにいます。その理由も、お話しした方がよろしいでしょう」
確かに、戦争が終わったなら、国に帰れるだろう。王族ならば、やることもたくさんあるに違いない。
「そこは僕も補足します、王女殿下」
ランガジーノ様が会話に割って入る。
「まず、王女殿下は内戦の間、この神皇国内のとある場所に、疎開されていたんだ。疎開とはつまり、安全な場所に避難して、しばらく生活することだね」
成る程。その身を守るため、友好国である神皇国に逃げてきたというわけか。
「内戦が起きたのは私が生まれてすぐの出来事でした。私は今年で十二歳なので、クロン様も私と同様始まった当初のことはご存知ないでしょう。私とて、実のところ、ついこの間まで自分が王女だということを知らなかったのですから」
へえ! そうなのか。今まで10年以上、自分が本当は何者かを知らされていなかっただなんて、相当な衝撃だったろう。
「それは、大変でしたね」
「ええ。未だに本当に自分が王女なのかと、実感が湧きません。内戦が始まってすぐに連れ出されたので、自分の意思で祖国の地を踏めていないのですから」
「僕は、よく覚えているよ。その日は夕食を食べていたらいきなり使者が現れて、ロンデル王国で反乱が起きたと知らされたんだ。その後、友好国のトップである父上、皇帝陛下は直ぐに夕食の席を立ってしまってね。国際情勢なんて、既に学び始めていたとはいえまだまだ理解しきれていなかった。けど、大変なことが起きたということをこの肌で感じたよ」
ランガジーノ様は第三神子殿下だ。内政から外交まで、幼い時から少しずつ学んでいたのだろう。
「もう終わったから君たちには教えるけど、内戦は実は第二王子が起こしたものなんだ。だから、諸外国はロンデル国王、王女殿下のお父上の治世に疑問を持つことも考えられる。神皇国としては、友好国であるロンデル王国には、国内体制を早期に立て直して貰いたいという思惑があるね。隣国は、ロンデル王国だけではないのだから」
なんと、身内が、王族が反乱を起こすだなんて。一体何が不満だったのだろう。ということは話から推測するに、第二王子を第一王子が打ち倒した、ということでいいのかな? 王様はどこに行ったんだ?
「あの、その第二王子さんは、なぜ反乱を? それに、そのロンデル王国の国王陛下が、話に出てこないのですが……まさか…、」
と、エレナさんが俺の疑問を代弁するかのように問うた。
「いや。そこは安心してほしい。先ほど知らされたが、国王陛下は、王妃とともに無事に保護された。どうやら牢屋で監禁されていたようだ。ロンデル王国の王位継承には、とある儀式が必要でね。第二王子派としては、ひとまずは国内を制圧し、それから強制的に譲位させようと考えていたのだろう」
国王陛下、アーナジュタズィーエ様のお父さんは生きているみたいだ。良かった、ここで残念ながら殺されてましただなんてなったら、アーナジュタズィーエ様が余りにも不憫だ。
「良かったですね、王女殿下」
「ええ! 一先ずは、安心しました。お父様は行方知らずになったと聞いていたので、とても不安だったのです。と言っても、親の顔も覚えていないのですが……」
アーナジュタズィーエ様は、顔を曇らせる。
「それは……仕方がないとしか」
だって、反乱のせいで、この国に逃げて来たんだろ? そんなの、アーナジュタズィーエ様にはどうしようもないじゃないか。
ここで、気の利いた言葉の一つや二つ掛けられたら良いのだろうけど、あいにくと俺はそんな器用じゃないんだよなぁ。
「ええ、それは十分理解しています。ですが、私もまだ十二歳。これから親子の絆を深めていけたら良いな、と」
アーナジュタズィーエ様は、沈んだ気分を振り払うように、笑顔を咲かせた。やっぱり、この人には笑顔がとても似合う。
「とりあえず、簡単だが、王女殿下が我が栄えある神皇国に滞在されている理由は、わかったかな?」
「はい。一応は。ですが、俺としてはまだまだ疑問が尽きないのですが」
「そうだろうね。交流も兼ねて互いのことを今のうちに出来るだけ知っておいた方がいいだろう。なにせ、君と王女殿下は
ランガジーノ様は、はにかむ笑顔でそう言った。
長い付き合いになるとは、どういうことだろうか。学園で六年間一緒に学ぶことを指しているのか?
「では私から、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
フォーナ様が手を挙げる。因みに今は、俺とフォーナ様、エレナさん。ランガジーノ様とアーナジュタズィーエ様が備え付けのソファに向かい合って座っている。ランガジーノ様の後ろには、護衛の騎士達が立っている。
「どうぞ、答えられる範囲でならば、お答えいたします」
アーナジュタズィーエ様は笑顔を保ちつつ、そう返す。
「まず交流の前に、その、クロン様のことをどのくらいご存知なのか、ということを確認しておかなければ。
アレとは”崩れ”、つまり世界の危機と俺が勇者候補だということについてだろうか。
「ああ、勇者候補のことかい? それなら、既に知らせてある。なんたって、王女殿下自身が勇者候補だからね」
え、ええーっ!?
「お、王女殿下も勇者候補なんですか!?」
エレナさんが聞く。
「ええ。既に想像がついていらっしゃると思いますが、私もスキル持ちなのです。祖国はまだ再建が始まったばかり、世界の危機といっても、後回しにせざるを得ないのが現状のようです。なので疎開先のこの神皇国にあるこの学園で、私の持つスキルを祖国のため、そして世界のために活かせる方法を学ぼうと決めたのです」
アーナジュタズィーエ様は、まだ十二歳なのに、中々きちんとした考え方をされるようだ。
「折角なので、そのスキルについても少しは共有しておいた方がいいだろう」
ランガジーノ様がアーナジュタズィーエ様の方を見てそう言う。
「そうですね。私のスキルは”ドレイン”と呼んでいます。簡単に説明すると、対象の生命力を吸い取ることができるスキルです」
「対象の生命力?」
「ええ。人だろうが鳥だろうが、その生命力を吸い取って、別の力に変換して放出することもできます」
へえ、顔に似合わず中々怖そうなスキルだな。
「ということは、吸い取られた生き物は……」
エレナさんが恐る恐る訊ねる。
「まあ、その……死にますね」
そんなスキルを持っているとは。もし反乱軍にバレていたら、悪用されていたに違いない。俺のスキルも動物を殺すことくらいは訳ない。勇者候補に選ばれるには、そういう力が求められているのだろう。
「そうなのですか、ありがとうございます。では、クロン様のお立場は、王女殿下に隠す必要はないということですね?」
フォーナ様は若干驚いた様子を見せたものの、いつもの冷静な態度を崩さず問い直す。
「ええ。寧ろ、クロン様とは互いのことをもっと知る必要があると思いますわ。ですので、勇者候補としても、学友としても、仲良くしてくださると、嬉しいですわ」
アーナジュタズィーエ様は、白い手袋をつけた両手で俺の手を上から包み込み、顔を近づけ微笑みかけてくる。相変わらずのその整った顔立ちは、王女様だということを裏付けるには充分だろうと思うほどだ。
「うっ……こ、こちらこそ……そういえば、ランガジーノ様はさっき、王女殿下と俺が長い付き合いになると言っていましたよね。それは、勇者候補として同じ立場を共有するという意味なのですか?」
俺は、包み込まれた手を引っこ抜き、照れ隠しにランガジーノ様に問いかける。数秒間近で見つめ合っただけで、心臓がドキドキしてしまった。
「確かにそういったね。それは……そのうちわかるよ、そのうちね」
ランガジーノ様は何かをはぐらかすようにそう答えた。最近、急に重大な事を知らされる機会が多い気がする……そういう心の準備がしにくくなる答え方はやめて欲しいなあ……
「私としては、先ほども申し上げましたが、クロン様とは長いおつきあいをさせていただきたいですわ。あの模擬戦場での実技試験、クロン様は素晴らしいスキルをお持ちですのね!」
アーナジュタズィーエ様は何故か顔を赤らめてそう言った。
「ありがとうございます。ですがそれは、フォーナ様やエレナさんにお世話をして貰ったからこそ、うまくいったのだと思います。運が良くといっていいのか、一組に入学することもできましたし。遅くなりましたが、二人とも、ありがとうございました!」
俺は、フォーナ様とエレナさんに向かって頭を下げる。
「いえ、全てはクロン様の努力の賜物です」
「そ、そうです! 私も出来るだけのお手伝いをしただけですから」
二人は俺が頑張ったからだと労いの言葉をかけてくれた。
「三人は、互いに信頼し合っているのですね」
と、アーナジュタズィーエ様が少し寂しそうに、そうつぶやいた。
「私も、この学園で信頼して何かを任せられる人が出来ればいいのですが……」
そうか、そうだよな。自分の故郷は反乱が鎮圧されたばかり。しかもその反乱を起こしたのは、一番身近な存在であるはずの、自分の兄である第二王子だ。更に今は他国である神皇国で、ロンデル王国の王女という立場に置かれている。不安になるのも仕方のないことだろう。
よし、ここは手を挙げますか。
「……俺が、なりますよ」
「え?」
「俺が、王女殿下の、信頼できる人になります! 王女殿下は俺と仲良くしたいんですよね?」
「ええ、それはそうですが」
「じゃあ、俺が王女殿下の信頼できる人間になれば、一投二兎ですよね!」
「それは……確かに」
「同じスキル持ちで、勇者候補。それにクラスも同じなんですから。もし俺の想いに理由が必要なら、それじゃ駄目ですか?」
「いえ、そんなことはありません! 私も、先程から申し上げていますが、クロン様には宜しくして頂きたいと思っていますので。お気持ち、本当に本当に嬉しいですっ!!」
アーナジュタズィーエ様は首を横に降る。そして先程よりも更に明るい笑顔を見せてくれた。
「……じゃ、じゃあ私も! 勇者候補でもなんでもない平民の私が失礼かもしれませんが、王女殿下とはお友達になりたいです!」
エレナさんが、言う。
「私も、できることは手伝わせて頂きます。クロン様のお友達になられるというのであれば、私も仲良くさせていただきましょう」
今度はフォーナ様が。
「クロンくん、それにエレナにフォーナも。皆んな、心からの気持ちだろう。王女殿下、僕も友好国の王族として、これからも君の力になろう」
そしてランガジーノ様も。
「み、みなさん……ありがとうございます! 私、こんなに嬉しい気持ち、王女になってから、初めてです」
アーナジュタズィーエ様は、涙目になりながらも、精一杯の笑顔を向けてくる。
その顔は、王女としてではなく、十二歳の女の子としてのものだった。
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