第15話

 

「では、参りましょうか」


「はい!」


 冬の三月、半ば。試験が終わり、その採点も終わった。そして今日はいよいよ、合格発表だ。

 合格発表では、合否だけではなく、そのまま続けてクラスや合格者の順位も発表される。俺の関心はもちろん合格者順位だ。


「はあ……緊張します!」


 エレナさんも、今日は一緒にみにいく。ここまで散々お世話になったのに、一人置いてけぼりはない。これからも、一緒に喜びや悲しみを分かち合いたい。そのためには、ここでつまずいていてはいけないのだ。


 俺たちは、試験終了後再び寝床にしていた宿を出発した。





 ★





「おお、凄い人だ!」


 発表会場である、国立学園の中庭に着いた。そこには沢山の人たちがいた。

 受験者のうち、受かるのは四十人が八クラス分、三百二十人だ。だが、毎年二千人近くが受験する。受験ですら、六学年分のクラスが埋まるまでしか受け付けない。千九百二十人が限界だ。

 つまりは倍率と呼ばれる、合格者と受験者の比率に直すと、六倍ということになる。それも試験の手続きが受け付けられた人だけなので、実際はもっとあるだろう。


 スキル持ちは、指先から火を出す者から、俺のようなビームを放てる者まで様々なスキルを有している。その全てが、一応は入学資格を持つ。なので、一途の望みをかけて、受験しにくるものも多いと聞く。

 なにせ、学園生活中の衣食住などの基本経費は全て国持ちなのだ。まあ、六年間出られないという枷はつくが、それでも無事卒業できればなんのコネも持たない平民でも、貴族様のもとで働くことができるかもしれないのだ。


 逆に、ここで落ちればまた来年まで待つか、もう諦めるかしかない。他の都市の学校も、入学時期は一緒らしく、どっちにしろ一年間待ちぼうけをくらう。特に多感な時期である俺と同年代の子たちなんか、一年間置いていかれただけでだいぶ差がつくだろう。

 俺も、受験するにあたって必要な最低限の常識をフォーナ様などから教えてもらった。もし勇者候補として見出されなければ、一生を何も知らない田舎者で終わった可能性もある。機会というものは得られれば大きいが、逃しても大きいものだ。


「クロン様、もう少し前の方に行きましょう」

「はい、わかりました」

「ふえぇ、押さないでください……」


 俺たちは人でごった返す発表会場を、掻き分け掻き分け進んでいく。普段は厳しい礼儀作法が求められているだろう貴族様たちも、血走った目で自分の子供の結果を今か今かと待ちかねているのがわかる。貴族様とて、平民な親と同じく自分の子供がいいところに入学してほしいと望むのはおなじだと思う。



 と、ようやく場所取りが出来、発表が始まるのを待っていたら、急に人々の視線が一方向へ向いた。俺たちもなんだろうと思い、そちらを向く。と


「あれは……実技試験の時にもいた……」

「綺麗なドレスですねぇ!」

「あの子、もしかして」


 実技試験の時に観客席で見かけた、白いドレスに顔を薄い布で覆った女の子を、群衆がそこだけぽっかりと穴が空いたように遠目に取り巻く様子が見えた。女の子が歩くのに合わせて、人の群れが割れていく。

 そしてその現象は、どんどんとこちらに近づいているように見えた。


「あの、こちらに近づいていませんか?」


 俺はフォーナ様に問う。


「確かに、そのように見えますね。私たちも退けた方がよろしいでしょうか」


 女の子はキョロキョロと辺りを確認しながら歩いているように見える。


「えっと、えっとぉ……」


 エレナさんもキョロキョロとどっちの列に混ざろうか悩んでいる。そうこうしているうちに、ついに俺たちの付近まで女の子が来た。


 俺たち三人は、急いで群衆に混ざって道を開けようとする。が、様子がおかしい。人々の視線が何故か、俺たち三人に向いているのだ。そして俺たちが群衆に混ざろうとすると、女の子にするように人々がそのぶんだけ避ける。

 あの、どうしてですかねぇ?


 そしてついに、女の子が俺たちの目の前までやって来た。


『…………』


 群衆は俺たちと女の子が視線を合わせたのを見て、静まり返る。


 女の子は、一歩、また一歩とこちらにゆっくりと近づく。


「ど、どうしたら……」


 俺は小声で二人に訊ねる。


「とりあえず、このまま待ちましょう。明らかにこちらに近づいています」


「そ、そうですね」


 二人はもうこのままこの場所で待つことを選択したようだ。仕方ない、俺も無事にこの時が過ぎることを祈っていよう。


 そして女の子は、お供を連れて俺たちと三歩分、間を空けて立ち止まった。



「ごきげんよう」



 すると、透き通った綺麗な声が聞こえた。今のは、誰が言ったのだろうか?

 見ると、女の子はそのドレスのスカート部分を軽く持ち上げてお辞儀してくる。今のは、この子が?


「え、えっと」


 俺は咄嗟にフォーナ様を見る。


「あれは、カーテシー……! クロン様、ここはひとまず臣下の礼を!」


 カーテシー? カーテシーって、フランポワン様が雑談まじりに教えてくれた、女性貴族や貴族のご令嬢がドレスを着ている時にするやつだよな? ということは、見た目通り貴族様なのか!


 俺は、言われた通り慌てて片膝を立て跪坐く、臣下の礼を取る。エレナさんも平民なので、俺と同じく臣下の礼を。フォーナ様は貴族らしく貴の礼をした。


 と、女の子が一瞬だが、ピクリと少し身体を跳ねさせるのがわかった。表情はあい変わらず伺えないままだ。


「……どうぞ、お立ちになってください」


 今度は、女の子の発言だとわかった。俺たちは言われた通り立ち上がる。


 そしてそれを見ると、女の子は続けてこう言った。


「あなたが、クロン様ですね?」


「はい! そ、そうです!」


 俺は急に問われたため、ちょっと声が上ずってしまった。


「ふふっ。お会いできて光栄です」


 わ、笑われた……


「え、あの、こちらこそ?」


 光栄です、と言われても。俺と出会えたことの何が嬉しいのか全くわからない。

 それにまず、このが誰かわからないし、知り合いにフォーナ様以外の女性貴族や貴族の子女もいない。正直反応に困るのだが……


「あっ、そうですね。自己紹介を忘れていました……と言いたいところですが。折角ですので、それは後のお楽しみということにしましょうか」


「え? は、 はあ、そ、そうですか」


 一瞬身構えた俺はがっくりとなる。何故今この場で教えてくれないんだ! モヤモヤするじゃないか!

 後のお楽しみ、ということは、そのうち教えてもらえるのか? そもそもまた会えるという保証はないし、この娘の名前を知ったところですぐにどうこうなるということではないだろうが。


 と、女の子が一歩近づく。俺は無意識にそのぶんの一歩を下がる。


「むっ……」


 今、小声だが”むっ”とか言わなかった? まさか、こんな清楚な雰囲気の貴族様が。聞き間違いだろう。


 と、女の子がまた一歩近づく。俺は、今度は意識的にその分の一歩下がった。


「……あの、何故遠ざかるので?」


 女の子は、少し怒った様子を声に込めて、そう訊ねて来る。もしかして、その物静かな見た目とは反して、意外に感情的になりやすい娘なのかな?


「え、だってその、あなた様が近づいて来られたので……」


 俺はそう弁明する。こうとしか言いようがない。


「それは、理由にはなりません」


「ぇえ……」


 嫌々、貴族様にいきなりこんな大衆の目前で近づいて来られたら、そりゃ逃げたくなるでしょ。ただでさえ注目されているというのに、これ以上何を望むというのだ。


「クロン様」


「は、はい!」


 女の子は、今度はゆっくり二歩近づいてきた。俺との距離は一歩ぶん、手を伸ばせばそのドレスに包まれた体に触れそうなくらいだ。

 俺は今度は下がらなかった。これ以上押し問答をして着ても仕方ないと思ったからだ。


「発表、始まるようですよ」


 女の子は俺の後方の頭上、中庭に設けられた大きな横に長い高台を指す。俺はそれに合わせて後ろを向く。と、高台の上には大きな紙を持った学園の人が何人も並んでいた。


 俺たちに注目していた群衆もそれに気づき、再びざわざわとしだす。


「<これより、合格者の発表を行います!!>」


 何か筒のようなものを持った職員がそう叫ぶ。ここと高台は結構離れているが、ここまで大きな声が聞こえて来る。おそらくあの筒は声を大きくする魔導具なのだろう。


「いよいよですね、クロン様」


 俺の左側に立つフォーナ様が、そういう。


「私は、信じていますよ!」


 さらにその左側に立つエレナさんも、声をかけてくれた。


「学園生活、楽しみです」


 俺の右側に立つ女の子も、嬉しそうな声色で呟く。


 ……えっ?


「うえっ!? いつの間に!」


「? クロン様が私のことを放って前を向かれたので、こうして横に立たせてもらっています」


 白いドレスの女の子は、悪気もなしにそういった。


「あ、嫌、すみません。つい」


 でも指をさしたのは、この娘なんだが。

 それに、学園生活が楽しみ? まだ合否の発表もされてないのに? あの実技試験の観客席にいたことから、受験者じゃないと思ったのだが。でもここにいるということは、この国立学園を受験した、スキル持ちということになる。

 それに既に学園生活が楽しみだと言い切るだなんて、よっぽど受かる自信があるのだろうか?



 すると、巻かれた紙がクルクルと高台から下ろされ、群衆が一斉に声を上げた。喜んでいるもの、悲しんでいるもの、さまざまだ。

 中には、拳を天に突き上げて歓喜の声を上げている、受験者の親だと思われる貴族様までいる。自分の子供がこの学園に入学できるということは、それだけ嬉しいことなのだろう。


 そして俺の名前はというと。



「……ありました!」



 フォーナ様がいう。


「えと、えと、見えません〜!」


 背が少し低いエレナさんは、必死に足を伸ばしているが、合否が発表された瞬間、俺たちを包んでいた空間を一気に押しつぶすようになだれ込んで来た群衆に阻まれ、よく見えないようだ。俺も勿論見えるはずもなく……


 と、突然、俺の身体が持ち上げられた。


「どうですか、これでよく見えますか?」


 なんと、フォーナ様が両手で俺の腰を持ち上げてくれたのだ。


「フォ、フォーナ様!」


「クロン様、良かったですね」


「え? えっと……」


 俺は直ぐに恥ずかしくなり、おろして下さいと言おうとしたが、フォーナ様が(顔には出さないが)嬉しそうにそういうので、紙を見ることにした。


 何枚かある紙には、遠くからも見えるようにか、大きな文字で受験番号と受験者の名前、そして順位が記されていた。左端の紙の一番上が受験成績第1位のようだ。

 紙を降ろすため、高台の高さも相当あるようだ。また、高台の周りは柵で囲ってある。あれは恐らくは文字が人で隠れないようにしてあるのだろう。


 そして紙を順番に見ていくと、八枚あるうちの一番左の紙、その一番下に、『四十・四十・クロン』と書かれているのが見えた。


 そしてその紙の一番上の真ん中には、『一組』と書かれている。




「……やっ、やったー!!!」




 俺はフォーナ様に腰を掴まれながら、右拳を天に突き上げた。




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