第14話

 

「次、受験番号40番、クロン!」


「はいっ!」


 俺は学園内にある、訓練場をそのまま大きくしたような施設、模擬戦場に来ていた。今日の試験は俺で最後だ。実技試験の内の、基礎テストと剣技の疲労はもう終わった。今日は調子も良く、フォーナ様に教えて貰ったことを生かせたので、手応えを感じられた。


 模擬戦場は柵で囲ってあるだけの訓練場とは違い、大きな壁で三百六十度を囲ってある。高さも大人五人分以上はあり、使用者が派手に暴れまわっても客席まで影響が及ばないようにしてある。


 更に、客席は防御用の魔導機械によって護られている。


 魔導機械とは、魔導を応用したものだ。魔導具と呼ばれる物が元々あり、そこに機械という歯車や棒などを組み合わせて、複雑に動かすことができる技術を組み合わせたものだそうだ。

 魔導具自体が高級品なので俺の村には一つもなく、存在を父さんから聞いていたくらいしか知らない。最近出回り始めたという魔導機械は尚更だ。


 そして、この魔導機械は魔素機器と呼ばれる種類のものだという。俺はフォーナ様から仕組みを教えてもらったが、あまり理解できなかった。


 まずは、魔素を抽出する。

 そしてそれを、魔力を吸収し易い”マナタイト”と呼ばれる金属を薄く伸ばした小さな板の、予め掘られている溝に沿って注入する。その溝は”魔術回路”になっており、魔素を含ませることに成功すると”マナテクノ”と呼ばれる部品になる。複数のマナテクノ基盤を”魔導線”と呼ばれるマナタイトでできた鉄線で決められた順番に繋ぎ合わせると、魔素機器の出来上がりだ。


 使うときは、魔力を込めると、複数の魔術が決められた順番に発動し、魔素機器が稼働するのだ。


 実際はもっと沢山の工程が必要なそうだが、俺が理解できたのはこれくらいだった。フォーナ様は『それだけ魔学の粋が集められた機械だということです。どうぞ、安心してスキルをお使いくださいませ』と仰っていたので、俺は細かい理屈は置いといて、思いっきりスキルを使ってやるつもりだ。



「では、前へ!」


 試験官が前方に敷かれた線まで進み出るよういう。その線から約10メートル先に、何体もの人形があえて乱雑に置かれていた。


 客席には、パラパラと人の姿が見える。そして、フォーナ様の姿も確認できた。こちらを、いつもの冷たい目で見下ろしている。俺は、ちらっと視線を合わせた後、すぐに逸らす。


 ふと、客席の中に、顔を布で覆った、ドレスを着た人が座っているのが見えた。一人だけ、顔を隠しているので目立つ。変な貴族様だな。そしてその横には、カッツの言った通りランガジーノ様が、付き人を連れて座っていた。俺と視線があうと、いつものはにかむ笑顔を見せる。俺は、軽く頭を下げておいた。


 が、今はそんなことは後回しだ。誰が見ていようと、俺の全力を尽くすまでだ。俺は意識を目の前に向ける。


「一について」


 試験官が試験開始の合図をした瞬間から、時間が数え始められる。制限時間は、一分間。俺はこの皇都に来るまでに時計というものの存在を知らなかった。なので、まだ感覚を掴みきれていない。時間を超えると、超えたぶんだけ減点される。気をつけなければ。


「よーい!」


 俺は、左手に集中する。この間ついに成功した新技を、試す時がきた。


「始めっ!」


 そして俺は、左腕を前に出し、スキルを発動する。


光あれビームっ!」


 光が左手の指から伸びる。三条の光が、それぞれ人形を打ち砕いた。


「はっ!」


 もう一度、放つ。


 くそっ、一体外した。若干の距離があるため、光が伸びる角度を調節するのが難しい。


 俺は、一度腕を下ろす。そして、残った人形の数と位置を確認した。


「真ん中五体は倒せた……あとは左右に五体ずつか」


 よし、ちょうどいい。あの技を使うか!


 俺は、深呼吸をする。緊張のためか手が少し震えている。今から使う技は、使うと少しの間集中が保てなくなる。残り時間から考えてもこの一回限りだろう。


「後30秒!」


 残り時間は半分を過ぎた。


「よしっ!」


 俺は気合を入れ、左腕をもう一度構える。そして、腕を内側に折り曲げた。


「………はあっ!!」


 俺はタメを作り、そして腕を一気に左まで横薙ぎにする。と同時に、三本指を突き出しスキルを発動する。


 光は弧を描き一瞬で人形の許へ到達する。そしてその瞬間、十体すべての人形が一斉に真っ二つにされ、その勢いのまま上半身と下半身がそれぞれ音を立てて吹き飛ばされた。



これは、俺の新技、スラッシュビームと呼ばれるものだ。斬撃を”飛ばす”ことができる、スラッシュというスキルを基に開発した。ビームとは違い縦に”貫通”するではなく、腕をふるったその指先の軌道と同じく、横に弧の形に伸ばした光を飛ばし”切断”する技だ。扇状に広がっていくので一度に沢山の敵を攻撃できる。

だがそのぶん、力が必要になり、多用はできないという欠点もある



「よしっ! ……くっ」


 俺はふらつく足元をなんとか抑え、立ち続ける。試験官の合図はまだなのか?


「…………」


 俺は試験官の方を見る。が、何故か試験官は微動だにしない。まだ時間が残っているのか?


「……!! そ、そこまでっ!」


 が、すぐに試験官は試験終了を告げた。今の間はなんだったんだ?


「……ふう」


 ふらつきが落ち着いた俺は、フォーナ様を探そうと、試験会場の上の方を見る。帰り支度か、周りにいる人と話をしながら動き回っている貴族様たちの中に目を凝らすと。



 フォーナ様が、少しだけ微笑んでいるように思えた。



 だが俺の視線に気づくとすぐに無表情に戻る。今のは、見間違えじゃないよな!? フォーナ様のあんな顔、初めて見たぞ?


 俺は、試験会場を見渡す。人形は全て穴が空いているか、真っ二つに折れている。と、ランガジーノ様とドレスの人がいないことに気がついた。白いドレスだったし、顔を覆う布も合わせて結構印象があったな。まあ、いいか。フォーナ様とランガジーノ様以外、誰がいようがいまいが、俺には関係のないことだ。ランガジーノ様には挨拶だけでもしたかったのだが、お忙しいのだろう。


「き、君、試験は終了だ。すぐに退出したまえ」


 試験官の方が乗っていた台から降りて来て、そう告げる。


「はい、わかりました。ありがとうございました!」


 俺は礼を述べ、そのまま訓練場を後にした。




「素晴らしい出来です。よく、頑張りましたね」


 試験の間だけ使わせてもらっている、寮に戻った俺は、いきなりフォーナ様から褒められた。


「ありがとうございます! これも、フォーナ様のご指導のお陰です」


 俺は、礼を言いつつ頭を下げる。この約一ヶ月半の間、基礎鍛錬だけでなく、俺のスキルの長所短所を見分けわかりやすく指導してくださったのは、他でもないフォーナ様だ。


「いえ、クロン様がそれを見事に吸収できたからこその先程の成果です。自信を持つのも、大切なことですよ。さ、どうぞ、お座りください」


「あ、はい」


 俺は言われた通り、ソファに座る。フォーナ様も、出会った頃は素っ気ない冷たい感じだと思ったが、今ではそれも真面目故の態度だとわかっている。俺のような平民(もう直ぐ貴族になるが)にも気遣いのできる、とてもいい女性だ。まあ、視線は今でも鋭く冷たいが。


「クロン様、お疲れ様でした」


 ソファに座った俺の前に、エレナさんが紅茶を出してくれた。


「エレナさん、ありがとうございます。エレナさんも色々とお世話になりました」


 フォーナ様だけではなく、エレナさんにも大変世話になった。特に、座学については、フォーナ様よりも本を読むのが好きだというエレナさんに教わることの方が多かった。わかりやすく、かつ丁寧に教えてくださり、少し不安な部分もあるが、座学試験が上手くいったのは彼女のおかげもある。


「いいえぇ、これも使用人の仕事ですから。そんなお礼なんて、うふふ」


 エレナさんはほんわか笑顔でそう言う。

 フォーナ様の、実技の時間以外はいつも冷静な態度と、エレナさんのふんわりとした雰囲気。その両方に当てられて丁度いいメリハリのある生活ができたと思う。


「お二人共、これからもよろしくお願いします」


 俺は再び立ち上がり、頭を下げた。


「あらあら、こちらこそ」


 エレナさんも頭を下げる。


「はい、よろしくお願い致します」


 フォーナさんは、貴族らしく貴の礼で返してくれた。


「ですが、まだ喜ぶのは早いですよ。試験に受かっていること自体は私も確信しております。が! この前も申し上げましたが、クラス分けの概念を忘れてはいけません。下のクラスになれば、いくら素晴らしいスキルをお持ちだとしても、宝の持ち腐れになりかねませんゆえ」


「はい、そうでしたね」


 クラス分けは、極端な話、自分以外九十九人が九十九点をとり、自分だけ九十八点を取れば、100位に相当するクラスになってしまうのだ。一クラスは四十人らしいので、一番上のクラスになりたければ、最低でも受験者全体の40番目の成績を収めなければならない話になる。


 この学園は貴族平民関係なく、異能スキル持ちであれば誰でも入学試験を受ける権利がある。入学時点、春の一月までに九歳になっていれば試験を受けることができる。六年間通うため、九歳で入学出来れば卒業するときは十五歳だ。


 今は冬の三月半ば。平民はともかく、貴族様ならば、八年間金にモノを合わせた教育を施し続けているだろう。俺のような付け焼き刃で受験した人間は、それだけ、上のクラスになるのも難しくなるのだ。


「大丈夫ですよぉ、クロン様なら、きっと学園で一番にもなれます!」


 エレナさんはそのタレ目を大きく見開き、両拳を体の前で握り力む。


「一番ですか……」


 それは流石に難しいんじゃないかと、曖昧な返事になってしまった。が、それくらいの気持ちを持っていないと、駄目だろう。勇者候補として受験しているのだ。お遊びなんかじゃない。



 俺はこの受験までの間、色々と悩んだ。フォーナ様と出会った時に話した疑問も消えてなかったし、ここに来たのも俺が自分で来たわけじゃなかった。全てが成り行きで決まり、俺の意志は殆ど介在する余地はなかった。

 が、フォーナ様やエレナさんと日々を過ごすうちに、思ったのだ。こういう日々も、世界が滅びると無くなってしまうのだと。そして、村でアナやみんなと過ごした日々も、全てが無くなってしまうのだと。


 大切な人を守るため、大切な日常を守るため。それは、俺だけが望んでいることじゃないはずだ。みんな誰しも、今を生きたいと考えている。だからこそ、国も必死になって勇者候補を探し回っている。

 世界を救うため、ということはつまり巡り巡って、大切な人とのなんでもない日常を続けられるということ。それがどれだけ幸せなことで、どれだけ貴重なことか。


 あの三年前の日、荒くれ者が現れた時。そしてこの前、ヴォルフェヌスが現れた時。どちらも、この”力”がなければ、そこで俺たちの日常は終わっていた。これからも、ああいった危機に巻き込まれる可能性はゼロじゃない。

 この力をもっと使えるようにすれば、もっと多くの危機に立ち向かえるだろう。だがそれは、俺自身が決めて、俺自身がやらなければどうしようもないことだ。逆に、俺が頑張れば、それだけ世界の危機を退け、この日常を続けられる可能性は高まって行く。



 そう考えると、頑張ってみようと思えるようになったのだ。


 理由としては弱いかもしれないし、理屈にかなってないかもしれない。だが、俺はその”日常”を守るため、村に戻ってもう一度過ごすため、この学園で出来ることをしようと思う。




 気分良く話をするエレナさんと、それに冷静に受け答えをするフォーナ様を眺めながら、俺は改めて決意したのだった。




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