第12話

 

「では、クロン様のこれからの行動について説明致します。その前に、まずはこちらをご覧ください」


「えっと」


 フォーナ様は巻物を取り出し、俺に手渡す。どれどれ



【貴殿を騎士爵に叙する】



 巻物には、俺の名前と騎士の爵位を与えることが記されていた。


「騎士爵? えっ?」


 俺は思考が停止する。何度見ても、そう書いてあるのだ、


「何かご不満が?」


「い、いえ。そんなことは! 寧ろ驚いています。驚きすぎてなんと言っていいやら……」


 俺が、貴族様に? 何故?


「それは、勇者候補として、国からお墨付きを与えるための爵位です。功績の先取り、と言えるかもしれません。つまりはクロン様はそれだけ期待されているということなのです」


「き、期待ですか……」


 幾ら何でも重すぎやしませんかね?


「それだけ、クロン様の存在は特別だというわけです。自覚していただけないと、困りますね」


「そうは言われても」


「はあ、いいですか、クロン様っ」


 その後しばらく、フォーナ様に貴族とはどんな存在なのか、俺は今何を求められているのかなどを詳しく説明して貰った。




「では簡単に叙爵について説明いたします。叙爵とは、畏れ多くも偉大なる皇帝陛下が臣民に対して爵位を下賜することです。それを受ける側は授爵と表現します」


「なるほど」


 俺は一先ず貴族になることはもう決まったことだと思うことにして、次に貴族になる手順を教えて貰っていた。皇帝陛下の決定はもう覆らない、俺ごときが何を言ってもどうにもならない。あの謁見でそう思い知ったからこそ、こう割り切れるのかもしれない。


「因みに、授爵には二人以上の貴族の推薦が必要です。一人はもちろん、ランガジーノ殿下です」


 へえ、功績を挙げたから直ぐに貰える、というものでもないんだな。


「あの、もう一人は?」


 今の説明では、ランガジーノ様だけでは足りない。もう一人別の貴族様が推薦して下さったはずだ。


「わたくしです」


「え?」


 フォーナ様が?


「別にしたくてしたわけではありませんが……ランガジーノ様がどうしても、とおっしゃるので。ランガジーノ殿下のお役に立てるのであればと思い了承致しました。クロン様は本当に、本当にランガジーノ様に大切に思われているようですね」


 心なしか視線の温度が下がった気がする……


「そ、そうですか、ありがとうございます」


 俺は頭を下げる。


「いえいえ。それで肝心の、叙爵の理由ですが、簡単です」


 そうだ、それが一番聞きたいのだ!


「勇者候補にはそれ相応の待遇を、という国の方針があるからです。別にクロン様が特別と言うわけではありませんので悪しからず」


「……え、それだけですか?」


 ということは、これから一緒に学ぶことになるであろう、他の勇者候補も皆んな貴族だというわけか。


「ええ、そうです。今の説明でよろしかったでしょうか?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 なんか拍子抜けしてしまった。貴族といっても、最下位の騎士爵位。騎士爵位は長年公務に勤めた臣民に死ぬまでの一代限りで与えることもあるというし、恐らくは勇者候補という存在の箔付けだろう。

 しかもその勇者候補全員に授けられるというのだから、この学園にいる限りはほぼ意味をなさない称号であるだろう。


 勿論、世間からすれば貴族様であることには変わりがないし、9歳の俺が授かるなんて、普通では考えられないことには違いない。しかし俺の驚きの割には理由も簡単で、ついそんなものか、と思ってしまったのだ。フォーナ様の説明が簡素でわかりやすいというのもあるだろうか?

 個人的には、狼が現れたというので見にいったら犬だった、くらいの衝撃だ。




「以上で、叙爵の理由については終わります。そして次に、叙爵式についての説明です。同時にこれからの学園生活についても説明致しますので、その紙をご覧ください」


「はい」


 俺はさっきテーブルに置かれた紙を手に取る。紙は何枚か紐で束ねられている。


「説明書はそれ一部限りなので、無くさないでくださいね。まず、これから冬の二月終わりまでここでの生活に慣れてもらいます。朝から晩まで、一応は全て自由時間となっております。事前に勉学に励むもよし、訓練場でスキルを練習するもよし、どうぞご自由になさってください」


 今は冬の一月半ば、あと一ヶ月ちょっとはこの学園内でなら、何をしていてもいいということか。


「ですが、冬の三月になると、入学試験が始まります」


「え、試験ですか!?」


 聞いてない! そのまま入学できるんじゃ!?


「当たり前です。すでにお聞きになられていると思いますが、そもそもこの学園は勇者候補専用の施設ではありません。歴史と伝統ある国立の学園です。優秀な平民から親のすねかじりの貴族まで、様々な臣民が入学してきます。その年齢層も、殆どの方はクロン様と同じか少し上ですが、バラバラです」


 そこらへんの話は、既にランガジーノ様から伺っている。


「勇者候補の存在や、世界の危機に関する予言・・は、未だ極秘事項です。クロン様の故郷の村でも、恐らくはきつい戒厳令が敷かれていることでしょう。何人もの学生が試験なしで入学することになれば、噂になることは間違いありません。その為、形だけでも試験を受けてもらうことになっています」


 なんだ、形だけか。そういう理由なら、仕方ないか。


「ですが、安心もできませんよ。試験の結果でクラスが振り分けられますし、クラスごとに授業内容も違います。もし試験結果が悪ければ、下のクラスになり、他の勇者候補から遅れをとることも十分にありえますから」


「クラス分け、ですか」


 俺の村が属する領主様の町にある学校でも、そういう制度があると耳にしたことはある。ここでも例外はないようだ。


「勇者、というものがどう選ばれるのかは、私も存じ上げません。しかし、勇者候補内で優劣がつくことは容易に想像できます。また、成績の悪い勇者候補が国からどう見られることか……」


 ……俺は皇帝陛下のあの恐ろしい目を思い出し、身震いした。

 こ、殺されたりしないよね? ね?


「というわけで、冬の二月までの間は自由であることは変わりませんが、過ごし方にはくれぐれもお気をつけください。こういってはなんですが、クロン様の評判が落ちれば、私の評判も落ちます。引いては、クロン様を見出されたランガジーノ殿下の評判も」


 そうか、俺の成績が悪ければ、周りにも迷惑がかかるな……


「説明ありがとうございます。俺、頑張ります!」


 俺は立ち上がり、拳を握る。


 勇者候補、思ったよりも甘くなさそうです。


「クロン様、お座りください」


「あ」


 拳を上に突き上げ立つ俺のことを、フォーナ様は睨みあげる。


「す、すみません」


 慌ててソファに座り、落ちた紙を拾い上げる。


「……こほん。それでは、その冊子の一枚目裏をご覧ください」


 言われた通り、表紙をめくると、建物の見取り図が書いてあった。


「その見開きはこの学園の案内図となっております。授業で移動することもあるでしょう。早めに覚えてください」


「わかりました」


 図には、教室や演習場などの施設が示されている。これは距離感がわかりやすい、作った人は頭がいいな。


「次をめくってください」


「はい」


 二枚目の裏側を見る。文字がずらずらと並べてある。


「それは、この学園で過ごす上で守らなければならない規則です。そちらも、出来れば全て覚えてください」


「こ、これ全部ですか?」


 何十個もあるんですが?


「何を。勇者候補は様々な知識が必要とされると聞き及んでいます。このくらいで驚いていては、6年間持ちませんよ?」


「うう……」


 いや、これも、村のみんなを守る為に必要なことなのだ。


「さて、叙勲についてなのですが、いきなり授かるというわけではありません」


「そうなのですか?」


「ええ。まずは、功績を立ててもらうことが必要です。対外的な理由を用意しないと、他の貴族から反発が起こる可能性があります」


「対外的な、理由ですか」


「そのため、勇者候補にはそれぞれ試練が与えられます。どのような内容になるかまでは聞いていませんが、それ相応の難しさはあるでしょう」


 試練……なんだか厳しそうだなあ。


「ですので、こうした学園が休みの間でも自己研鑽を重ねられることをお勧めします」


「そうですね! 折角学園に来たんだし、施設も沢山あるようですしね。出来ることは、やっていこうと思います」


「その心意気です」


 フォーナ様が、心なし表情を和らげた気がした。


 その後も、冊子を見ながら学園生活に必要な情報を説明してもらった。





 ★





「ね、眠れない……」


 昼と晩は、食事の配達も受け付けてくれるというので、食堂から持ってきてもらい二人で食べた。

 フォーナ様はやはり貴族様らしく何を食べる時もサマになっていた。一方の俺は、初めて食べる料理に喜びを隠しきれず、フォーナ様に呆れられながらも美味しく食べた。


 そして夜、隣の部屋、扉ごしすぐにはフォーナ様が寝ている。湯船というものも利用したが、あの動物の口からジャバジャバとお湯が出てきたときは驚いた。


 そしてお風呂上がりのフォーナ様の香りにさらに驚いた。村には仲のいい女の子なんて、アナしかいなかった為、フォーナ様のその冷たくも美しい顔も相まって部屋を別れるまでドキドキしっぱなしだった。

 しかもやたらと薄着なのだ。今貴族の子女の間で流行のベイビードールと呼ばれる服で、薄いながらも絹で作られている高級品だそうだ。


 その用途は、男性を誘惑すること。だが、俺を誘惑するつもりは”一切”ないと言われた。肌触りがいいから着ているのだそうだ。なんという贅沢な。


 俺、男として見られてないんだなあ。まあ、フォーナ様にとっては自分の半分しか生きていない子供だし当たり前か。


「とはいっても、こっちは意識せざるを得ないわけで……」


 燕尾服を脱いだフォーナ様は、予想通り胸は大きくなかった。が、それでも女性の体つきがベイビードールから透けて見え、心臓が破裂しそうだった。


「はあ……」


 俺は紅茶でも飲もうかな、と思ってベッドから起き上がったその時----



 ----チリンチリン



 鈴がなる音がした。と、隣の部屋から物音が聞こえ、フォーナ様が扉を開ける音が聞こえた。俺も自分の部屋の扉を開けリビングに出る。と


「や、やあ……」


 ランガジーノ様とガルムエルハルト様、それに宮殿で俺の世話をしてくれた侍女のエレナさんが玄関前にいた。リビングはフォーナ様がつけてくれたのか明るく、そのフォーナ様はというと、扉の前で俺のことを睨みつけながら、二度目となる赤い顔をしていた。


「ら、ランガジーノ様! こんな夜遅くに、どうしたんですか?」


 窓の外はもう真っ暗だ。俺、どれだけ寝付けないでいたんだ……


「いやあ、やっと話がまとまってね。こうして伝えに来たのだよ。僕は明日から、違う勇者候補を迎えに行く。だからこんな夜分遅くになってしまったんだ、すまないね」


「いえ、そんな。それで話とは?」


「ああ、その前に、部屋に上がらせてもらってもいいかな?」


「あ、すみません、どうぞ!」


 俺は三人を迎え入れる。ランガジーノ様と俺は向かい合わせにソファに、ガルムエルハルト様はランガジーノ様の後ろ、フォーナ様は……着替えに行くといって部屋に戻ってしまった。そしてなぜか、エレナさんは俺たちの間に立つようにソファの外側に位置する。


「どうやらお邪魔してしまったようだね」


「お邪魔?」


「いや、その」


 ランガジーノ様が気まずそうな顔をする。なんなんだ?


「クロン、フォーナ様が身につけていたのは、ベイビードールというやつだろ?」


 代わりにガルムエルハルトが話す。


「ええ、そうですが」


「その、つまりだ。二人は早速そういう関係になったんじゃないのかと、殿下は仰ろうとされていたのだ」


「そういう関係とは?」


 俺が聞き返すと、エレナさんを含め三人とも顔を赤くする。訳がわからない。

 と、扉の開く音がし、フォーナ様が燕尾服に着替え戻って来た。


「コホン! フォーナ、手間をかけさせたようだ、すまない」


「いえ、滅相もございません。全ては殿下の赴くままに」


 フォーナ様は膝をつく臣下の礼をする。先ほど見た恥ずかしそうなのが嘘だったかのように、いつもの真顔に戻って来た。


「ありがとう。さて、早速だが要件を話そう」


「はい」


 ランガジーノ様はこちらを向き直す。


「クロンくん。君に、使用人をつけようと思う。この、エレナだ。エレナのことは、覚えているね?」


「ええ、もちろん。昨日出会ったばかりですから。使用人、ですか?」


「そうだ。フォーナと二人きりだと、何かとやりにくいだろう。それに、間違い・・・も起きにくくなる。勿論フォーナは優秀な子女だし、その能力を見込んで君のもとで仕事に慣れさせようと押し付けた。だが、君も貴族になるんだ。見栄のためにも、平民の使用人が必要になる。そこで、全く知らない人よりも、少しでも面識のある人の方がいいと思ってね。手続きに少々時間がかかったが、エレナを付けることにしたんだ」


「そうだったのですか。確かにフォーナ様も色々と面倒を見てくださり、助かってはいますが、俺よりも位が上の貴族様なので……その、どうしても一々命令しにくいというか……ありがたいお申し出です」


 俺はフォーナ様のことをちらりとみる。相変わらずの真顔だ。お、怒ってないよね?


「フォーナ、許してくれたまえ。クロンくんは村にいた時からこういう態度なんだ。別に君のことを嫌っているわけでは無いと思うよ」


「も、勿論です!」


「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」


 何をお気遣いなくなんでしょうか、フォーナ様……俺に嫌われてもなんの問題もないと?


「ふむ、それでこれからはフォーナとエレナ、そしてクロンくん。この三人で、暮らしてくれるかい?」


「エレナ様もこの寮で一緒にですか……わ、わかりました! エレナさん、よろしくお願いします!」


 ええい、こうなりゃ思いっきりつかいっぱしりしてやるぞっ!


「こちらこそ、よろしくお願い致します」




 エレナさんは、笑顔でお辞儀をした。



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