第11話
フォーナ様に手を連れられて、廊下を歩く。俺の服装は村から持ってきた服だ。勿論、俺が用意したものではないが。
何故俺は目が覚めたら馬車に乗っていたのか、後から聞いて判明した。
あの夜、ランガジーノ様は俺が寝静まったのを確認して、起こさないように眠りを深くする魔法(眠らせる魔法ではない)を使って親を運び出し、馬車に乗せた。俺が寝ている
俺も馬車の中で熱心に説得された。今は半ば諦めるような形で、こうして学園へと向かっている。
「……フォーナ様」
「はい?」
宮殿の中は広い。こうして歩くだけでは退屈な俺は、さっきから俺の手を握るフォーナ様に向かって話しかけた。
「俺は、これから学園に行きますよね」
「ええ、そうですが」
何をいっているんだこいつは、みたいな目で睨まれる。
「それは、俺が行くんでしょうか? それとも、このスキルが行くんでしょうか?」
「……?」
フォーナ様が再び何をいっているんだこいつは、みたいな顔をする。
「いや、その……改めて俺の格好をみると、とても皇都の学園に入学できるような人間には、思えなくて」
「……なるほど、そういうことですか」
すると、フォーナ様は立ち止まり、後ろを向いた。
「クロン様」
「は、はい」
フォーナ様がかがみ、俺と視線を合わせてくる。
「クロン様は、勇者候補なのです」
「はい、そういうことになっています……」
「書類にサインは、されたのですよね?」
書類? あの、宿場で見せられたアレのことかな。
「はい、一応……」
「何故、サインをされたのですか?」
「それは……連れてこられたから?」
「では、貴方の意志でここにいるのではないと。そう仰るわけですか」
「えっと、それは……」
俺は、馬車の中でランガジーノ様に説得されて、それを理解はした。
「ランガジーノ様は、貴方を最初に勧誘した時、なんと仰ったのですか」
確か……
「国や、愛する人を守るために、力を貸して欲しいと言われました」
「それは理由にはなりませんか? 国や世界などはともかく、愛する人を、大切な人を守れるように力を身につける。それでいいではありませんか。勇者の称号は、結局は後から付いてくるものなのですから」
「そんな考え方、許されるものなのですか?」
幾らなんでも、自分勝手ではないのか?
「だって、世界を守れば、それは自ずと愛する人達を守ることになるのですから」
「それは、そうかもしれませんが」
だがそれは結果論だ。
「……はあ、クロン様」
「は、はい」
「考えすぎです。貴方は力を持っている。それは、持たざる者からすればとても羨ましいことなのです。個人的には、我儘をいわず、学園でひたすら学んで欲しいと思っています。」
フォーナ様は、一瞬寂しそうな顔をしたような気がした。
「ですが、この考え方も、こちらの一方的な押し付けに過ぎないことは確かです。貴方も、持ちたくてその力を身につけたわけではないでしょうから」
「まあ……」
「だからこそ、自分がやりたいように為されれば良いのです。力を身につけ、大切な人がいる村に帰る。それを、ひとまずの目標とすればいいではありませんか」
「ええっ?」
結局、どっちなんだ。
「クロン様、いいですか。あなたは、勇者候補。はい」
フォーナ様は復唱するように促す。
「え、えと? 俺は、勇者候補……」
「そうです。
それだけ言うと、フォーナ様は俺の手を取って再び歩き出す。俺は引っ張られるがままにそれについて行く。
「…………」
なんだか、恥ずかしい。
★
「ここが、学園です」
俺たちは天上門から出ると、円になっている城壁をぐるりと周り、宮殿から見て左側にある大きな建物に到着した。
学園は、宮殿ほどではないものの、俺の村なんかすっぽりと収まってしまうのではと思える位の大きさがあった。
「凄い大きさですね」
「それは、そうでしょう。寮や教室は勿論、演習場に食堂、労働者の控室までありますから」
学園は全寮制なのだ。六年間、授業など、必要最低限のことを除けばこの建物から出られなくなるのだ。
「なるほど。全てがこの中で完結しているわけですね」
「はい。それに、貴族のご子息様達もたくさんいらっしゃいますから、国としてはその威光を示すためにも必要な規模なのですよ。なにせ、六年間、自分の跡取りになるかもしれない子を預けるわけですからね」
それって、半ば人質なのでは?
「着きました」
建物の中に入り、いろいろな手続きを(主にフォーナ様が)済ませた後、俺は6年間を過ごす寮へ案内された。
寮は完全個室制だ。俺が想像していた、相部屋での後の親友との出会い……などは起きるようすはない。これはご子息様達への配慮だろうか。
「覚えておいてください。5018、です」
扉の上の方には番号が書かれた札が貼り付けられており、その下に”クロン”と書いてあった。
「今日からしばらく、この部屋で過ごしていただきます。また、無事入学できれば、六年間、この部屋で過ごすことになります。学年が上がっても、部屋割りが変わることはありません」
「はい、わかりました」
「取り敢えずは、中に入りましょうか」
そういってフォーナ様は、手に持つ鍵で部屋の扉を開けた。
「おお……!」
部屋を入ってすぐには、大きな空間が広がっていた。机やソファ、暖炉まで備え付けられており、天井からは小さいながらも立派なシャンデリアがぶら下がっている。
「ひとまず、部屋を見て回りましょう」
フォーナ様はズカズカと部屋へ入る。
「ここはリビング、普段過ごされる時やご学友との交流に最適です」
そしてそのリビングから見て右と左にそれぞれ二つ扉がある。フォーナ様は左の手前の扉を開けた。
「ここは、ダイニングキッチン。調理場と食卓が一緒になった部屋です」
そう呼ばれた部屋には、なんと竃や手洗い場などが壁際に備え付けられており、部屋の真ん中には机に椅子が四つ付けられていた。
「寮で料理をしてもいいのですか?」
「ええ。もっとも、貴族の方は使用人に作らせるのでしょうが」
自由なところなんだな、学園って。
それにしても、使用人か……でも、フォーナ様は貴族だし、使用人なんて雇えるツテはないし……
「自分で作っても?」
「はい? それは、もちろん。ですが、食材は自分で調達しなければなりません」
「えっ、じゃあここから出られない俺は、料理ができないということになるのでは……」
「私に命じていただければ、食材程度なら買いに行きますが? 私は本来はランガジーノ殿下の秘書ですので、付き人も本来は6年間を主人と共にするのですが、ある程度融通がききますので」
フォーナ様はその冷たい目で俺の方をじっとみる。
「い、いえ……結構です」
「食事は食堂で取れますので、餓死するということはありません。制限はありますが、原則無料です」
「そういたします」
そもそも気軽に命令できるような間柄じゃないし。まだ出会ったばかりの、しかも貴族様にあれこれ言いつけるような度胸は持ち合わせていない。
「そうですか。次はこちらです」
フォーナ様はダイニングキッチンからリビングを経て、 奥にある扉を開けた。
「ここは風呂場となっています」
部屋の真ん中には、石で出来た大きな窪みが床に嵌込れていた。窪みの縁には、何かの動物の顔であると思われる彫刻が、口を窪みの方に向けて置いてある。
「大きい……!」
風呂場といっても、俺の家にあったような人一人がギリギリ入れる大きさなどではなく、十人くらいは入れそうだ。
「あの穴は何のためにあるのですか?」
俺は風呂場の中心を陣取る窪みを指す。
「湯船ですが……もしかして、ご存知ないので?」
「湯船……?」
「体を湯につけるのです。貴族の間でも評判なのですよ」
「湯につける? あの窪み全部にお湯を淹れるのですか?」
これを一杯にするために必要な水の量は膨大だと思うが、そんな贅沢をして大丈夫なのだろうか。
「ええ。何をお考えなのかは大体想像がつきますが、水は魔導機械によって処理され再利用います、ご安心ください」
マドウ? キカイ??
「魔法ではなく、ですか」
「……今は知らないことがたくさんあるでしょうが、学園ではそういう
「あ、はい」
フォーナ様はそれだけ言うと一人先に歩き出し、風呂場に入ってすぐの扉を開ける。
「こちらに、お手洗いも併設してありますので」
フォーナ様は若干呆れた様子で説明をする。
「は、はい、ありがとうございます」
色々聞きすぎたかな? 田舎者丸出しだよね、これじゃ。
「では、次に参りましょう……ふう……」
ついに溜息までつかれてしまった。
「ここは寝室です」
俺たちは反対側、入り口から見て右の手前の部屋に入った。
部屋の中には大きなベッドとタンスが一つずつ。そして小さめの机と椅子だけが置いてあった。
まあ、寝室はさすがに何もないよね。
「特に目立ったものは置いてありませんね。次に参ります」
だが、部屋には扉がひとつ、ちょうど奥の部屋に繋がっていると思われるものがあった。
隣、右の奥の部屋は、フォーナ様の控え室ということであった。
そう、フォーナ様はなんと俺と一緒に住むというのだ!
「因みに、この扉はクラン様の寝室とつながっております。もし何かあればすぐに駆けつけますのでご安心ください」
全然ご安心できません……
「一緒に暮らすだなんて聞いてませんが!?」
俺はフォーナ様に詰め寄る。
いくら俺が9歳でも、男が女と一緒に、しかも貴族様と一緒だなんて、色々な意味で恐ろしすぎる!
「ですが、これも殿下のご命令ですので。私にはクロン様を監……見守る役目もありますので、何卒ご了承くださいませ」
フォーナ様はそういって頭を下げる。
「いやいや、俺じゃなくって。フォーナ様の方こそ、嫌なのでは?」
「いえ、これも仕事ですので。任された以上は、きちんと役目を果たすつもりです。それにクロン様は、殿下からお聞きした内容、そして今までの行動や会話によって、少なくとも一緒にいても安心できる殿方。言い換えればそのような間違いは絶対に起こさないであろうヘタレ様だと確信致しました」
ぐっ! ヘタレという言葉の意味はわからないが、かなり馬鹿にされた気がする。だが、そこまで言うのであれば、もうこちらから言うことはない。俺も無駄な体力は使いたくない。これから貴族云々の件で更に疲れるであろうことは既に想定しているからだ。
それに、住まわせてもらう身なのだから。
「わ、わかりました! すみませんが、一回休憩してもいいですか?」
「はあ、別に構いませんが。まだ昼前ですし、時間はありますので。それにそもそもこの部屋の主人はクロン様です。私めに許可を取る必要はありませんよ」
「そうですか……では、お言葉に甘えて」
俺はこの短い時間の間に入ってきた沢山の情報を少しでも整理すべく、リビングに戻りソファに腰を下ろした。
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