アヤカシな彼の奇奇怪怪青春奇譚

槙村まき

プロローグ

 一年の中でも大きく生活が変わることになる、春。桜が咲きほこる四月の上旬。

 瀬田せたつららもまた高校入学という一大イベントを抱えながら、入試以来となる紅坂くれないざか高校の校門を超えて校舎に向かっていた。

 ふと顔を横に向けると、なにやら人だかりが見受けられる。不思議に思い首を傾げ、少ししてから思い出す。

 そういえば入学説明の用紙に、校舎近くの掲示板に貼ってあるクラス分けを確認してから教室に向かうようにと丁寧に書いてあったはずだ。きちんと確認しなければ、教室の場所どころか下駄箱の場所もわからない。一緒に暮らしている従兄が思案していたことが、危うく実現しかけていた。

 つららは、新入生やその家族などが溜まっている人だかりに近づいていくと、低い身長を駆使して、頑張ってぴょんぴょん跳ねながらクラス分けを確認しようとした。だけどいくら跳ねても、目を凝らしてみても、つららの身長では男女さまざまな頭部に邪魔をされてしまい自分がどこのクラスなのかが確認できない。

 よし、とつららは意気込み、果敢にも人だかりに突入していてくことにした。

 小柄な体を駆使して、人と人との間を無理やりにでも掻きわけて、前へ、前へ――と、そう思ったのも束の間、「押すな!」という一声により、虚しくもつららは人だかりから放り出されて、お尻を地面に打ちつけてしまった。

「いったぁい」

 その声は虚しく、地面に吸収されるように消えて行く。

 つららは再び立ち上がると、今度こそと意気込み、人だかりに向かおうとした。

 その前に、背後から声が飛んできた。

「なにしてんだ、おまえ」

「あ、あっちゃん!」

「あっちゃんいうな。子供か、おまえは」

 髪の毛をワックスで整えて、入学式にも関わらず制服を適度に着崩した男子生徒は、つららを見てあきらかに面倒そうにため息を吐いた。

 つららの幼少期からの幼馴染である新田新太にったあらたことあっちゃんはいつもそうだ。口が悪く不愛想で、いつもなにを考えているかわからない。しかも小中一緒だった同級生からは怒ると手が付けられなくなるほど狂暴になると思われていて、部活仲間以外からは自然に距離を置かれている。ただそれらの情報は幼馴染であるつららに言わせると、「あっちゃんのことなんにもわかっていない」ということになるのだけれど。

 新太はつららから視線を外すと、そのまま人だかりの中に入り込んでいった。新太は身長も高く体格もいいからか、自然に周りの生徒が退いていき、新太の後ろには綺麗な道が築き上げられた。つららは、道がなくならないうちにと、急いで新太の後をついて行く。

 すると、「あいつもおな高かよ」「なになに知ってんの?」「あいつ、中学の時キレて暴力事件起こしてんだぜ」「げ、マジかよ」というような会話が、人だかりの中からつららの耳に届いた。

 つららは、そんな噂話の主に心の中であっかんべぇをする。当の本人は無反応だから聞こえていたのかわからないけれど、中学時の暴力事件の詳細を知っている身としては、いますぐ噂話の主に詰め寄って弁護したい気持ちがあった。だけど声だけだと誰なのかがわからない。とりあえずつららはもう一度あっかんべぇをした。

 掲示板の前に辿りついたつららは、さっそく自分のクラスを確認するために首を上げる。

「えーっと、私は……。あ、あった!」

 つららの名前は、一年一組のところにあった

「あ」

「あ」

 思わず新太と顔を見合わせる。

「やった! あっちゃん、また同じクラスだね!」

「……騒がしくなるな」

 フンと鼻を鳴らすと、新太は目をキラキラと輝かせるつららに背を向けて、スタスタと歩き去ってしまった。

 置いてかれたことに数秒して気づき、慌ててつららは新太を追いかける。

「あっちゃん、待ってよー」

 すると、新太を視線で追っていたためちゃんと前を向いてなかったつららは、別方向からやってきた生徒とぶつかってしまった。

 またもやつららは尻を地面に打ちつけてしまう。

「大丈夫?」

 上から声が降ってきたので顔を上げると、新太と同じぐらい身長の高い男子生徒がつららを見下ろしていた。

 つららは差し出された手よりも、その男子生徒の顔を見て呆気にとられてしまう。

 ――イケメンだ。

 髪は適度に耳の上で整えられており、新太のように制服を着崩していることもなく清潔そうな身なり。端正な顔立ちには柔和な笑みが浮かべられており、そのニッコリと笑う彼の細い眼は優し気に、つららに向けられていた。

 しばらく見つめ合っていると、少年は困ったように眉を寄せる。

「いつまでもこの格好は、少し疲れるね」

「あ、す、すみませんっ」

 つららは慌てて少年の手を掴む。

 立ち上がるとスカートの砂を払って、つららは少年にお礼を言った。

「ありがとうございます!」

「ううん。オレもちゃんと前、向いてなかったし、お互いに以後気を付けようね」

 少年は手をひらひらとさせると、下駄箱に向かって行った。

 ぼーとした顔をするつららの瞳は、自然に少年の背中を追いかけていた。

「不思議な人だなぁ。上級生かな」

 つららは我を取り戻すと、自分も下駄箱に向かっていく。その途中で中学からの親友とバッタリ会い、つららは彼女とともにクラスに向かった。幸運なことに、その親友とも同じクラスだった。

 そしてつららはそのあとすぐに、ぶつかった相手が上級生ではないことを知ることになる。

 なぜなら彼は同じクラスにいて、入学生の証であるバッチをつけていたのだから。

 これが、彼――大人っぽい不思議な雰囲気をもつクラスメイト、化野九十九あだしのつくもとの最初の出会いだった。


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