二章 25 再会

「…よく来たな」


至極真面目な表情でルシアは言う

キツめのつり目は普段なら睨まれている錯覚に陥るが、今は逆に真面目な表情が笑いを誘わずにいられない

それもそのはず朱姫に散々投げられた彼は髪や服装が乱れまくっていて、白い髪には土が付いた雪や木の枝が付いているので威厳もへったくれもない状態であった


その朱姫は投げまくってスッキリしたのか狐太郎の横へ戻り、晴れ晴れとした表情を浮かべていた

カーナとカルナ、ルシーリアは下やそっぽを向き肩を震わせ笑いを堪えている

他のメンツはどういう表情をして良いかわからないといった感じだった

微妙な雰囲気を破ってくれたのは狐太郎だった


『…師匠久しぶりです』

「おう。つか狐太郎ちょっと縮んだか?ちゃんと飯食ってっか?」

『縮んでませんよ!背の事は言わないでください』


ルシアの言葉に些かムスッとした表情で狐太郎は答えるが、カーナから手を振られパッと表情が戻る


「ん~と、何から話した方がいいのか迷うな…」


真っ白な白髪をガリガリと掻きながら困った表情のルシアにルシーリアは助け船を出す


「そういえば婿殿、ここには何もこなかった・・・・・のか?」

「ああ、それからいくか。どうも話すことが多くてな。え~と…そっちのレフィルとヴァージル、あとリリアだっけか?悪いけど順を追って話すからちょっと待っててくれ」

「わかりました…」


すぐに答えを貰えると思っていたのか、少し残念そうな表情のヴァージルだったがレフィルが返答してしまったので言うに言えず大人しく待つようだ


「悪いな。…で、さっきのルシーリアの質問だが、結論から言うと来た」


その言葉に狐太郎達は息を飲んだ


「多少被害は出たが死者はない。カーナやあそこのちびっ子達のおかげでな」

「ほぅ、あの子供達はそれほどの逸材か」

「潜在能力はまだ未知数だけどな」


少し離れた場所で遊び回るハーフ半獣人の子供達を見つめるルシアの表情は嬉しそうな、それでいて若干悲しそうな表情だった

危険な目に合わせた負い目があるのかもしれない


「んで、ここに来た奴らはアルス教の奴らだった」


この言葉でレフィル、ヴァージル、リリア、ミレリアは表情を強ばらせる


「司祭が一人と、成人前の転生者が一人…まぁ俺がここにいるって知らなかったみたいだがな」


今度は狐太郎が反応する


【転生者か。してそ奴らはどうした?】

「司祭の方は逃げられた」

「婿殿にしては珍しいのぅ。逃げられるとは…で――」

「転生者は俺が殺した」


ルシーリアの問に抑揚のない表情で言うルシア

その表情に有無を言わせない何かを感じ取ったのか一瞬沈黙が流れる


【ふむ、それはまぁ仕方あるまい。あるじが悪いわけではないだろうしな】


ある程度事情を知っている朱姫がそう言葉をかける


「で、アルス教が来た理由はわかっておるのか?」

「それは私が聞いたわ」


ルシーリアの質問に答えたのはカーナだった

彼女は真剣な表情で彼らが言った言葉を紡いだ


「アルス教以外の宗教の根絶、人間以外の種族を絶やす為…」

「ほぅ…」


その言葉にルシーリアは目を細め、レフィルらは驚愕の表情だ

特にミレリアは青い表情をしている


「絶やすと言う言葉は語弊があるな。恐らく奴隷化だろうな。人族至上主義だからなアルス教は。昔はここまで酷くはなかったんだがな…」


「昔ってどのくらい前なのだ?」

「…忘れた」


ルシアの無下な言葉にガックリするルシーリア


「まぁ信じられないかもしれないが、事実だ。今のアルス教はおかしいと言わざるを得ない。今この世界の宗教は七~八割はアルス教に染まっているが、まだ足らないらしい」


ルシアの言葉に返す言葉が見つからない一同を見、再び口を開く


「んでレフィル、お前達の事だが」


その言葉に俯いていた顔をあげるヴァージル


「まずは会わせたい人がいる。詳しい話はその人に聞いてくれ。俺が話すより信用できるだろう…とりあえず大樹の近くに来てくれ」


言われる通りレフィル、ヴァージル、リリア、そしてミレリアは大樹の傍に…近くに寄った

すると彼らの視界に影がさした

パッと上を向くと腰まで届きそうな銀色のウェーブした髪をなびかせながらゆっくり降りてくる人影があった

それを見たレフィルらは慌てて後ろに下がり、スペースを開ける

最初は精霊かとレフィル達も思ったが、よく見ると耳が尖っていたので違うとわかる

その耳の特徴はエルフであるのだが、まだ離れていてよくわからない

しかし近づくにつれ次第に顔の細かい部分がわかり始めーー


「「――!?」」


ゆっくりと彼らの前に降り立ったその人物にレフィル達は驚き、言葉が出ない

それを破ったのはヴァージルの震える声だった


「…エルマノ――」


彼にその名を呼ばれた時、彼女は嬉しそうに、それでいて悲しそうに笑みを浮かべた――

その姿に、ヴァージルは声にならない涙を流しレフィルとリリアは驚きと喜びが入り交じった表情を浮かべる


ルシアは彼らの邪魔をしないようにそっとその場を離れ、カーナ達の下へ戻るとみんなに少し離れるように言う

離れた場所から見ていたルシアらはレフィル達が和やかな雰囲気を醸し出しているのを確認し、ホッとしたように小さく息を吐いた




「あっちは大丈夫そうだな…んで、狐太郎」

『あ、はい』

「まずはこいつを受け取れ」


不意にルシアから投げ渡された物を慌ててキャッチする狐太郎は改めてそれを見て目を丸くした


『これは…』


狐太郎の手にあるのは茶色を少し薄めたような色の金属製のブレスレットのようなものだった


「魔力を変換して身体能力を上げる物だ。魔術が使えないお前にピッタリだろ」


ニヤリと笑みを浮かべるルシアに狐太郎はありがとうございますと素直に礼を言い、すぐに装着してみたが、とりあえずは付けただけでは何も起こらない事に眉を潜めるとルシアは一言付け加える


「そのブレスレットに魔力を注ぐ感じで意識を集中してみろ」

『はい…』


狐太郎は言われた通りやってみるが…


「難しいか。そうだな…お前の中にある魔力が溜まる容器があるとする。その魔力の容器を傾けてブレスレットと言う容器に移すイメージだ。移す作業は離れている程難しいが、ブレスレットは装着されてるからそう難しくないはずだ」


ルシアが説明してる間も狐太郎は作業を続けている


『……あ』


ブレスレットが淡く光る


「そうだ。その感じだ。ただし最初は魔力を一気に移しすぎるなよ。慣れないうちは体がついて行かないだろうからな。少しずつ体に馴染ませていけ」


狐太郎はしばらく集中していたが、すぐにブレスレットから意識を離す


「それを念じるだけで、できるようになれ。ブレスレットを見て集中してる間は戦いでは使えない」

『はい』

「今のお前はちょっと魔力を持て余しすぎだ。溜め込みすぎるといつか暴発するからそれで適度に消費しろ。よい鍛錬にもなる」


狐太郎はインクの港街で魔王ボルガの腹心、リゼと戦った時を思い出した


朱姫がやられそうになり、なんとかしたかったが、身体が動かなかった

何かが身体の奥から吹き上がってきて…そこで意識は飛び、再び意識が戻った時にはリゼを倒していた

恐らく魔力で暴走したのだと思われる

気が付いたら魔力が空に近かったから

色々考えていたら、再びルシアの声が聞こえた


「後は…朱姫の主従権利を俺に譲渡しろ」

『…え?』

【主!】


いきなり言われた言葉に意味がわからずにポカンとする狐太郎だが、等の朱姫は真剣な表情でルシアを睨む


「理由はわかるな」

『……はい』


自分では朱姫の力を十全に発揮させる事はできない

それを前回の戦いで思い知った狐太郎

目に見えて俯き落ち込む狐太郎にルシアは苦笑して近づくと頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でる


「そんな顔するな。お前は初めて毘沙門天を召喚して、長期間この世界に留めた人間・・なんだぞ。少しは自信を持て」


ルシアの慰めの言葉に、当人の朱姫も口を開いた


【そうじゃぞ。我が主はすでに人外枠なのだから人としては狐太郎が初、という事じゃ。これは誇って良いと思うぞ】

「人外枠ってなんだよ」

【ふん、そのまんまの意味じゃ。それに狐太郎なら私を放ったらかしにしないだろうしの】

「根に持ってるじゃねぇか。…それにだ、そのブレスレットと朱姫を召喚したままだと相性が悪いだろ」

『ーーあ』


ルシアの説明に狐太郎は合点がいったようだ

魔力を消費し身体能力アップに変換するブレスレット

聞けば狐太郎の意思で汲み上げる魔力を調節できる代物らしいが、それに朱姫を召喚し続けるだけで消費する魔力

さすがに二つ同時は無理だと思ったようだった


「後はこれだな」


ルシアは空間に切れ目を作るとそこへ無造作に手を突っ込む

その異空間から二振りの刀を取りだすと一振りは狐太郎へ、もう一振りは朱姫へ渡した


「後で折れた刀よこせよ」

『あ、ありがとうございます』

「朱姫もだぞ!」

【……すまん】


これに対しては流石の朱姫も素直に謝った

それを見たルシアは苦笑い


「謝るな。腐食を武器に使ってくる敵なんて初めて聞いた。もっと頑丈に打ち直してやる」

『これも師匠のオリジナルですか?』

「そうだ。お前達に渡すものだからな」


ルシアの何気ない一言だが、狐太郎と朱姫は嬉しそうに表情を緩めた

それにはルシーリアも物欲しそうな表情をしていたのだが取り敢えずスルーする


【して、これの銘は?】

「狐太郎に渡したのが叢時雨むらしぐれ、朱姫に渡したのが紅時雨べにしぐれだ。姉妹刀だ」


ルシアに言われて見るとその二振りは作りも紋様も同じであった

違いと言えば叢時雨は鞘が灰色、紅時雨は文字通り薄い紅の鞘であった

どちらも二人に合った色だったので特に意見はないようだった

二人共刀を鞘から抜いて見ている


二人の周りから「ほぅ」と感嘆の声が上がる


『す…凄い……』

「昔打った奴だけどな。十分通用するだろうよ」


ルシアは事もなげに言う


「ま、とりあえず折れた刀を直すまでの繋ぎだ。後で返せよ」

『ありがとうございます』

【礼を言う】


二人は鞘に収めると仕舞わずに腰に付けた





「婿殿」


狐太郎と朱姫との会話が終わると今度はルシーリアが話しかけてきた


「誰が婿殿だ!いい加減やめろその呼び方」

「ふふん、良いではないか。所で…その……妾にも婿殿の作った武器が欲しいのじゃが…」


何やらモジモジしながら言うルシーリアは可愛いのだが、内容はそんな可愛い内容ではなかった

ルシアは呆れながらも彼女が背負う大鎌に視線を移す


「お前にはその大鎌があるだろ」

「いや、しかし…婿殿の作った武器が欲しい…」


元魔王のくせに上目遣いで何故か目をうるうるさせ懇願してくるゴスロリ姿の少女の可愛さにルシアは一瞬たじろぐも、やがて小さくため息をつく


「…わかったよ。手が空いたらな」

「本当か!?やった!約束じゃぞ?」


子供のようにはしゃぎ回るルシーリアに一同はポカンとした表情を向けると、周りの視線に彼女も気付き若干頬を赤らめながらコホンと小さく咳をする


イルフリーデもベアトリスもポカンと呆気に取られた表情をしている

狐太郎と朱姫は苦笑い


しばらく沈黙が支配するがやはり耐えかねたのはルシーリアで話を強引に変える


「それで、先程の転生者の事なのだが」

「…ああ、俺が来た時には魔族化してた。カーナに聞いた話じゃ黒い宝玉を割ったら瘴気が吹き出して転生者に吸収されたらしい」


ルシアの言葉をカーナが引き継ぐ


「うん、そいつが宝玉を割ったら瘴気が溢れ出てきたんだけど、全部その転生者に吸い込まれていったの」

「…魔族を封じ込めた、或いは瘴気を閉じ込めた宝玉か。我ら魔族を実験体にしているのか」


紡いだ言葉に殺気を纏わせるルシーリアの表情はさっきと一変し元魔王に相応しい表情をしていた

イルフリーデとベアトリスは昔のルシーリアを垣間見たようで表情がこわばっている

が、ルシアは特に気にした風もなく会話を続ける


「俺は何らかの方法で魔族自体を宝玉に封じ込めたか…もしくは魔族から抽出した瘴気を宝玉に閉じ込めたのだと思っている。どこまで抽出してるかが問題だが他にも問題はまだある」

「…なんじゃ?」

「滅びの魔族化だ」

【――なに?それは本当か主】


ルシアの紡いだ単語に反応したのは朱姫だった

ルシーリアらはわからないのか訝しげな表情だ


「ああ、ある程度攻撃したらダメージの蓄積からか自我が喰われかけてた。行動も魔獣じみてきてたし、目の瞳孔もおかしかった。ほっておけば滅びの魔族化してたかもしれない」

『人為的に滅びの魔族を作り出せる…?』

「まだわからんが…その可能性は高い。途中で俺が仕留めたから判断に迷うが…」

【ふむ…もしそうだとすると厄介だな】

「婿殿、その滅びの魔族と言うのはなんじゃ?」

「ん?ああ、ルシーリアは知らないか」


ルシアは簡潔にルシーリアへ説明するとルシーリアの表情が再び怒気を含んだ物に変わる

イルフリーデもベアトリスもその顔に怒りの色が見える


「ほぅ、やはり同胞を捉えて実験体にしてる可能性は高いのぅ…」

【もしくは魔王達だな。裏で繋がってる可能性もある…】

「…あの愚か者が…」


ルシーリアは魔王ボルガを思い出すと怒りの表情を浮かべる

恐らく朱姫の言葉は当たっている可能性が高い

イルフリーデに聞けば、新しい力を手に入れたと言っていたし、対峙した時の姿がそうなのであろう

もっとも完成されているかはわからないが…


「まぁそれも恐らく最近だろうがな。あの転生者は御しきれずに喰われかけたからまだ未完成なのだろう。今までも単発的にしか現れなかったのはそういう理由があるからなのかもな。もっとも過去の滅びの魔族は偶発的なのかもしれんが…」

【今回の転生者は大方データ収集にでも使われたのかもしれんな】

「それなら司祭を逃がしたのは痛かったかもしれんな」

「いや、転生者と一緒にいた司祭は恐らく白だ。何も知らない」

【何故そう言いきれる?】


「転生者が自我を喰われかけてる時、茫然自失としていたからな。それに俺がアークエネミー主敵だと知って驚いていた」

アークエネミー主敵か。久々に聞いたなその言葉も】

「なんじゃそのアークなんとかと言うのは?」


狐太郎や朱姫以外は知らない言葉のようで、ルシーリアらは首を捻る


アークエネミー主敵だ。アルス教の天敵って事だな。一応俺の事らしいぞ。アルス教は入ったらまずこのアークエネミー主敵に付いて教えこまれる洗脳するみたいだな」


ルシーリアの疑問にルシアは面白そうに答える


【アルス教に敵対ばかりしているからじゃ…主も有名になったもんじゃな。しかしここにいるのがバレてはまずいのではないか?】

『アルス教の使徒達が大挙で押し寄せて来るかも?』


朱姫と狐太郎の不安をルシアは問題ないと一蹴した


「その辺は大丈夫だろう。奴らも馬鹿じゃない。一般兵士程度がこの森に何万と押し寄せてきても、ここにはたどり着けない。それくらいの準備はしてあるし、この森は生者は生半可な実力じゃ踏破できない」


一呼吸置くとルシアは口を開く


「問題は特化してる刺客――」

「――!!」

【――あるじ!!】


ーギィィンー


ふいに言葉を止めたルシアにルシーリアと朱姫は訝しんだがそれも一瞬の事で咄嗟の気配を感じで声を上げる

ルシアが何処からか取り出した刀の鞘で敵の斬撃を防いでいた


「てめぇ…危ねぇな…人が話してる時は最後まで聞くってガキの頃に習わなかったのか」

「ほぅ…この私の一太刀を防ぐとは、流石はアークエネミー主敵でしょうか…」


ルシアに奇襲を掛けた声の主は全身黒い衣装に身を包んだひょろ長い男だった


「婿殿!」

『師匠』


アークエネミー主敵の単語を聞いたルシアはスッと目を細める


「――アルス教の暗部か…こいつは俺がやる。お前らは他の奴らをやれ」

【む?】


「流石ですね。完全に気配を断っているのに…では彼らの相手をしてもらいまょうか」


その言葉に他に気配が複数生まれた


「…ちっ。カーナ、昨日の死に損ない共はどうした?」

「えっと――あ、今出てきた」


見れば離れの建物からレナードとクロノリアら数人が外にゆっくり出てきた


「アイツら…さては朝まで飲んでやがったな…カーナ、アイツらを使って一般人を避難させろ。こき使っていいぞ」

「うん、わかった。ルシア――」

「ん?」

「――無茶・・しないでね」

「善処する…」


ルシアは敵と睨み合ったまま空いた手でカーナに早く行けと合図する


「さぁ、無断でここに入った罰を与えねぇとな」

「あなたはともかく、他の仲間は大丈夫ですかな?私の手下は生半可な強さじゃありませんよ?」

「へぇ、そいつは楽しみだな」


黒装束の自信あるセリフにルシアは楽しそうに答えた







「…なるほどな」

「そんな裏があったなんて…」


エルマノの説明が終わるとレフィル達は表情を歪める

レフィルとヴァージルは大体の内容を把握していたが、実際聞いて再び怒りの感情がふつふつと湧いてきた

今更話の全容を聞いて怒りを露わにした所で、等のラクセス司祭はいない

重い空気に沈黙で支配されたが、ヴァージルは視線をミレリアに移す


「で、ミレリア、あんたはどうする?」


レフィル達の視線がミレリアへ注がれる

彼女は目を瞑りしばらく思案していたようだったが、ゆっくりと目を開く


「私は――」

「あんたが第二王女か?」


ミレリアの言葉を遮ったのはひどく、くぐもった声だった


ードスッー


「――!?」

「ミレリア!」


ミレリアはわけがわからないままその場に崩れ落ちる


ヴァージルとレフィルがいち早く駆けつけるも、相手はすでにミレリアから距離を取っていた

彼らはミレリアを守るように立ち、リリアはミレリアに駆け寄る

大剣を抜き放ち、相手に斬りかかりそうになるレフィルだったが相手が放つ威圧感――プレッシャーに動きを止めた

見れば隣にいるヴァージルも同じだったようで、険しい表情をしている


相手は全身黒い衣装でさらには顔にも目以外は隠されている、それはまるで――


「忍び…ですか」


言葉を発したのはエルマノだった


「ほぅ…」


相手の目がスッと細まる


「忍び…?」


相手の一挙手一投足を見逃すまいと視線を固定したままヴァージルは疑問を口にした


「ルシア様から聞いたのですが、裏の仕事を一手に引き受ける闇の者です。斥候、奇襲、暗殺なんでもするとの事です」


エルマノの説明で納得いったのか、一層気を引き締めるレフィル


「リリア、ミレリアの状態は?」

「傷口は大したことないけど…毒を盛られた」

「――!?」


見ればミレリアは苦悶の表情を浮かべ、大量の汗をかいていた

だが視線は黒い衣装の相手を睨みつけている


「くっくっく、早く処置しなければ死ぬぞ」

「…何故ミレリアを狙った」


流石に相手は答える気はないのか沈黙だったが、エルマノが呟く


「人体実験…」


ピクリと反応する敵にエルマノはやはりと確信を持った


「なるほど。ミレリア様にアルス教の闇の部分を知られてはまずかった。それでアルス教の暗部の方々が来たわけですね」

「……貴様…どこまで知っている」

「さぁ…」


黒装束の男はエルマノを睨むが、本人は軽く受け流している


「ミレリアを狙って任務達成、ではないようだな」


ミレリアだけを狙うなら最初に攻撃した時点ですぐに逃走をしているはずである


「なるほど、秘密を知った僕達も対象って事か…」


レフィルはチラリと狐太郎達の方へ視線を移す

あっちも襲撃があったようだが、誰も傷ついていないようだ

もとよりあちらは武神に元魔王と魔族と桁違いの実力者がいるので心配はしていない


「リリア、ミレリアを安全な場所へ連れていってくれ」

「わかった…」

「それとこれを…」


レフィルは黒装束から目を離さずに腰に付けていた魔法袋をリリアに放る


「いくつか、回復と毒消しが入っている」

「…気をつけてね」


リリアの言葉にレフィルは頷く

黒装束は下がるミレリアとリリアを追う仕草を見せたが、レフィルとヴァージルが視界を塞ぐように立ちふさがる


「くっくっく…生半可な毒消しでは対処できぬぞ」

「それはどうかな?」


黒装束の言葉にレフィルは平静を装う

しかし内心では焦っていた

暗殺を生業とする忍びが使う毒が普通の毒消しで消せるとは思っていない

リリアに渡した魔法袋にはレフィルが色々な場所で手に入れた回復薬や毒消しが入っているが効果があるかは神のみぞ知るである


それを知ってか知らずか黒装束の男は余裕の表情だ


「…お前ら二人で俺に勝てるとでも…?」


使った毒に自信があるのか、はたまた実力に自信があるのか男は短刀のような武器を両手に持ちながら動かない

逆にレフィルとヴァージルは答えずに黒装束を睨みつけている

彼らは黒装束の実力がかなり強いわかっていた

気配を悟られずにミレリアを刺したことからもそれは確かだった


「まぁ逃げようとしても無駄だがな…」

「二人ではありませんよ」


その時、ヴァージルの横に声の主が並び立つ

それを見た黒装束の目が初めて驚きの表情に変わる


「――エルマノ…」


それは二人も同じく驚きの表情だった


「私も戦います」


エルマノの参戦に驚いた黒装束だが、彼女に何かを感じたのか瞬時に気を引き締める


屍人しびとが一人増えても結果は変わらん…」


そういうと身を低くして、レフィルらに突っ込んできた


「エルマノ、無理するな」

「大丈夫です。でも前衛はお願いしますね」


剣を構え、迎撃する体制の二人にエルマノは戦いには場違いな程おっとりした声音で声をかけた後彼らから間合いを開けて下がると、左手を前に突き出し魔力を瞬時に練り上げる


フェアリーギフト妖精の加護


力強いセリフ応えるようにレフィルとヴァージルを淡い光が包み込んだ


「――!?」

「これは……」

「頑張ってくださいね」


驚く二人にエルマノはニコリと笑みを浮かべると再び意識を集中すると再び魔術を発動させる


シルフブレイス風精霊の息吹


ちなみにフェアリーギフト妖精の加護は掛けた相手の表面に薄い膜を張り防御力を四割程底上げする魔術で、要はカーナが使った水晶の盾クリスタルシールドのようなものだ

並の攻撃魔術などは弾き返せる力が宿っている

そして風精霊の息吹シルフブレイスは身体能力を五割程底上げする魔術である

どれも一介の人間では使えない魔術なのでレフィルらは驚いていた


「やるぞレフィル」

「時間が惜しい…何より手加減できる相手じゃないしね」


二人はそう言うと蒼と黒の稲妻を体に纏わせた



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