二章 24 大樹の村

「む、見えてきたな」


先を歩くルシーリアが指し示す方には、まだ遠いがポツンと灯りが見える

そう、今は日も暮れ始めた時間である

さらに日が落ちた後は一気に気温が下がり、雪が舞っているので疲労は倍増しである


ルシーリアと魔族コンビ、朱姫は疲れた様子など一向に見せてないが、この森を歩き慣れているレイラや旅慣れているレフィルとヴァージルは疲れをその表情に見せていた

というのも三日目は昼休憩なしだったからだ

簡単な食事休憩などはとってはいるのだが、ゆっくり休むと言うのは今日はしていない


それは最後尾を歩く二人にも現れていた

ミレリア、リリアには復活した狐太郎と、日が暮れて出張ってきたクロノリアとレナードがフォローをしながら後方に目を光らせている


すでに一行が歩いてきた道には数十の魔獣の遺体が転がっていた

放っておいても他の魔獣が綺麗に掃除してくれるのでそのままスルーだ

レフィルやヴァージルなどは冒険者の名残で、毛皮や牙を取りたそうにしていたが、時間が惜しいので断念している

森の中心部に向かうにつれ魔獣は増え、そして手強くなっていく


「皆の者、先に見える灯りが見えるか?あと少しで目的地じゃ」


その言葉に狐太郎達は最後の力を振り絞り歩いていく


そして雪が舞う中無事に大樹の麓までたどり着いた

さすがに日が落ちて辺りが暗いので周りの様子はわからないが、大分広く開けた場所に魔術で作った灯りがいくつか優しい光を作っていて多少は様子がわかる


簡単に言えば狐太郎の住んでいる世界樹の麓の村のような雰囲気であった

日本風の建物がいくつか点在しているので似ているのであろう


すると誰かがこちらに近付いてきた


「いらっしゃい。いや、お帰りなさい?かしら」


そんな狐太郎達を出迎えたのは淡い水色の髪をしたハーフ半獣人の女性だった

すでに雪が降り積もってきており厚手のコートとマフラーを首に巻いていて口元は見えないが、頭からは三角の小さな耳がぴょこんとでている

声質を聞く限り歓迎しているようだった


さすがに日が落ちているので外にはこの女性しかいなかった

いくつかの建物は明かりがまだ付いているので起きてはいるだろうが


「うむ、カルナようやく戻ったぞ」

「ふふ、お帰りなさいルシーリア。朱姫も久しぶりね」

【カルナも元気そうでなによりだ】


カルナと呼ばれた女性はルシーリア、朱姫と軽く挨拶を交わす

と、ふと疑問に思ったルシーリアはカルナに尋ねる


「して婿殿達は?」

「リファ達と一緒に寝てるわ」


ルシーリアの質問にカルナと呼ばれた女性は半ば呆れ気味に答えた


「…何?もう寝たのか?妾達が来るのを知らなかったわけではあるまい?」

「みんな知っていたんだけど、リファ達が眠気の限界に来ちゃったのよ。それで寝かしつけてる間に一緒に、ね…」

「なんとも婿殿らしいが…」


ルシーリアもそれを聞いて呆れた表情をする


「とりあえず中に入りましょ。酷く疲れている人いるみたいだしね」

「わしらはどうすれば良いのかのぅ」


カルナがルシーリアの後ろにいるリリア達に視線を向けると建物の中へ促そうとすると、クロノリアから声が届く


「あら、また珍しいお客ね」

「ふん、白々しいな。どうせ我らが来るのも知っていたのであろう?」

「ふふふ、どうかしらね。そうね、それなら……クロノリア様とレナード様はあちらの建物の方がいいわね」


とカルナは別の建物を指さす

その建物は木造二階建てで、一階は入口の扉が若干半開き状態になっている

扉は引き戸で日本風であった

その建物の入口から灯りが洩れているのが見え、風に乗って僅かながら声も聞こえている


「ふむ、誰か来てる・・・のか?」

「スイア様リフル様エルレイン様がいるわよ」

「ふぉっふぉっふぉっ、これは楽しみな酒盛りになりそうじゃな」

「そうだな。朱の姫、ルシーリア殿、我らはここで別れるぞ。また明日にはこっちに顔を出す」

「わかった。深酒はほどほどにするのじゃぞ」


レナードは片手を上げて挨拶するとクロノリアと共に指示された建物へ向かっていった


「じゃあとりあえずは来客用の建物に案内するわね、付いてきて」


改めてカルナに促されて建物に入り、廊下を歩き割り当てられた部屋に入る

廊下までは靴で構わないが、部屋に入るには靴を脱ぐようだ

これに驚いたのはレフィル達だ

さすがに和風の建物は見たことないらしく、しきりにキョロキョロしていた

中に入ると広い居間が一間あり、その居間からベッドルーム、所謂寝室へ行けるようになっている

シェアハウスのような作りの部屋だった


「食事はすぐに用意できるけれど、まずはお風呂で疲れと冷えた身体を温めた方が良さそうね」

【うむ、その方が良いだろうな】

「場所は…大丈夫ね」

「もちろんじゃ」


そう言うとルシーリアは勝手知ったる何とやらでずんずんと廊下を進む

それに遅れずに付いていくのは主の行く場所ならどこまでも付いていく気満々のイルフリーデとベアトリス


【さて、とりあえずは温泉で疲れを癒そうではないか】


朱姫も続き、狐太郎達も続いて行く

幸いと言うか、風呂は入口で男女わかれていたのでリリア達はホッとしていた





風呂から上がりみなほっこりした後、部屋に戻るとすでに食事の準備ができていた

ちなみにみんな浴衣を着ている

レフィルらは初だったのだが、締め付けがなくリラックスできるとなかなかの評判だった

温泉である程度疲れが取れたとは言っても完全には抜けきらない

ましてやさっきまで強行軍だったのだ


逆に豪華な食事を用意しても喉を通らない可能性を考えたカルナは、簡単に疲労回復や栄養を取れるようにスープ類に力をいれたメニューにした


見た目は簡素であるが栄養の面で言えば問題はない

リリアらも暖かいスープを口にしホッと落ち着いたようだった


それから食事も一段落し、今後の話をしようという事になったのだが


【詳しい話は明日でよいであろう?】

「と言うか肝心の婿殿がもう寝てる以上明日にするしかあるまい」

【叩き起こすと言う手もあるが…】

「リファ達も一緒にいると聞く。やめておいた方が良かろう」

【そのリファと言うのは例のハーフ半獣人の子達か?】

「そうじゃ」

【ふむ、ならば叩き起すのはやめておくか】


若干残念そうな表情を見せた朱姫だったが、ルシーリアのニヤついた視線でコホンと小さく咳払いする


【リリア達も相当疲れているだろうし、今日はこの辺で切り上げるのが良かろう】

「ごめんなさい…」

「謝ることはない。今日は休む暇もなかったし仕方ない。それに――」


一旦言葉を切ったルシーリアはニコリと笑う


「仲間に何も遠慮することはないのじゃ」


その言葉にリリアは素直にありがとうと笑みを浮かべ、ベアトリスとイルフリーデは内心驚いていた


「ルシーリア様が優しい言葉を…」

「なんとお優しい言葉…昔は――」

「何かいったかの…?」

「「いえ、何も」」


ルシーリアは二人の言葉を刺すような視線で黙らせた

その会話も一段落するとリリアやレイラら女性陣とレフィルとヴァージルは席を立った

やはり疲れているらしく早目に寝るとのことだ


「さすがに今日は疲れたからそろそろ寝るよ」

「目的地へは到着したからな。後は慌てる必要もないだろう」

「やれやれ、まさかこんなに疲れるとは思わなかったよ。久しぶりの陸地だとダメだねあたしは」

「私も疲れたから寝ようと思う」

【ふむ…では我々も寝るか】

「そうじゃな」


朱姫らもさすがに寝る事にしたようだ

外は雪が降ってるし、ここには外へ出ても特にこれといって楽しめる娯楽はない

レナードやクロノリア達の所へ行くと言う手もあったが…

今頃彼らは久々の再会でどんちゃん騒ぎだろうなと狐太郎は頭の片隅で思ったが、すぐに追い出した


結局みな、明日以降に備えて体力を回復させることにした







翌朝


『寒っ』


狐太郎はあまりの寒さで目が覚めた

寝室には火鉢があるのだが、すでに火は絶えている

一年中他所より気温が低く、冬近辺は極寒の寒さになると言われる死者の大森林の中心付近

住居は一応断熱加工が施してある、らしく外に比べれば大分暖かいのだが、狐太郎はいつもの自分の部屋で寝るのと同じように、薄手の服と毛布のみで寝てしまったのが先の言葉につながったのである


世界樹の村は一年中気候がそこまで変化がなく、比較的暖かいので致し方なかった

それもこれも部屋の雰囲気が似ているからだ、と狐太郎は内心毒づく

用意してあった毛布をしっかり被らなかったのが悪いのだが、寝室に入った時は火鉢が部屋を温めていたのでそれも油断の原因だった


ベッドから起き上がり窓に近づき閉まっていたカーテンを開けるといくらか日差しが入ってきた

雪は止んでいたが案の定外には雪が結構積もっていた


『寒いわけだ。ついいつものくせで薄着で寝たのがまずかったな』


窓の外を眺めながらブルっと体を震わせながら一人愚痴る

外にはすでに何人か出ており、目に付くのは獣人や魔族の子供達が雪合戦などをしたり、ハーフ半獣人の子供たちが巨大な白い犬みたいな動物と元気に走り回っている風景

大人も数人いて建物の周りや屋根を雪かきしていた


しばらくそれを眺めていたが窓から離れるとポシェットから厚手の服を取り出し着込む

さすがに部屋の中では上着やマフラーはしない

隅に設置されている水瓶で顔を洗うとあまりの冷たさにもやっていた意識もハッキリした


リビングに続く扉を開けると暖かい空気が入ってきた


【おはよう狐太郎。早起きだな】

『うん。おはよう朱姫。飲み物用意するよ』

【うむ、よろしく頼む】


軽く挨拶し、囲炉裏に掛けられたポットから湯気が昇ってるのを確認した狐太郎は手早く用意する


『あ、そういえばここってコーヒーあったよね?コーヒーにする?』

【そうだな。久々に飲みたい、頼めるか?】

『うん、ちょっと待ってね』


ちなみにコーヒーは昔はあったらしいのだが、今はこの世界には普及していない

リビングにある棚の引き出しをいくつか開けてコーヒーが入った容器を見つけ取り出す

他には紅茶といくつかのお茶が入っていた

ついでに砂糖とミルクもあったのでそれも取り出しテーブルに置く


コポコポとカップに注ぐと独特のコーヒーの香りが部屋に漂う


『朱姫は何か入れるんだっけ?』

【私はブラックで大丈夫だ】


そういうと狐太郎からカップを受け取り一口飲む


【うむ、やはり美味いな。狐太郎は砂糖を入れるのか?】

『ミルクは入れないけどね』


カップに砂糖をスプーン一杯いれかき混ぜている狐太郎を見ながら、朱姫はふと何か思い出した表情を浮かべる


【そういえばあ奴はコーヒーが苦手だったな】

『最近は…と言うか最後にあった時は、物凄くミルクと砂糖を入れれば飲めるとは言ってたかな』

【…お子様だな】


狐太郎の言葉に鼻で笑った朱姫だが、ミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーを想像し思わず顔を顰める


「おはよう。む、コーヒーの匂いがするぞ」

「おはよー…何この匂い~?」


次いで部屋に入ってきたのはルシーリアとベアトリス、イルフリーデでであった

イルフリーデは別部屋だったが、同時に来たと言うことは待機していたのだろうか


『おはよう。コーヒー飲む?』

「うむ、いただこう。妾はミルクだけ入れてくれ。ベアトリスとイルフリーデはどうする?」

「あ、じゃああたしも!ルシーリア様と同じで」

「俺は何も入れないで構わない」


3人の注文で再びコーヒーを入れる準備をする狐太郎だが再度部屋の扉がガラリと開くと残りのレフィル、ヴァージル、リリア、ミレリア、レイラが入ってきて、結局全員分コーヒーを入れるハメになる


レイラは飲んだことがあるのか手馴れた感じでブラックを飲んでいたが、レフィル達はコーヒーは初めてらしくおっかなびっくりしながら飲んでいた


しばらくコーヒーを飲んでまったりしていると廊下に続く扉がノックされ、「おはよう」とカルナが入ってきた

流石に厚手のコートやマフラー類は着ていなく、動きやすそうな髪と同じ水色のローブのような服を身に纏い、腰ベルトでローブを留めている


「朝食持ってきたわよ」


そういうと数人の獣人達が料理を携え入ってきた


「食べ終わって落ち着いたらでいいから、後で外へ来て欲しいの。いいかしら?」

【場所は?】

「窓から大きな大樹が見えるかしら?その根本辺り」


窓越しに見える大きな巨木を指さしながらカルナは言う

この離れた建物からでも圧倒的存在感がよくわかる

他のこの死者の大森林を形成するどの樹木よりもさらに高く大きい

軽く樹齢何千年といった感じだが、しかしその巨木は途中から斜めに断ち斬られたようにスッパリ斬れている

それでもそこからかなりの年月が経っているのか、斬られた部位からは新たな枝や葉が伸びて他の木々を覆っている

一種の歪なオブジェに見えなくもない


「そこに婿殿は居るのじゃな?」

「ええ」

【わかった。昼まで・・には行くとあのバカに伝えておいてくれ】

「ふふ、わかったわ。じゃあごゆっくり」


食事を並べ終えてカルナ達は部屋を出ていった

テーブルには昨晩とは違い実に豪勢な料理が並んでいる

メニューはもちろん和食だった

白米、焼き魚、玉子焼き、味噌汁、海苔、お新香と、朝の定番メニューが並んでいる

レフィル達にベアトリス、イルフリーデは箸は初めてなのでフォークとスプーンを用意されていたが、みなに習い箸を使う事にしたようだ

ここでベアトリスが箸をあっさり使えるようになったのには驚いたが…

他のメンバーは使うのに苦戦していた


昨晩はスープメインだった為にお腹が空いている一同は瞬く間に綺麗に食べ終えてしまった


一段落した狐太郎達はカルナの案内通り、大きな巨木の大樹の根本まで行くことにした


建物を出ると雪は止んでいるものの、降り積もった雪、身を切る寒さに思わず身を縮める狐太郎

首に巻いたグレーのマフラーに顔を埋めると、パウダースノー並のサラサラした雪の上をサクサク歩き、大樹の幹が視認できるくらいの位置まで来た


大樹の辺りには三人の男女、そして少し離れた場所で数人の小さな子供が雪合戦のようなものをして遊んでいる

側には真っ白い毛並みの大きな犬みたいな動物が護衛のように座ってくつろいでいた


徐々に近づくにつれ誰かハッキリしてきた

一人は案内してくれたカルナ、そして白髪の髪を靡かせた男性、そして濃い栗色の髪の女性の三人だ


ハッキリ視認できる位置に来た時、突如後ろから人影が飛び出した







・・・・・・・・・・・・








「ようやく来たか…」

「遅かったわね…」

「すいません、てっきりすぐ来るものだと…」

「カルナは悪くないから謝る事はないぞ」


大樹の下で狐太郎達を待つ三人、ルシア、カーナ、カルナである

三人共さすがにマフラーとコート、ローブ類は着ている

カルナは水色のマフラーに同じく濃い目のブルーのコート

カーナは紺のマフラーにブラウンのコート

ルシアは黒いマフラーに真っ白なローブ姿である


大樹は直径が十メートル以上もある大樹で恐らくこの世界最古だと言われている通り巨大と言う言葉がピッタリだった

今は冬にも関わらず、木々は青々とした葉を付けている

聞けばこの大樹の葉は枯れる事は無いらしい

一年中瑞々しい葉を付けており、その葉は色々な用途に用いることもできる

そんな彼らの少し離れた場所ではリファ達が雪合戦を始めている

初めての雪で浮かれているのだろう

楽しそうだが、ルシアは風邪引かないか、しもやけにならないか心配のようで、不安げにチラチラ眺めていたが狐太郎達が近づいて来たので視線を向ける


「なんか大所帯だな」

「そうね」


近づく狐太郎達を見てルシアはそう呟いた

その矢先、狐太郎達から一人こちらに飛び出し掛けてくる女性がいた

その女性は雪煙を上げながら凄まじい速さで掛けてくるとジャンプ一番ルシアに襲いかかった


「…!?ぬぉ!」


咄嗟の判断で飛び蹴りはかわしたルシアだったが、女性に襟首を捕まれそのまま一緒に雪の上をゴロゴロ転がり止まる


【はぁ…はぁ…ふっふっふ…久しぶりだな我が主・・・よ】


馬乗りになった女性は開口一番そう答えた


「いててて…って何しやが…」

【…私を忘れたか?】

「…………忘れるわけないだろう朱姫。久しぶりだな…」


しばらくの間が開く、その間に狐太郎達はカルナとカーナの下へたどり着き、ルシアと朱姫の様子を眺めていた


【ならば何故一度も私を呼び出さない!?それに今の間はなんだ?】

「い、いや感慨にふけって…」

【やはり忘れていたか!】


激怒した朱姫はマウントポジションのまま拳を振り上げる


「ばっ!!バカちょっと待て」


慌てて回避するルシア

武神が全力で振るう拳…

数度拳が振るわれたが全てかわされた朱姫は小さく舌打ちすると再び襟首を掴み無理やり立ち上がらせ……全力で投げた


「ぎゃああああぁぁぁ…」







「…あっちはほっときましょ…」

『そ、そうだね…』


数度空を舞う…いや飛ぶルシアと時折聞こえる悲鳴をスルーする事にしたカーナと狐太郎達

子供達はポカンとした表情をしていたが、安全なのを知ると再び遊びに戻った





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る