二章 21 出発
港街インクから出発する事数時間、一行は死者の大森林の森の入口に到達していた
「昼間なのに森の中が薄暗いってどういうことだ?」
「森が深すぎて陽の光が届かないんじゃないかな」
「一層不気味に見えるな」
「これは寒いだけじゃないよ・・」
日本でいう富士の樹海を数倍不気味にした感じがする場所である
ヴァージルとレフィルは背筋に走る悪寒を感じ、森を見つめ白い息を吐きながら会話をしていた
さすがに彼らも防寒対策はしており、普段着る服の上に特殊な魔術を施した防寒ローブを羽織っている
森の中心に近づくにつれ、寒さは増している
同じ大陸で、そこまで距離があるわけでもないのにこの差はある意味異常ともいえる
「みんな、ご飯の準備ができたわよ」
ベージュ色の厚手のコートを着込んだリリアの言葉でヴァージルとレフィルも一旦森から離れ、手間の広場に準備されていたシートに座る
一行は真ん中の焚き火を囲んで丸く座る
この中で料理ができるのは狐太郎だけだった
しかし狐太郎が今はアレな状態なので他に料理できる人はいない
料理の準備をしようとしたのだが、心ここに在らずでミスの連続で皆が慌てて止めた
レフィルやヴァージル等はそもそも料理はしない
冒険者時代も野営時は保存食か狩りで仕留めた獲物を焼くか煮るくらいしかしないので素人である
他のメンツはと言うと、リリアは料理は苦手でミレリアは王族で料理はしたことない
レフィルとの旅の過程で何度か自炊に挑戦したらしいのだが、作らない所を見るとダメだったようである
魔族であるルシーリア達は料理はしない
と言うかあまり普通は食事を必要としない
負の感情を糧として生きる魔族は食事を取らなくとも基本死にはしない
しかしルシーリア以下ら彼女の側近達はいつしからか食事を取るようになる
ルシーリアの命令で
それは彼女が人間と共に歩いていきたいと言うある種の歩み寄りであった
最初は原始的な料理ばかりでうまくはなかったが、そこから焼く、煮る段階まで来て味自体は多少改善された
が、そこまでだった
彼女らが料理を覚えようと歩み寄ろうとしても人間からみれば敵対している脅威の存在
話すらまともに出来ずに戦いになる
完全に人化できるのはルシーリアら上位の魔族のみでほとんどは角が残ったり、目が紅のままだったりで人里には近寄れないでいた
それが一人の人間によって事は収まり、彼女も料理と言うものを覚えていく・・はずだったが
彼女も不器用すぎた
と言うか、戦いに関しては手加減いらずで当たるを幸い蹴散らしていたが、事料理は手加減が必要だった
赤子の如き進み具合で料理を覚えている
彼女の美味い手料理はいつになれば食べれるのか
そういう事でこれだけ人数がいようとも料理ができる人は狐太郎のみであった
しかし救いの神はいた
ジンバックが店で作ってくれたたくさんの料理を狐太郎のポシェット入れてあるのだ
リリアはそれを取り出しただけなのだが
まだ昼までには時間があるが、森の中で食べるよりはと言うことで意見が一致し、少し早い昼食をとっている
森に近づくにつれて寒さが増しているが、今は雪は降っていない
「うむ、こういうのはピクニックみたいで楽しいのぅ」
【ちょっと寒いが外で食べる食事というのもなかなか乙なものだろう?】
「花が咲く季節ならもっと楽しいわよ」
ルシーリアと朱姫の言葉にリリアが付け足す
彼女らは当然のように言っているが、普通の冒険者等が野外で食べる食事といえば保存の利く塩っけある干し肉や硬いパンなどだ
食事は手早く済ませる
それが冒険者達の鉄則だ
ヴァージルやレフィル、リリアも狐太郎達と会う前の冒険者時代は質素な食事をしていたのだ
「これめちゃうまっ!何この味!そして柔らかい!うちら魔族なんかよりよっぽどいいの食べてんじゃん」
一口つまんだベアトリスが驚愕の表情で驚いている
隣のイルフリーデも声には出さないが同じような表情だ
どうやら彼らの食事事情はやはりというかあまりよろしくないらしい
「どうだ?お主ら、人間の作る食べ物は美味いだろう?」
一人魔族なのにドヤ顔で自慢するルシーリアはジューシーな肉が挟まったサンドイッチを頬張っている
「ルシーリア様ずるい!」
「いつもこのような食事をされていたのですか?」
講義する二人にルシーリアはもぐもぐと口の中の物を飲み込み口を開く
「うむ、婿殿達が作る料理は絶品じゃぞ!まぁ料理が苦手な人間もいるから一概には言えんがの」
「あたしも料理覚えたい」
「機会があれば教えてもらうがよい」
「ほんと!?やった」
喜ぶベアトリスを横目に、手に残ったサンドイッチを一口で口に詰め込んだルシーリアは次の獲物を探し出す
「コタロー君に会って正直度肝を抜かれたけど、これ…非常識なんだよね」
「冒険者が依頼中にこんな贅沢ができるやつはいないからな」
「むしろいたら冒険者やってないんじゃない?」
「贅沢に飯を食うなら装備に金をかけるのが冒険者だからな」
ヴァージルとレフィルも色々食べながらも会話をしている
「つかさ、この黄泉の入口で夜を明かすってまじ?」
「黄泉の入口?」
ベアトリスの率直な疑問に知らない単語が出てきたレフィルは首を傾げるとイルフリーデがフォローした
「人間の言う死者の大森林の事だ」
「魔族は黄泉の入口と呼んでるのか・・」
「うん、で、まじ話なの?」
【それは当然といえば当然だが仕方ない部分でもある。中心まで半日や一日でたどり着ける距離でもないし、ましてや馬も馬車も不可能な程道が劣悪なのだからな。徒歩しか方法がない以上致し方あるまい】
「飛べばいいじゃん」
【お主ら魔族と違って人間は飛べない(一部を除いて)】
「むぅ、じゃあさうちら先に――」
「それは却下じゃベアトリス」
「やっぱり?でも魔族のあたしから見ても黄泉の入口は怖いんだもん」
「朱姫やコタローがいるからよっぽど新人とかではない限り大丈夫じゃろう。最悪、妾がなんとかする」
「あ、それもそうか。ルシーリア様に敵う奴なんてそうそういないもんね」
「それにじゃ、お主はコタロー達を置いて先に行けるのか?」
「うっ・・そりゃコタローっちの事は心配だけどさー」
ベアトリスはそう言うと一人料理を摘む狐太郎をチラ見する
相変わらずどこか元気がなく、みんなと一緒に料理を食べているのに心ここにあらずと言う感じである
「あたしが声かけてもどこか上の空で曖昧な返事しかしないんだもん」
「それ程重症か」
【まぁそれも着くまでじゃ】
「それはコタローっちの師匠がなんとかしてくれるって事?」
【うむ、我々でも無理なのだ。もう奴以外おらん】
「へぇそんなに凄いんだ。コタローっちの師匠って」
「白死神の名は知っているだろうベアトリス?」
「え?うん、魔人戦争で単独で魔族を8割くらい滅ぼしたって言う悪魔でしょ?うちら魔族の間じゃ超天敵で有名じゃん」
「それがコタローの師匠じゃ」
ルシーリアのカミングアウトにベアトリスは意味がわからずフリーズする
「えっ!!ちょっ…ちょっとまじっすか?そんなのに会ったら滅ぼされちゃうじゃん!つか、魔人戦争で猛威を振るってたのにまだ生きてるの?」
我に返ったベアトリスが慌てた表情で話し出す
「そうじゃ。人間より、エルフや我ら魔族よりも長生きしてると言われておる」
「そんなのもう人間じゃないじゃん・・大丈夫なんですかルシーリア様?」
「大丈夫じゃ。元から婿殿は魔族に憎悪などもっておらん。魔人戦争は人間側でそうせざるを得ない立場だった、と言う事じゃ」
「国に仕えていたと言う事ですか?」
【仕えていたわけではない。元冒険者じゃからな。ただ魔人戦争で人間側が押され始めた時に、国が奴にすがり付いただけよ】
訳知り顔な朱姫がルシーリア達の会話に加わった事で、それまで話に加わっていなかった他のメンツも加わってくる
「武神様はやけに詳しいね」
「それは武神様も魔人戦争で活躍なされたからであろう」
「!?そうなのかい?」
「その辺は書籍にもなって語り継がれている通りだ」
「その辺の事はさっぱり」
苦笑いのレイラにミレリアが仕方ないなと魔人戦争での出来事を書籍にならって語っている
【私は奴に召喚されてはいたが、あまり活躍はしていない。むしろ精霊達の方が活躍している】
「けど魔人戦争を終結させた時には武神様も活躍されたと・・」
【ほんとに最後の最後だけだな】
「うへぇ、その魔人戦争で魔族を倒しまくった相手と今一緒にいるのってなんか不思議・・」
「当時ならこうして寝食を共にするなぞ有り得ない事だったからな」
【それがあ奴が望んでいる事でもある】
「魔族との共存共栄?」
【と言うより他種族と、だな】
「まだ一部では獣人とかには厳しい国もあるものね」
「逆に獣人の国では人間を敵視してる場所もあると言うからな」
「
リリアとミレリアの言葉でレイラとルシーリアが悲しそうな表情になる
「どこにも頭の固い連中はいるからな」
【そう言うイルフリーデはないのか?人間に対して】
「俺はルシーリア様の傍にいた為に魔人戦争では表に出ていない。特に人間に対しても良い感情も悪い感情も持っておらんな」
「あたしも!まれに人間に魔族ってだけで襲われたりしたけど、そういうもんだと思ってたし」
「なんか、変わってるわね・・」
イルフリーデとベアトリスの言葉にリリアは改めてそう感じた
「ルシーリア様の筆頭従者だし!多少の事じゃもう動じないし」
「誰が筆頭従者だ?ただの金魚のフンだろうが」
「ちょっ!?それ酷くないイルフリーデ?」
金魚のフン呼ばわりされて頬を膨らませてプンスカ怒るベアトリスにイルフリーデは冷静に対処する
「事実を言ったまでだ。――むっ」
最後に残ってた唐揚げの一個を摘もうとフォークを伸ばしていたイルフリーデの手が空を切った
「へっへーん。早い者勝ちっしょ」
「・・・・・・」
怒っていた表情から一転、ニヤリとしたり顔に変わったベアトリス
逆にイルフリーデはわなわなと震え怒りの表情をベアトリスに向けている
「貴様、俺の唐揚げを・・」
「別にイルフリーデのじゃないじゃん!大皿に残ってたんだし!食べるなら自分の取り皿に取っとけばよかったじゃん」
長い前髪の奥から紅い瞳が怒りの眼差しでビームが出そうな程キツい視線をベアトリスに送るが、等の彼女はまったく意に介してない
そしてベアトリスの言葉が正論過ぎるためにイルフリーデは言い返せずに歯ぎしりしていた
「本当にあんたら魔族っぽくないねぇ」
串に刺さった肉を豪快に齧りながらレイラは呆れた表情で言う
ルシーリア達は今はインクの港街を出てからは魔族の姿に戻っている
人間の姿でいつづけるのは魔力を多少ながら消費し続けるらしい
しかしルシーリアだけは会った時からずっと変わらぬ姿をしている
背中の大鎌以外は黒を基調としたゴスロリ服である
「ふふふ。その言葉、今の妾には褒め言葉だのぅ」
嬉しそうに手に付いたタレを舐めながらルシーリアは言うがエロさは微塵も感じない
何故なら服の前部に涎掛けのような物がかかっているからである
まれに飲食店で服が汚れるのを防ぐために置いてある簡易紙エプロンみたいな奴である
食事前にベアトリスに付けてもらっていたのだ
「まぁボルガみたいなのが未だに多数いるのも事実だが、多くは興味なくて傍観者というのが大多数であろうな」
簡易エプロンで簡単に手を拭いたあと、今度はおにぎりに手を伸ばすルシーリア
「若い魔族達は血気盛んでボルガに与する者が多いのも確かだし、ある程度年月を生きている魔族は終わらない人間との戦いに疲れて隠居生活に入ってる者もおる。今は魔族にとって変わる時期なのかもしれんな」
「魔族っても色々いるんだねぇ。そこはうちら人間と同じか」
「人間は同族同士で殺し合いをするであろう?それは愚かだとは思うがな」
「魔族はそういうのはないのかい?」
「少なくとも大規模な魔族同士の戦争はない。個人の間ではあるがな。しかし他者に介入されてと言うのは稀にあるな。今回のボルガもその口だろうな」
ルシーリアの言葉にレイラ達はへぇーと頷くばかりである
「あと人間は宗教的な問題もあろう?他宗教を受け入れない宗教もあると聞くぞ?」
「今はアルス教が我ら人間の国には広く根付いているな」
「ちと気になっていたのじゃが、アルス教のアルスとは人の名か?」
「知らないのか?魔人戦争より昔に魔族の王を討った勇者じゃないか。勇者アルス。その勇者アルス亡き後、彼の伝説――教えを広めるためにアルス教ができたと聞く」
「その話は知っておる。しかし勇者アルス――そんな名じゃったかのぅ・・」
腑に落ちない表情で首を傾げるルシーリアに、他のメンツは掛ける言葉がわからず黙っている
ただ一人、朱姫だけは俯いて肩を震わせていた
「今はそのアルス教は他宗教を認めず、弾圧していると聞くが?」
「バカな!?アルス教がそんな事をするはずがない。証拠はあるのか!!」
「いや、流石にない」
物凄い剣幕で怒り出したミレリアにイルフリーデは驚き口を噤む
ミレリアの帝国はアルス教主義の国であり、もちろんミレリアもその中で育っているので多少は信仰心はある
敬虔なアルス教信者と言うわけではないが
しかしそれがこの旅で多少揺らいできているのだ
ヴァージルを追跡していく中で疑問はふつふつと大きくなっていった
今回の旅でそれを見極める
それがミレリアの決意だった
「ふむ、みな色々思う所があるのは分かったからそれは今は胸に仕舞っておくがよい。後にわかるであろうよ」
ルシーリアの言葉にヴァージルやレフィルは頷く
「さて、それではうまい飯も食ったし体も温まったであろうから、そろそろ行くとしようか」
~ある一室~
「エルエリアに向かった魔族が全滅だと!?」
「は、はい」
薄暗い部屋に怒りの声が響き渡る
そこそこ広い部屋だが、壁一面の大きな本棚が目立つ程度で他の調度品は少ない
窓もあるにはあるが、分厚いカーテンで塞がれている
あるのは本棚と、今しがた声をあげた男が座る椅子に執務用のテーブル、それだけである
そしてその椅子に座る男の対面に床に跪いたローブを着た男
部屋の中はその二人だけだった
「魔王はどうしたのだ?魔王自らが出向いたのであろう?」
「それが・・」
「申せ」
椅子にふんぞり返っている男は言いにくそうにしている目の前の男にイライラしていた
「インクの港街を攻めた魔王ボルガは、突如現れた元魔王を名乗る者にやられ、現在治療中です」
「元魔王だと!?それは確かか?」
「は、はい」
「その名は聞いているか?」
「たしかルシーリアと・・」
椅子に座る男はその名前を聞くと歯をギリっと噛み締める
思わず拳をテーブルに叩きつけたくなる衝動に駆られたが思いとどまった
「死者の大森林に向かったザッツと勇者はどうした?」
「・・連絡がつきません」
「クソッ」
それで我慢の限界だったのか思い切りテーブルを叩く
割れるんじゃないかと言うほどの音に、床に跪いていた男は驚きと恐怖で尻餅をついてしまった
椅子に座った男は怒りの表情でしばらく体を戦慄かせていた
「誰がおらんか!」
「――ここに」
男の言葉に二人しかいないはずの部屋に三人目が音もなく現れた
「ひ、ひぃぃぃ・・ま、魔族」
床に尻餅を付いていた男はいきなり出現した男に瞠目し、恐怖の声をあげた
現れた男は全身黒で染め上げた格好で人型のシルエットをしているが顔には仮面のような物をつけていて表情はわからない
額の左右から二本の角が伸びているが一本だけ捻れたように伸びていて左右非対称である
「死者の大森林へ向かえ。ザッツと勇者がどうなったか調べてくるのだ」
「――部下を何人か連れていっても?」
「構わん。邪魔する奴がいたら殺せ」
「――わかりました」
その言葉を残すと仮面の魔族は現れた時と同じように音もなく部屋からいなくなった
「・・・・ザッツはともかく勇者はそう簡単にはやられんとタカをくくったのが不味かったか・・しかし元魔王がいるとはな。こちらの誘いを断った愚か者だが実力はある。ボルガでは荷が重かったか」
仮面の魔族がいなくなってしばらくブツブツ呟いていたが、ふと床に座り込んだ男を見つける
「なんだ、まだいたのか。他に報告はあるか?」
「いいい、いえ・・」
「では下がれ。私は忙しいのだ」
その言葉で床に座り込んでいた男は慌てて部屋から出ていった
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