二章 22 狐太郎と元魔王

死者の大森林はほぼ平坦な道はない

獣道、よりも劣悪で地面の隆起、樹木のツタがそこら辺に這い回っており下を見ながらでないと躓いてしまう

さらにそれだけではなく魔獣と化した魔物や獣の襲撃もあるので周りにも気を配る必要があり、並の冒険者ならすぐに力尽きてしまうだろう


日が暮れればアンデッドや死霊が徘徊するとまで言われている


そんな物騒な場所、死者の大森林に普通は誰も近づきはしない

得る物もお宝も何もないからだ

この森に近づくのは人生に絶望した死にたい狂者か、何者かに追われている者、あるいは迫害され続けてどこにも住む場所がない者しか近づかない


生きる希望を奪われた、生者が辿り着く場所


そんな森の中を、鼻歌を歌いながら進む一行がいた

と言うかご機嫌なのは先頭を歩く一人の少女と隣を歩くギャルっぽい少女だけだ

一人は背が150センチに満たない身長で森を歩くには不適切な黒を基調としたゴスロリな服装

そして背にはこれまた似つかわしくない背丈の倍近くもある大鎌を背負っている

方やもう一人のギャルっぽい少女は魔族だった

人間の姿をとってはいるが、角と瞳が隠しきれていない

服装は現代風に言えばジャージ、であった

もちろん黒ベースである

黒い髪は肩より少し長めで前髪は真ん中から綺麗に分けられ頬まで流れている

今はその髪にカラフルな色をした髪留めが付いている


そのゴスロリ少女を挟むような形で、ギャル魔族の反対側には長身の、これまた人間に扮しているが角と瞳が隠しきれていない魔族が並走している

森に入るまでは魔族の姿に戻っていたのだが、今はルシーリアに人間の姿に慣れる為と、鍛錬と言うことで姿を変えている


この三人が先頭を走り後ろにはちゃんとした人間達が続く

傍から見ればおかしなメンツだった


「ちょっ、ちょっと待って・・」


最後尾で歩いているリリアは進む早さに置いてかれ気味だ

このメンバーの中ではリリアが一番スタミナがない

ギルドの事務仕事だったと言うのもあるし、冒険者をやっていたのは結構前だ

ミレリアも口には出さないが疲労はその表情に出ている

王族だが、お転婆だったミレリアだが魔術師である

レフィルとの長旅で多少はスタミナはついたつもりだが、この死者の大森林は別格だった


逆に女性の中では唯一平気な顔をして歩いているのが女海賊のレイラである

何度か死者の大森林を通ったと言うだけあり、その足並みは淀みない

今はリリアとミレリアをフォローする為に後ろに下がっている


かく言う男勢はやはりと言うかなんと言うか問題はなかった

しかしレフィルもヴァージルも少し疲れが出ている様子だった

初めての死者の大森林、緊張もあり疲れやすくなっているのかもしれない


「もう少しがんばるのじゃ。もう少しで野営ができる場所に出る」


先頭を歩いていたルシーリアは立ち止まりリリア達が追いつくのを待って言葉を掛けた


「日が完全に沈めば辺りは完全に闇じゃ。視界はゼロに近くなるゆえ移動は難しくなる。魔術で照らしても、光が遠くまで届く前に闇に吸収されてしまう。この森は休憩場所まで一気に行くしかないのじゃ」

「わ、分かってるけど・・」


追いついたリリアが膝に手を充てながら辛そうに呟く


「野営地点に着けば安心して休めるからもう少しの我慢さ」


魔法袋から取り出した飲み水をリリアに渡し、自分も一口飲んだレイラはリリアを気遣う

水分を補給したリリアは幾分楽になった表情を浮かべる


「あのさ」


ルシーリアの隣に黙って立っていたギャル魔族のベアトリスがふいに口を開いた


「キツイならあたしがおぶってあげよっか?」

「――!?」

「今のままのペースだと日が暮れる方が早いんじゃない?ならあたしがおぶって行ったほうが――」

「だ、大丈夫よ!」

「でもさぁ・・っ痛!」


さらに言葉を続けようとしたベアトリスの脳天に拳が振り下ろされ、彼女は頭を押さえ蹲った


「大丈夫って言ってるだろう。しつこいぞベアトリス」


ベアトリスは拳を落とした人物を若干涙目になりながら睨みつける


「グーで殴ることないじゃん!グーで!」

「お前がうるさいからだ」

「そんな言い方しなくてもいいじゃん」


イルフリーデとベアトリスは少しの間ギャーギャーと言い合いを始める

リリアとミレリアは呆れた表情でレイラは苦笑だ

しばらくは誰も止めることはしなかったが、頃合いを見計らってルシーリアが声を掛けた


「そろそろ良いであろう二人共」


その言葉にピタリと争いを止める二人


「申し訳ありません」

「ごめんなさい」


そして二人はペコリと頭を下げる


「うむ、さっきも言うたがもう少しの辛抱じゃ」

【レフィル、何があればフォローしてあげてくれ】


まったく疲れた素振りを見せてない朱姫はリリアを気遣うように言うとレフィルは当然と言うふうに頷いた


「では、出発しようかの」


ルシーリアはそう言うと再び歩き出し、イルフリーデとベアトリスが追随する


「イルフリーデ、ベアトリス少しペースを下げるぞ」


ルシーリアは二人にだけ聞こえるように小声で話す


「大丈夫なのですか?」

「問題ないじゃろ。最悪は我らで対処するぞ」

「わかりました」

「って言うか、ルシーリア様変わりました?」

「うん?」

「いや、ルシーリア様が魔王をやっていた頃は、人間と戦うことは禁止だったけどあそこまで気使ってなかったと言うか・・」


うまく言葉にできないのかベアトリスはもどかしそうにしている


「昔は戦うのは禁止だったのですが、こちらに害を加えるなら容赦しない。それ以外は特に歩み寄ったりせず、言い換えれば不干渉を貫いていた気がします」

「そうそれ!不干渉よ不干渉」


イルフリーデの言葉から自分が言いたかったのだとばかりに強調するベアトリス

ルシーリアは少し考え込んだ後ゆっくり口を開いた


「ふむ、それは人間や獣人達と長く一緒に暮らしてきたからかもしれんな。当時はどう人間と他種族と接して良いか分からんかったからのぅ」

「それってコタローっちの師匠も関係あるんですか?」

「それはそうじゃ。暮らすきっかけを作ってくれたのが婿殿じゃからな」


うっすら笑みを浮かべるルシーリアにイルフリーデとベアトリスは婿殿・・興味を引かれたようだった

と言ってもその内容はまったく違うものなのだが

その時イルフリーデが何かに反応した


「ルシーリア様、二時の方角からテュランべアール二体が接近してきています。二体共魔獣化してますね」

「暴君か。妾とイルフリーデで対処するぞ。速度はそのまま、一撃で仕留める。ベアトリスは他に接近する者がいないかサーチし後方に伝え、そのまま朱姫達のサポートじゃ」

「わかりました」

「了~解~で~す」


ルシーリアは背中の大鎌を、イルフリーデは長剣を取り出し、ベアトリスは軽く敬礼の仕草をした後速度を緩めレフィル達に伝えるために下がる


「さて、朱姫もいる事じゃし晩御飯は熊肉といこうかのぅ」


禍々しい大鎌を担いだゴスロリ少女は視認できる位置まできている暴君二体を見据えると、ペロリと舌を出すとニンマリと笑った







日も落ち、遠くで魔獣か何かの遠吠えが聞こえる中、ルシーリア達は野営が可能な場所へたどり着き休んでいた

既に焚火が灯り辺りには美味しそうな匂いが漂っている

石を組み上げられその上に置かれた鍋には先程狩った熊肉が大量に入っている

さすがに二頭分は食べきれないので切り分けて狐太郎のポシェットへ保存している

ちなみに魔獣化した魔物はそのままでは食べられないので、朱姫に浄化してもらっている


その熊肉を焚き火を囲みながらみんな突っついている

ベアトリスは熊肉が気に入ったのかバクバク食べ、イルフリーデから小言を言われているが、彼女は気にしていない


「熊肉ってこんなうまいの?」

「いや、普通に食ったらここまで美味くはない。下処理と調味料のお陰だろう」


ベアトリスの疑問にヴァージルが答える

幸いと言うか、ヴァージルは熊肉を何度か食した事があるらしく手馴れた手さばきで処理してくれた

焼く、煮るだけだったが


リリアは疲労から食事をした後は早めに寝てしまった

今はレフィルの側で毛布に包まり寝息をたてている


【この辺りなら普通はアンデッドやレイスくらいは出るかと思っていたが…】

「妾がいるからな。低級は思考能力はないが、本能で近づかないのであろうよ」

【ふむ、なんとも退屈な話だな】

「ふふ、明日の晩くらいになれば、大物が現れるやもしれんな」


朱姫とルシーリアは物騒な話をしている


「英雄や古の大魔術師には会えるのかな」

「ぜひ一度手合わせしてみたいものだな」


こっちでもレフィルとヴァージルが何やら盛り上がっている

そんな中やはり狐太郎はどこか上の空といった感じで熊肉をつまんでいた

それをレイラとミレリアはチラリと見たあとお互いの顔を見、小さくため息をついた


今回野営の見張りはルシーリアが担当する事になった

イルフリーデとベアトリスは変わると言ったのだが「たまにはよかろう。なかなか経験できぬからのぅ」と頑なに譲らなかったので渋々二人は折れた

そして他のメンバーは表には出さなかったがやはり疲れていたのだろう、横になるとすぐに寝息が聞こえた

しばらく夜の静寂と焚き火の木がパチパチと爆ぜる音だけになる


「さて、もう寝た振りはよいぞ。眠れないのかコタロー?」


ふいに掛けられた言葉に横になっていた狐太郎はゆっくりと体を起こし寝てるみんなを見回す


『…うん、バレてたんだ』


それを見て察したルシーリアはニヤリと笑う


「安心せい。寝てる奴らはしばらく起きやせん」

『え?』

「なに、ちょっと眠りが深くなる魔術を施しただけじゃ。朱姫にも効いておるから安心せい」

『…』

「これでようやくまともに会話できるじゃろ?変に気を使うのは疲れるのぅ」


そう言うルシーリアに狐太郎は呆気に取られていたが、やがて苦笑いに変わる


『相変わらずやる事が出鱈目だね』

「ふふん、婿殿に比べれば大したことはなかろうて」

『そうだね』

「では、改めて久々じゃのコタロー。最後に会ったのは何年前かわからんが」

『最後は多分前世だよ。前世から今が何年経ってるかわからないけど少なくとも五十年以上じゃないかな』

「ふむ、つい最近ではないか」

『魔族や師匠にとってはね。僕等人間からしたら五十年は大昔だよ』

「そうじゃったな。しかし少し幼くないか?」

『…成人したばっかりだからね』


狐太郎は若干唇を尖らせると弱くなっていた焚き火に新しく薪を放り込んだ

火の粉が舞い上がり二人の顔を一瞬明るく照らす


「会った時に、知らん顔してたから察してはいたが誰にも明かしておらんのじゃな?」

『うん…』


沈んだ狐太郎の表情を見逃さなかった

過去、ある仲間達に記憶を残して転生できる話をした時に彼らの表情が、目が狐太郎を恐怖の対象、畏怖、或いは侮蔑の、蔑む目に変わり

ある仲間は狐太郎を魔族だ化物だと罵り、ある仲間は狐太郎を殺すために攻撃を仕掛けてきたり

またある仲間は狐太郎の元から去っていった

そうして当時の狐太郎の周りには誰もいなくなってしまった


それを知っているルシーリアは特に返答はせずに沈黙する


「今の仲間は不満か?」

『ん?いや、そんなことないよ』

「…まぁよい。それよりいつまでふさぎ込んでおるのだ?」

『……』

「朱姫の事で後悔しているのか?それとも自身の不甲斐なさを悔いておるのか?」

『……』


途端に俯き情けない表情かおをする狐太郎にルシーリアはため息をつく


「朱姫の事は聞いた。しかし朱姫はコタローのせいだと言ったのか?お主が悪いと?」

『……』

「言ってはおらぬであろう?朱姫はそういう性格はしておらん。逆に褒めておったくらいじゃ。婿殿以外で朱姫を召喚できたのはコタローが初じゃからな。それは嬉しそうに話しておったぞ」


ルシーリアの言葉で狐太郎は顔を上げた

その表情は驚きの色に彩られていた

それを見たルシーリアは笑顔を浮かべると、言葉を続けた


「お主には恥ずかしくて面と向かって言ってないだろうが、それはもう耳にタコができるくらい妾に同じ話をしての。召喚者がコタローだと言うのがよほど嬉しかったのじゃろうな。まるで母の…いや、弟の成長を喜ぶ姉のようじゃったわ」


その時を思い出しているのか、ニヤニヤと笑いが止まらないルシーリアに狐太郎は少し元気が戻ったのか笑みを浮かべた


「そもそもお主はまだ成人したばかり、人間でその若さで朱姫を召喚できるのは偉業だと思うがの」

『…そうかな』

「お主の周りは年上ばかりで自分の実力の判断がつかないのもわかるが、恐らく飛び抜けておると思うぞ。まぁ妾は人間の街に長くいたわけではないし、単なる主観じゃがな」


「もしまだ自分の実力に納得いかないなら、修行すれば良いではないか。大樹に行けば婿殿がいるしのぅ」

『…うん』

「かっかっか。婿殿の弟子なんて他者から見たら羨望の眼差しじゃろうて。妾もコタローが羨ましいぞ」

『その…ルシーリアはまだ師匠を狙ってるの?』

「うん?狙っているぞ!あ、いやまて。語弊があるな。命を狙うじゃなく伴侶としてじゃな」


若干頬を赤らめながら言うルシーリアに狐太郎は笑みを浮かべる


「わ、笑うでない。妾は本気で――」

『知ってるよ。それこそ耳にタコができるくらい、ね』


狐太郎のセリフに頬を膨らませるルシーリアだが、すぐに笑みに変わる


「うむ、大分笑顔が戻ってきたようじゃな」

『?そう?』

「見ていて痛々しかったぞ。仲間が傷ついてるのに、助けてやれないもどかしさ。心が張り裂けそうな気分じゃったわ」

『…ごめん』

「かっかっか、その素直さはコタローの長所じゃな。しかし昔は――」

『ちょっ!?昔の話はいいからーー』


ニヤニヤと昔話を朗々と語ろうとするルシーリアに狐太郎は慌てて止める


「む?そうか。まぁ野営の火番では語り尽くせぬだろうからまたの機会にするか」

『いや、そんな機会いらないから』

「ふふ。さてそろそろ寝た方が良いのではないか?明日からはキツい道のりじゃぞ」

『そうだね、じゃあ少し眠るよ。…ルシーリア』

「ん?」

『ありがとね』


そういうと狐太郎は照れくさいのか、そそくさとルシーリアに背を向けて毛布に丸まり横になった

しばらくすると寝息が聞こえてきたので、多少は疲れていたのだろう

ルシーリアはしばらくその狐太郎の背中を眺めていたが、再び視線を戻すと焚き火に薪を放り入れた


それから夜が明けるまでは、焚き火がパチパチと爆ぜる音だけで静かな夜であった





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