二章 16 魔王の力、狐太郎覚醒

上空ではボルガとイルフリーデが武器を交えて戦っている

武器と言ってもイルフリーデは片手剣、対するボルガは大剣でリーチの差はいかんともし難いのだが、イルフリーデは果敢に攻めている



「さすがは前魔王の右腕とまで言われた男、強いな」

「そういう貴様も強くなってるではないか。魔王の加護のお陰だろうがな」

「言ってくれるではないか」



ボルガの大剣の一撃一撃はまともに受ければ片手剣はへし折られ体ごと吹き飛ばされそうな程、重く速い

逆にイルフリーデの一撃は速さと手数で勝負している

ボルガの一撃に対しイルフリーデは三連撃、もしくは四連撃と連続攻撃である

リーチ差もあり、イルフリーデは距離を開けずに常にボルガの間合いの中で戦っている

台風圏内にいるようなものだ



「余が魔王の加護だけでここまで強くなったのだと思ったら痛い目をみるぞ」

「ふん、それは楽しみだな」



イルフリーデの姿が残像を残して消える



「ーーむ!?ーーーーそこか!」



ボルガは瞬時にイルフリーデの瘴気の残滓を辿り斜め後方に大剣を振り抜く

しかしそこには何もない

そして背後に瘴気が生まれた



「ブラスタークロウ」

「なに!?」



とっさにボルガは振り切った大剣をそのまま勢いを殺さずに半回転させ、背後からの斬撃を紙一重で受け止めた



「ほぅ、よく止めれたな」



先に出現した片手剣から徐々にイルフリーデの姿が顕になる



「昔散々この身に受けたからな」



皮肉混じりに言うボルガの表情にはまだ余裕がある



「しかしこれで確信した」

「何をだ」



剣を交差させた状態のまま2人は言葉をかわす



「お主はあの時から変わっておらぬ」



そう語ったボルガは大剣で片手剣を上に弾くと瞬時に並々ならぬ瞬発力をもって大上段から振り下ろした

それを紙一重でかわすイルフリーデだが、ボルガの斬撃は止まらない



「余はあれから強くなるために鍛錬を怠ったことは無い。いつか魔王の座に・・その為だけに強さを求めた」



豪雨の如く降り注ぐ大剣の斬撃の雨をイルフリーデは必死で避ける



「余は確実に強くなった。それがお主はどうだ?昔から戦っていた余にはわかる。現状の強さに満足してまったく変わっていない」

「なんだと!?」



イルフリーデの表情に怒気が浮かぶ



「違うのか?ならば何故余よりも弱いのだ?ルシーリアの片腕と言う肩書きで満足したか?それともルシーリアがいなくなってショックでふさぎ込んだか?いずれにしてもーー」



ボルガの大剣は徐々に剣速があがる

そして身体を捻り大剣を横に構える



「今の余には叶わない」

「ーー!?」



捻りを加えた身体から瞬発力で繰り出された横凪ぎの大剣の一撃は咄嗟に防御した片手剣を紙のように破砕し、木の葉のようにイルフリーデの身体ごと吹き飛ばした



吹き飛ばされたイルフリーデはなんとか地上に落下は免れ、再びボルガの前に対峙するが傍から見ても今の一撃は効いたようだった



「ふむ、咄嗟に身体を捻り後方へ逃げたか。逃げねば今の一撃で終わっていただろうがな」



ボルガの言う通り、即死は免れたイルフリーデだがその様子は散々だ

左腕は肘から下がなくなっており、さらに左脇腹は半分近く大剣で抉られていてほっておけば上半身と下半身がわかれそうなくらいだ



イルフリーデは小さく何かを呟くと無くなった左肘から先と脇腹か瞬時に復活し見た目先程と変わらない外見に見える



「再生もさすがと言えようか。中身はどうかわからんがな。しかし今の再生はかなり瘴気を使ったであろう」

「・・・・さすが魔王の加護の力、と言うところかーー」



イルフリーデの声は先程と違い自信に満ちたものではなくなっていた



「まだ言うか!」



ボルガは大剣を持つ手とは逆の手、左手のひらをイルフリーデに向けるとその五指から瘴気が溢れ出す

ボルガはそのまま左手を横凪に振るう



「サタンフィフスクロウ」



振るわれた左手の五指から瘴気の槍、いや剣が伸びてイルフリーデを襲う

5本の瘴気の剣は上下広範囲で逃げ場はほぼ無い



「くっ・・」



前後左右にも間合いの外に逃げる時間はない

イルフリーデは咄嗟に上に逃げた



「ぐぁっ・・」



しかし完全には避けきれずに右足を切り落とされてしまった

すぐさま再生するも心なしか先程よりも再生速度が遅いような気がするのは気のせいか



「もう諦めよイルフリーデ。そして魔王の余に忠誠を誓え」

「断る!」



即答したイルフリーデだが、やはりその言葉に力はない

度重なる重度の部位欠損の再生で瘴気が減っているのだ



「わからんな。なぜそんなに頑なに拒否する。ルシーリアがそんなに大事か?お主を置いて1人逃げ出した愚か者だぞ?」



一瞬怒りを滲ませたイルフリーデだが、すぐに霧散する



「お前にはわからんだろうよ」



そう言うイルフリーデの表情は怒りとも悲しみともつかない表情でボルガを見つめる

その言葉からか表情からかはわからないが、ボルガの表情が怒りで歪む



「その表情をやめろ!ルシーリアも同じ表情で俺を見ていた。何が違う?あいつと。絶対的な力か?強大な魔力か?相手を恐怖に陥れる畏怖か?」



急に言葉遣いが荒くなるボルガは怒りに任せて[サタンフィフスクロウ]を左腕に生み出すと激しく左手をイルフリーデに向けて振った



先程とは段違いの速さの攻撃にイルフリーデは対応できない



《ーーダークウォールーフーー》

「!?」



ーパキィンー



「なんだと!?」



突如イルフリーデの周りに展開された防御壁によって[サタンフィフスクロウ]は砕かれた

それによりボルガは落ち着きを取り戻した



《大丈夫?イルフリーデ》

《ーー!?ベアトリスか。そっちはどうした?》

《こっちに一瞬隙があったからそっちに防御壁張れただけ。もうチャンスはなさそう・・》

《押されているのか?》

《かなりヤバい感じ》

《そうか・・》



「それがルシーリアからもらった加護の力か?」



ボルガはベアトリスからの介入だと気づいていない様子で、ルシーリアからの加護の力だと思い込んでいた

イルフリーデはそれをそのまま利用した



《そっちに集中しろ》

《でも・・》

《こっちに意識を割く余裕ないだろう?そっちに集中しろ》

《わ、わかった・・》



念話は途切れる



「いくらか減退してるとはいえ、ルシーリア様の力だ。そう簡単に破れんぞ」

「忌々しい。ここにきても余の邪魔をするか」



顔を歪めながらそう吐き捨てたボルガはイルフリーデに飛びかかりたくなるのをぐっと堪えると、懐からガラス玉のような物を取り出した

それはパチンコ玉より少し大きいくらいの大きさで、色は黒く濁ったような色をしていた



イルフリーデはそれを見た途端背中に悪寒が走る



「な、なんだそれは!?」

「ほぅ、これが何かわかるのか?」



ボルガは邪悪な笑みを浮かべイルフリーデを見る



「これが余の新しい力よ。魔王の加護以上のな!」

「なに!?」



そういうとボルガはその小さな黒い玉をゴクリと飲み込んだ



経過はすぐに外面に現れる

1本だった真ん中の角の左右から新たな角が生えてくる

逆立った髪はさらに伸びて一部は後ろに撫で付けるように流れる

服装も魔族特有の黒が基調の色から若干灰色がかった色に変わり、肩から腕にかけては赤のラインが入っている



変わったのは外面だけではなかった

イルフリーデが感じていたボルガから感じる瘴気がさらに増したのだ

それは当時、魔王の座に君臨していたルシーリアと同等、下手をすればそれ以上のものだった

故にイルフリーデは動けなかった



「ふぅぅぅ・・・・」



どうやら黒い玉を飲んだ効力は一段落したらしく、ボルガは愉悦の吐息を吐いた



「くっくっく、どうだイルフリーデよ。この力を見てもまだ余に楯突くか?」



イルフリーデを見据えるボルガの瞳、それだけでへびに睨まれたカエルのように身体が反応しないイルフリーデ



「言葉もないか。今の余の力ならばお主の崇拝するルシーリアよりも上であるぞ」



その言葉にイルフリーデはピクリと反応するも身体が強ばって動く事ができないでいた



「ーーふむ、この程度の瘴気で足が竦むとは見込み違いだったか?まぁいい、ルシーリアに与した愚かな自分を呪いながら滅びるがよい」


右手の黒い大剣が蠢き、形を変えて漆黒の大鎌に変わる



「せめて主と同じ武器で葬ってやろう。ーーさらばだイルフリーデ」



滑るようにイルフリーデに肉薄したボルガは大鎌を大きく振りかぶった



「ーー申し訳ありませんルシーリア様・・」



死を感じ取ったイルフリーデは小さく呟くと固く目を瞑った







「・・・・・!?」



しかし大鎌がイルフリーデに振り下ろされる事は無かった

なかなか死が訪れずに訝しんだイルフリーデはゆっくり目を開ける

そこには変わらず大鎌を振り上げままのボルガ

だがその目は驚愕に見開かれ後ろを見据えてる



つられてイルフリーデも視線を移すと同じように驚愕の表情を作る



「やれやれ、久しぶりに知己に会いに来てみれば・・」



そしてその懐かしい声にイルフリーデの目から自然と涙が溢れる

少女・・はその呆れ口調とは裏腹に表情は笑みで彩られていた



「ーール、ルシーリア・・様ーー」



震える声でようやく主の名を呟いたイルフリーデは今にも崩れ落ちそうな程だ



「うむ、久しいなイルフリーデ」



元魔王・・・ルシーリアはイルフリーデを見つめ、笑顔でそう呟いた















・・・・・・・・・・













「ダメ!間に合わない」



ベアトリスの防御結界よりも早く、死のトライアングルが朱姫に迫る

しかしそこに割り込む影が1つ



『はぁっ!』



気合い一閃、袈裟斬りに振るわれた一撃はリゼの放った一撃を真っ二つに斬り裂いた



「ーー!?」

【ーー!?】

「うそっ!?」



3人が驚愕の目線を注ぐ先には、刀を振り下ろした格好の狐太郎だ



【こ、狐太郎・・】



朱姫は呆然とした表情で死地を救ってくれた狐太郎を見据える

それもそのはず、狐太郎の様子が違うのに気づいた



すぐにわかるのは髪だ

普段黒色だった髪は、一部が白髪に変わっており黒髪に部分部分白いメッシュが入ってるといえばわかりやすいだろうか

次に魔力だが、現在は体内から無限に溢れる湯水の如く身体から溢れでている

それでいて体内に秘める魔力量は以前よりもさらに増えている



そして雰囲気はいつもの無邪気な雰囲気とは一線を駕し、触れれば切れそうな鋭い雰囲気を醸し出している

有り体に言えば近寄りがたい雰囲気である



『レフィルさん、朱姫をお願いします』

「あ、ああ。わかった」



レフィルは狐太郎の異変に戸惑いつつも、ヴァージルと共に朱姫を抱え上げて下がる



「あなた、いきなり横からしゃしゃり出てきて何なのよ!邪魔しないでよね」



等のリゼは怒りの表情で狐太郎を睨みつける



『そうはいかない。もうーー仲間をやられるわけには、いかない』



そういう狐太郎の表情は怒気と並々ならぬ決意を秘めた表情だった



「ふぅん、ヴァイシュラヴァナでも適わなかったのに人間如きが私に適うと思ってるの?」

『勝手に決めつけるな』

「そう、それじゃ試してみてもーーいいかし、ら!」



言い終わるなやリゼは凄まじい速度で狐太郎の懐へ入り込むと、屈んだ状態から伸び上がるようにレイピアを切り上げる

それを狐太郎はすんでの所でかわすも右頬を浅く切られた



「へぇ」



かわされた事に多少驚きながらもリゼの口元は笑みに歪む

切り上げたレイピアをそのまま狐太郎が避けた方へ切り下ろす

しかしこれも狐太郎はしゃがんでやり過ごした

数本髪の毛が宙に舞う



リゼはかわされる事を予見でもしてたのか瞬時に内側にレイピアを切り込んだ

この時点で攻防は1秒もかかっておらず、傍から見ればレイピアの三角形の残像の軌跡だけが確認できた



「トリアングルデットエンド」



その三角形の残像が瞬時に死を招く漆黒に変わる

至近距離で放たれたそれは狐太郎に回避の暇すら与えない



テンプルム聖域



しかし狐太郎が一言、言葉を発すると彼の周りに不可視の盾が浮かび上がりーー



「なっーー!?」



不可視の盾に当たった瞬間それはゆっくりと消えて行った



『今度はこっちの番だ』



残滓が残る中、狐太郎はリゼに向かって駆け出した

その速さは以前の狐太郎の比ではない事は後方に下がったレフィルらの驚きの表情を見ればわかった



間合いに到達した狐太郎はさらに大きく踏み込む

リーチの差はほぼ同じ

身体が密着する程接近した狐太郎は刀を叩きつけるではなく薙ぎ払うように身体ごと旋回させる



「・・くっ」



初撃はレイピアでなんとかいなしたリゼだったが、勢いに身体を持っていかれそうになり態勢が若干崩れる

狐太郎の放つ斬撃は初撃、二撃と徐々に速く重くなりリゼは徐々に押し込まれる



「このっ・・調子に・・乗るんじゃ・・ないわよドゥンケルタァークル闇侵食



このまま押し込むかと思われたがリゼの身体から瘴気が吹き出すと、狐太郎へまとわりつくように身体を覆い始めた



『ーー!?』

「あはは、私の瘴気は生半可な事じゃ消えないよ?そのまま闇に飲まれちゃえ」



狐太郎は瘴気を振り払おうともがくが、リゼから吹き出した瘴気はあっという間に狐太郎を包み込んだ



「ちょっと驚いたけど所詮人間。瘴気に充てられたら正気を保つのは無理。そのままーー」

テンプルム聖域

「えっ?」



狐太郎を覆っていた瘴気から光の筋が漏れだす

次第にその漏れ出す光は増えていき



「な、なんで・・」



呆然と呟くリゼの視線の先には瘴気を完全に消し去った狐太郎が無傷でたっていた

リゼはその狐太郎の持つ武器に目をやると忌々しそうに口元を歪める



「それ。その剣、光属性が付与してあるんだ。光の属性剣なんて久々に見た」



うっすら白く輝く刀を見ながらリゼは改めて殺意の籠った視線を狐太郎へ向けた



「さっきのもそれ・・で防いだの?ある意味ヴァイシュラヴァナより厄介ね。甘く見てたわ。今度は最初から本気で行くドゥンケル闇ーーーー!?」



リゼが魔術を発動させようとした時、狐太郎はすでにリゼの間合いに入り込んでいた

そして白く輝く鞘に収められた刀身から黒い炎が吹き出しモノクロに彩る



「ーーは、速い」

『お喋りが長いな・・一の太刀--影炎』



刹那狐太郎と白と黒のコントラストはリゼの身体を通り過ぎ、後方に消えていく



ーキィンー



「う、嘘ーーわ、私が・・」



刀を鞘に収める音とほぼ同時にリゼはガックリと膝を付いた







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