二章 3 密輸船

~翌朝~


「エルエリア大陸に連れてってくれ?ははは、面白い冗談だな?」

「あんたら冒険者ギルドから貼り出された情報を知らないのか?今エルエリア大陸に魔族が侵攻してるんだ。やめた方がいい、命がいくつあっても足りないよ」

「無理だ、他を当たってくれ。ま、他でも同じだと思うがな」


エルエリア大陸へ渡る舟を探して街中を歩き回った一行は行き着く先でことごとく断られていた


「もう!なんでみんなダメなのよ!!」


前日狐太郎と朱姫が入った食堂とは別の食事処でリリアが若干切れ気味に木のカップをテーブルに叩きつける

ちなみに中身は水である


「ある程度予想はしていたけど、こうも全部断られるなんてね」

「旅行や観光だと思われてたしな」

「私たちが冒険者だと言っても信じてもらえなかったからな」


口々にレフィルやヴァージルも文句を口にしながら、目の前の料理を平らげていく


『でもこのままじゃしばらく渡れなくないですか?』


同じように料理をついばんでいた狐太郎がもっともな言葉を口にする


「まだ船屋は全部回ってないとはいえーー」

【恐らく結果は目に見えているだろうな】


ミレリアの言葉を引き継いた朱姫はもぐもぐと焼きそばのような麺料理を口にしながら答える

その言葉でテーブルは沈黙に支配される


しかしそのテーブルに影が指す


「あんたらエルエリア大陸に渡りたいのかい?」


声の方へ視線を移せば、ひとりの女がこちらのテーブルをのぞき込むように立っていた

その後ろには男が控えるように立っている

男の方は動きやすい薄手の革鎧を着て、腰には長剣を差している

スラリとした体型とは裏腹にその眼差しは鋭く、終始辺りの様子を伺っており何かに警戒しているようだった

一方の女の方も似たような服装をしており、違う点と言えば肩から薄手の羽織物をしているくらいだろうか

しかしその表情は自信に満ち溢れていて、目は好奇心に満ち溢れた目でこちらを見ている

髪は奇しくもミレリアと同じくワインレッドの赤

どちらかと言えばこちらの方は情熱の赤っぽい

長さは後ろで一括りに纏められているので判断がつかない


ヴァージルは警戒した目で女を睨めつけると、女は身をすくめるような仕草をしたのち再び尋ねる


「で、どうなのさ?」

「だったらどうだというのだ?」


ヴァージルのぞんざいな返事に女はニヤリと口元を釣り上げると隣のテーブルから椅子を引っ張ってきてレフィルとヴァージルの間にねじ込むと椅子を逆向きに座り、背もたれに組んだ腕を乗せる

リリアは一瞬だけ不快そうな表情をするもすぐに改めた


「船場でエルエリア大陸行きの船を探している奴らがいるって船乗り達が言っていたのを聞いてさ。興味が湧いたから探してたら、丁度そこのお姉さんが声を荒らげてるのが聞こえてね」


女は笑顔でリリアを見、リリアはリリアでバツが悪そうに視線を逸らす


「ーーで?」

「なんでエルエリア大陸に渡りたいのさ。今魔族が大挙して押し寄せてるって話は聞いているだろ?」

「貴様には関係ない」


ヴァージルのつっけんどんな言葉にも女は気を悪くしたような素振りは見えない

それどころかさらに興味が湧いたのか目を輝かせる


「訳ありって事かい」


女の言葉にヴァージルは「ふん」と鼻を鳴らす


「そもそもいきなりやってきて名も名乗らない素性も得体も知れない奴に何を話すというのだ」


その言葉に女は一瞬きょとんとした顔をすると笑い出し、ヴァージルの背中をバンバン叩く


「あっはっはっは、そりゃそうだ。こいつは悪かったね。あたしはフィーってんだ。後ろの無愛想なのがルクス。旅の商人でルクスは護衛も兼ねてる」


フィーと名乗った女を胡散臭さ満載の目で見つめ返すヴァージル


「ヴァージルだ。それで旅の商人様がどうしてそんな事を聞く?」

「簡単さ、金になる匂いがしたからさ」


フィーは右手の手のひらを上に向け親指と人差し指で輪っかを作るとニヤリと笑う


「あたしならエルエリア大陸へ渡る船を紹介してやれる」

「ーーなに!?」


その言葉にヴァージルは驚きの表情をもってフィーを見た

他の面々も同じような表情をしている

フィーはそれを満足そうに見回すとニヤリと笑う


「ま、訳ありだけどね」

「ーーなるほど、密輸船か」


フィーの言葉をすぐに察したヴァージルにフィーは再び笑みを深くする


「若干違うけど同じようなものだね。で、どうする?」

「1ついいか?」


ヴァージルの言葉にフィーはどうぞと促した


「もしその話が本当だとして、俺達が通報するとは考えなかったのか?」

「うん、もっともな質問だね」


待ってましたとばかりにフィーは頷くと一転真面目な表情になる


こういう・・・・仕事をしてるとね、自然と人を見る目が肥えてくるのさ。ヘタをすると命にかかわるからね・・」


そこで一旦言葉を切ると再び笑みを作る


「ね、Aランク冒険者のレフィルさん」


フィーの言葉にレフィルは驚愕の表情を浮かべる


「それにロマレイア帝国の王女ミレリア様、ギルド職員のリリアさん」


続いて出た言葉にミレリアとリリアも驚く

最後に視線を狐太郎へ移動させると目があった狐太郎はびくりと体を動かした


「それで・・コータロー君?」

『狐太郎です!なんで自分だけ自信なさ気なんですか』

「あれ?コタロー君か。ごめんごめん」


悪びれた様子も見せずに両手を顔の前で合わせて謝るフィー


『絶対わざとですよね?』


狐太郎がジト目でフィーを見つめているが、フィーの視線は隣の朱姫に移っていた


【ほぅ、私もわかるのか】


朱姫はフィーを見つめてニヤリと笑う、が


「ごめんなさい」


朱姫と狐太郎がずっこけた


「貴方の情報は無かった・・新しい仲間かしら?」

『ま、まぁそうだね』

【・・・・】


朱姫の憮然とした表情を横目にフィーは改めてヴァージルの方へ向く


「なるほど、調査済って事か」

「商人は情報が命だからね。これで信用してくれるかな?」

「足りないな」


フィーの言葉に返事をしたのはミレリアだ


「下調べなら直前でもできる。ましてや我々は目立つからな」

「そうね、街の入口ですでに目立っていたって聞いてたし」

「カモかどうか判断して近づいた可能性も拭えないな」


否定的な言葉に今までフィーの後ろに立っていた男から殺気が漏れ出す


「ルクス!」

「・・・・すいません」


フィーの言葉にすぐに殺気を収め頭を下げるルクスに一同は視線を送った後再度フィーを見る


「パッと見冒険者のパーティーに見えない貴方達はたしかにカモに見えなくもない。けど帝国の第二王女とAランク冒険者、それに比肩しうる人物と、準ずる力を持つ未知数の冒険者。ラグアニア王国を救った人達をカモろうなんて考えおきないよ」


フィーは言った後チラリと朱姫へ視線を移すが誰も気づかない


「よく知ってるな」

「接触する人は調査して厳選するようにしているだけ。こっちも危ない橋を渡るわけだしね」

「それはそうだね」


レフィルの返事を受けて、フィーは再び問う


「それで、どうかな?あ、ちなみに密航っても狭い倉庫に押し込めたままとか、こき使ったりはないと保証するよ」

「ずいぶん待遇いいな」

「まぁね」


フィーの言葉に一同はそれぞれ視線を合わせる


「それじゃとりあえず私たちは行くよ」

「返事を聞かなくていいのか?」

「すぐに答えでないと思うし、それに私達がいない方が相談しやすいでしょ?」

「まぁな・・」


「だから、もし来るなら今日の夜にこの場所に来て」


そう言うとフィーは懐から1枚の紙を取り出しテーブルに置くと代わりに置かれていた注文のレシートの紙をつかむ


「お近づきの印にここは私が払うよ。それじゃあまた今夜」


まるで必ず来るかのような口ぶりのフィーはレシートをひらひらさせながらルクスを伴い食堂を出ていった







・・・・・・・・・・・







夜が深けて辺りは人気のない港倉庫街


「ずいぶん遅かったじゃないか」


突如響いた声が暗がりから2つのシルエットを伴い現れた


「フィー・・か」


声でなんとか判別できるものの、外見は黒いローブを着ていて判断できない


「待ちくたびれたよ。一瞬来ないかと思った」


ローブのフードを跳ね除けると情熱の赤の髪色が夜の月明かりに映えるように存在感を醸し出す

そして自信に満ち溢れた目、間違いなくフィーだった

ならば後ろで佇むローブを着た人物もルクスだろう


「あの後残ってる船屋を全部回ったの」

「結果は?」

「・・全滅」


リリアの言葉にフィーはニンマリとしながら問うと、リリアは可愛く唇を尖らせた


「ま、こんな怪しい場所で話しててもいつ巡回してる衛兵が回ってくるかわからないし、話は船に移動してからにしようか」


付いてきて、と狐太郎達を促し移動する

港の倉庫が乱立してる中を縫うように進み、半時程歩くとソレは見えてきた


「デカい・・」


それは密輸船にしては大きいサイズの船だった

ルクスが合図をすると船から縄ばしごがスルスルと降りてくる


「さ、行こうか」


そういうとフィーは縄ばしごを掴み慣れた感じで登っていく

狐太郎達もそれに続くように登る

最初にヴァージル、レフィル、リリア、狐太郎、最後尾は朱姫が続き、最後にルクスが周りを警戒しながら登る


全員が登り終わり縄ばしごを回収したのを確認したフィーはさらに狐太郎達を促し歩き出す


深夜だからだろうか、甲鈑には誰もいない

密航船なら見張りで人を立たせておいてもおかしくない

それに船内にも人は見当たらない、しかし正確には人の気配はする

通りすぎた部屋からは数人の人の気配はする

ただ、息を潜めるように気配を極力立たせないようにしているのだ


「レフィル」

「ああ」


小声で2人はアイコンタクトをする

いつでも武器を手に取れるようにヴァージルは曲刀に手を持っていく

レフィルも魔法袋にすぐ手を突っ込めるように準備する


そんな2人の警戒をどこか楽しむかのような雰囲気のフィーは、かまわずズンズン進む

まるで船内をすべて網羅しているかのように


そして一つの扉の前で立ち止まると扉を開ける


「ちょっとここで待っといてくれる?」

「この船の主はいないのか?」

「あー、なんか準備があるみたいよ」


何やら気まずそうに視線を逸らすフィーのその言葉にヴァージル、レフィルとミレリアは一瞬表情を強ばらせる


「変な意味にとらないでね。別に害を為そうとしてるわけじゃないから」


慌てたようにパタパタと手を振る


「そんじゃ何か用があれば言って。外にルクスを待機させとくから」


言いながら部屋から出ていくフィー

それを見送った狐太郎達は外のルクスに聴こえないように部屋の隅により小声で話す


「怪しいな」

「うむ、一介の商人なのに妙に手馴れている」

「船に人がいないのも不気味ね」

「各部屋から気配はしていたが、気配の消し方が並の船員のそれじゃないね」


ヴァージル、ミレリア、リリア、レフィルは口々に話す


【狐太郎、どう思う?】

『え?うーん、悪そうな感じはしなかったからこっちに害するような事はないと思うけど、各部屋からもれてる気配は多少刺々しかったかなー』

「ここまで来といてなんだが、なんにせよ用心するに越したことは無い」

【大袈裟だの。船員が何人いようが向かってくれば斬り捨てればよかろう。ま、そうなならんと思うがな】


朱姫はそう言うと部屋のテーブルに置いてある菓子に手を出す


【うむ、うまい】


ひたすらマイペースな朱姫に毒気を抜かれたのかヴァージル達はお互いの顔を見合わせた後、小さくため息をついた


そしてしばらくみんなでテーブルの菓子を食べ尽くした頃、扉がノックされガチャリと扉が開き、ルクスが顔を出す


「主の準備が出来たようだ。案内する」


初めて聞いたルクスの声は低めで、いかにも真面目な言葉遣いだった


ルクスは狐太郎達を引き連れて船内を歩く

そしてひときわ大きめな扉の前まで着く


「レイラ様、お連れしました」

「入りな」


女性の声だが、いささかぶっきらぼうだが有無をいわせぬ迫力の声に一同は驚く

入室許可が出てルクスが扉を開ける

中はここが船の中と言うのも忘れそうなくらい広い

と言っても真ん中は巨大なテーブルが鎮座しているので食堂だろうと思われる


ヴァージル達がゆっくり部屋へ入ると最後に入ったルクスが扉を閉める


「こっちだよ」


よく見れば部屋の奥にいくつか扉があり、その1つが開いている

声の主はそこにいるようで、ルクスが先頭に立つ

一行は緊張しながらもルクスに付いて行く


「失礼します」


ルクスか部屋の前で一言挨拶して部屋へ入る


「ーー!?」


ヴァージル達も一緒に入ったのだが、度肝を抜かれたのか入ってすぐ立ち止まる

部屋は真っ赤な絨毯が敷き詰められたそれなりの広さの部屋で置かれている調度品はそれなりに高価そうな物のようだった

真ん中に数人が座れるテーブル

隅には小さな机に、大きめのベッドが並ぶ

そして声の主は真ん中のテーブルに座っていた

どうやらこの女性がこの船の主のようだった


ヴァージル達はその女性を見て驚愕の表情で固まっている

真っ赤な髪を後ろで括り無造作に流した髪は肩より少し長い

表情は自信に満ち、目は好奇心と言うかイタズラが成功して、してやったりの眼差しをしたその女性はテーブルに肘を付き組んだ手の甲の上に顎を乗せてニヤリと笑う


「ようこそお客人、我が海賊船へ」





「ーーフィー?」


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