一章 46 ヨミザクラ

「ミレリア様大丈夫でしょうか・・」


残ったミレリアを心配するように1度チラリと後ろを振り返るクリスティア


『大丈夫。あの人は僕らなんかよりよっぽと強いよ。悪魔一体くらいじゃ問題ないよ』


その心配を払拭させるように狐太郎は大丈夫だと言うふ

現にここに集う味方メンバーの中ではレフィルと並ぶだろう

近距離、遠距離の違いはあれど他の追随を許さないくらいの強さを持っている


「そうですね」

『俺達は俺達でやれる事をしよう』

「はい」


狐太郎の言葉に頷くと前を向く


「アゼル兄様、今行きます」





・・・・・・・・・






「まさかあの3人がやられるとは。所詮は下級魔族か・・」


苛立ちの篭った声を上げるアゼル

そこには先程までの余裕の表情はない


「まさかレフィルが現れるとは思わなかった。しかもヴァージルと何か因縁がある様子・・」


激しく戦っているヴァージルとレフィルに視線を向ける


「わかっていれば対策の立てようもあったものを・・」


グッと拳を固く握りしめる



「アゼル様!」


アゼルが振り向くと大臣がこちらに駆け寄ってきていた


「来たか。アレは持ってきたか?」

「はい・・しかし今のお身体では制御できるのかどうか・・・」


大臣は手に持っていた黒い指輪をアゼルに渡す


「問題ない。どの道もう長くはもたん」

「アゼル様・・」


大臣は悲しそうな表情で、黒い指輪を付けるアゼルを見つめている


「申し訳ありません。私の力が至らなかったばかりにアゼル様に負担を・・」

「ドルバよ。それは違う。お主は頑張ってくれた。こういう状況になったのはすべて私のせいだ」

「アゼル様・・」


大臣はアゼルの言葉が沁みたようでうっすらと涙ぐんでいる


「泣くんじゃない。大の大人だろう」

「歳を取ると涙脆くなるものです」


大臣の言葉に「仕方のない奴だ」と小さく呟くと、視線を前方に移す


「・・来たか」


見据える方から2人の人物が走ってくるのが見えた

アゼルは大臣に下がっているように指示する

その2人はアゼルの手前数mまで来て立ち止まった


「アゼル兄様」

「よくここまで来たな。まさかひっくり返されるとは思わなかったぞ。【蒼の閃光】まで仲間に引き入れていたとはな」

「たまたまです」

「ふん、まぁここまで来てしまったからにはどうでもいいか」


言いながらアゼルは腰に帯剣していた剣を引き抜く

その剣は王族が持つには不釣り合いな剣だった

装飾はないに等しく、凝った飾りもない

ただ柄と鍔と刀身だけの無骨な剣だが、刀身には紋様のような波紋のようなものが浮かんでいる


しかしクリスティアはそれに見覚えがあった


「それは--国宝刀ヨミザクラ黄泉桜!?」

『--!?』


思わず声を上げそうになった狐太郎

幸い誰にも気づかれてない

そして声を上げそうになった理由・・

名前に桜が入っていたからだ


ちなみにだが、この世界には桜は存在しない

一部の場所では改良に改良を重ね桜を咲かせる事ができたと聞くが、それでも基本存在しない以上桜と言う名前は有り得ない

とすれば答えは自ずと見えてくる

過去この国に師匠がいた事がある、もしくは何か事件に巻き込まれて解決したとか

狐太郎は後者だろうと踏んでいる


「さすがはクリスティア、この剣を知っていたか」

「何故アゼル兄様がそれをお持ちになっているのですか?」

「国王の俺が持つのが普通であろう」

「お父様はまだ生きています」

「ふん、それも時間の問題だ。ならば俺が持っていても不思議ではあるまい」


ヨミザクラ黄泉桜を構えるアゼル

お世辞にも、その様は決してスキがない構えとは言えなかった

元々他の人よりも若干体が弱かったアゼルは体を動かす事よりも、魔術方面にウエイトを置いていったのはごく自然な流れである

そんなアゼルが苦手ながらも剣術で相手をしようとしている

その答えはすぐにわかった


「さぁ行くぞクリスティア」


アゼルが剣に魔力を込めると天から桜の花びらのようなものが、舞い散り始める

それは現実の花びらではなく、魔力で作り出した花びらだった


その幻想的な風景に一瞬我を忘れてしまった狐太郎だが、気づいた時にはあたり一面桜の花びらが覆っていた


砲桜落雷ほうおうらくらい


それらが-ザァァァ-っと音を立てながら再び天へと舞い上がる

そして2人のいる場所を中心に桜色の塊が降り注いだ

さながら桜の滝だが、もちろん普通の滝の比ではない


「『--!?』」


2人は瞬時の出来事にとっさに上を見上げる

狐太郎とクリスティアは天から降り注ぐような桜の本流の真下にいる


『クリスティア様、ちょっとごめん』

「--え!?きゃっ・・」



2人のやり取りはその本流に呑み込まれた

ドザァァと降り注ぐ桜の魔力の塊はひとひらひとひらが小さいながらもそこに含む魔力は大きく、いわば魔力弾と言えよう

そんな物が何千、何万と天から凄まじい勢いで降り注ぐのだ

並の人間なら一溜りもないだろう

恐らく原型は留まらずにただの肉溜りと化している事は容易に想像できる


--国宝刀ヨミザクラ--

それは鞘から抜き放つと同時に所持者の魔力を吸い続ける妖刀である

しかしその威力は絶大で一振りすれば、百人の、二振りすれば千人が血の桜を咲かせると言う

かつてラグアニア王国を攻めいらんとした敵軍数万をこの妖刀ヨミザクラを手に持った男が一人で退けた

などという馬鹿げた逸話まであるくらいだ

その力は計り知れない


アゼルは2人が桜に呑み込まれたのを見て口元を笑みに形作る

しかしそれが収まり桜の花びらが消えると表情を強ばらせた


2人は無事だった

狐太郎はクリスティアを片手で抱き寄せるように守っていた


『大丈夫?』

「--え、あ、はい・・」


クリスティアは恥ずかしそうに俯いていたが、その表情は若干赤い


「バカな--!?」


アゼルは愕然としながらも狐太郎が手に持つ物を発見する


レジェンダリー伝説級アイテムか」


それは小さな宝玉だった

手のひらに収まるほどの宝玉は虹色にの光を湛えている


『伝説級?この宝玉が?』


抱き寄せていたクリスティアを離すと、アゼルの言葉に反応した狐太郎は宝玉を持ち上げてみせる

狐太郎は大した品物ではないと言うふうに宝玉を両手で弄ぶ


『これは伝説級のアイテムでも何でもない。ただの欠陥アイテムだよ』

「なんだと?」

「え--!?」


アゼルと何故かクリスティアも声を上げる


『たしかに今の攻撃を防いだのはこの宝玉だ。だけどこいつは膨大な魔力を込めなければ発動しない。しかも魔力を溜めておく事はできない。何とも使い勝手が悪いと思いませんか?』


たしかに魔力を溜めおけない宝玉は役に立たない、その効果が絶大でも

消費する魔力が膨大なら尚更である

膨大分、込めるのに時間はかかるし、恐らく並の魔術師なら数人がかりで込めなければ発動しない宝玉なんて燃費が悪いにもほどがある


「なら・・ならば何故貴様は発動できたのだ」


狐太郎の言葉が本当ならアゼルが思う疑問はもっともである

この世界の常識で当てはめれば、狐太郎の持つ宝玉は1人では発動不可能なのだから

よしんば発動が叶ったとしても時間がかかり、あの妖刀ヨミザクラの攻撃を発動後に防ぐなんて到底無理な話だった


『・・さぁ。なんででしょうね?』

「貴様・・私を馬鹿にするか!」


はぐらかされたと思ったのか、アゼルは怒りの表情を浮かべる

しかしクリスティアにはわかっていた

狐太郎が冗談でいった訳では無いことを

そして、その理由も・・


「ならば今一度受けてみるがいい!」


アゼルは再びヨミザクラを正面に構えると意識を集中させる

先程とは違い、今度は2人の足元に桜の花びらが渦を巻くように集まっていく


「--!?ダメです、お兄様!!」

鳳桜聖天ほうおうしょうてん


クリスティアの言葉も届かず、アゼルは技を放った

空気を震わせる振動がしたかと思った瞬間、ドーンと爆発にも似た音がしたと思えば2人の姿は桜の花びらが舞い上がる中にかき消される


アゼルは流れ落ちる汗を拭いもせずに、舞い上がる桜を見ていたがふいにガクッと地面に膝を付いた


「アゼル様!」


思わず大臣が駆け寄る


「--大丈夫だ・・」


心配そうに見つめる大臣を片手で制し、ゆっくり立ち上がると

桜が暴れていた場所を見やる


「「--!?」」


アゼルと大臣はそれを見て再び声を失う


『効かないよ』


そこには変わらず佇む2人の姿に大臣は思わず呟く


「ば、化物か・・」


『違う!原因はソレにある』


狐太郎はアゼルが持つ妖刀ヨミザクラを指さした


「どういう意味だ」

『ソイツはおそらく普段の力の半分も出ちゃいない』

「--なんだと!?デタラメを言うな」


狐太郎の言葉にアゼルは目を見開く


『デタラメじゃない。じゃあ聞くけどその剣、黄泉桜の事理解できてる?何で国王のみが扱う事を許されてるのか』

「それは--王になった者が持つに相応しいからであろう」


『それだけじゃない。多分だけど、正式・・に国王になった暁には前王から知らされるはず。黄泉桜の秘密をね』

「それを聞かなければコイツの力は十全に発揮できないわけか」

『恐らくね』


「アゼル兄様、私も聞いたことがあります。王の戴冠式の時の儀式を」


クリスティアの言葉にアゼルは耳を傾けていた


「戴冠の儀の時に王から何かこの剣に関する事を知らされると」

「・・・なるほど、それを済まさなければ正式な国王としてコレを持つ資格はないと言う事か」


アゼルはゆったりとした口調で言うと剣を鞘に納め、大臣に手渡した

アゼルの表情は変わらない


「アゼル様!」

「私は・・やはりこの国の王に足り得る器ではないと言う事か・・」


アゼルはクルリとクリスティアに向き直る


「しかし、まだ終わってはおらぬ!」


アゼルは残りの全魔力を指先に集める


「--!?アゼル様、それ以上はいけません!!」

「お兄様!!」


とっさにクリスティアと大臣はアゼルに駆け寄ろうとした

しかし近づこうにも強力な結界が張られているのか近づけない


「---ぐっ!?ぐはっ・・」


全ての魔力をフルに指輪に集めている負荷なのか、アゼルは再び吐血をした

2人のアゼルを呼ぶ声ももはやアゼルには届かない

そして手に付けている指輪を中心に黒い渦が巻き始める


『これは--?』


脳裏にフリッグ領での事が頭に浮かんだ狐太郎は、光属性の刀を鞘から抜き放ち結界を斬りつけるが、結界には傷一つつかない


『くそっ!』


何度も何度も斬りつけるも効果はなかった

そうこうしているうちにアゼルを取り巻く黒い渦は巨大化していき、アゼルを完全に覆い尽くす


「お兄様ーーー!」


クリスティアが悲痛な顔でアゼルの元に向かおうと手を伸ばしている

それを止めているのは大臣だった


「クリスティア様。もう手遅れで御座います」

「でもお兄様、アゼル兄様が--」


それでも必死に助けようとあがく

まだ間に合う、今ならまだ助けられるかもしれない

そう願わなければ、そう思っていなければ全てが崩れてしまうかのように

大臣の拘束を振りほどこうと暴れる

その時



『クリスティア、落ち着け』


-パァン-


クリスティアも、大臣も一瞬何が起こったのかわからなかった

狐太郎はクリスティアの頬を叩いたのだ

普通ならこれだけで狐太郎の首が飛ぶ

しかし狐太郎は関係ないとばかりにクリスティアの肩をぐっと掴み、顔を近づける


『クリスティア、俺が何とかする。お前の兄を助ける』

「--コタロー・・様・・・」


頬を叩かれた事で我に返ったのか、クリスティアはコタローを見つめる


『もう今からじゃあの状態になったら終わるまでどうする事もできない。だから今のうちにミルワースの結界まで避難するんだ』

「コタロー様はどうされるのですか?」

『言っただろ。兄を助けるって』


言い終わると狐太郎はクリスティアから手を離す


『えーと、大臣?だったか』

「はい、ドルバと言います。コタロー殿」


クリスティアからもそう呼ばれてたから知っていたのだろう、狐太郎は特に疑問には思わなかった


『クリスティア様を頼んでいいか?』


その言葉に大臣は驚く


「私は--敵ですよ」


一瞬迷い、言葉を吐き出す大臣


『今は違う』

「何故そう言い切れるのですか?」

『あんたの行動だ。あんたはアイツ--クリスティアの兄を救いたい・・否、救おうと今まで一緒に行動していた。そうだろ?』


狐太郎の言葉に大臣は黙して話さないが狐太郎は構わず言葉を続ける


『そしてクリスティアも兄を救いたい、救う為に今まで行動してきたんだ。なら味方だ』

「貴方は・・」


大臣が言葉を続けようとした瞬間、アゼルを包む闇がさらに濃く、大きくなり嵐のように吹き荒ぶ


『話は後だ。時間がない。早く退避してくれ』

「わかりました」

「コタロー様--兄を、アゼル兄様をよろしくお願いします」

『ああ。約束する』


狐太郎の言葉に2人は最初はゆっくり離れていったが、少し離れてからは駆けるようにして戻っていった


それを見届けた後、狐太郎は『ふぅー』と小さく息を吐く

そして未だ黒い渦は収まる気配はない


『ああ見栄を切ったはいいけど、どうしようかな・・』


ああなった人間はもはや手遅れ

先の戦いの時もそうだった

魔族の器として取り込まれ、自我は完全に消滅してしまう


しかし狐太郎は思い出していた

そうなった人間を救う方法を


『ったく、本当に頭が下がるよ・・師匠には・・・・』


思い出し笑いを噛み殺しながら、闇の嵐が収まるのを待つ


『これ、絶対ボス的な奴が出てくるでしょ。間違いなく』


小さく愚痴りながらも視線は外さず警戒心も最大限に研ぎ澄ませている

そして徐々に闇の嵐は収まってくる


『問題はコイツを今の俺が相手できるかって事だ』


問題はそこである

いくらアゼルを救う方法があろうとも、少なくとも動けなくする必要がある


『今(世)紀の俺は過去最弱の可能性がある・・今の所・・』


前世(紀)ではそれなりに強かったり、剣聖と言う称号をもらった時代もある

その中から見ても、今(世)紀は自分でも弱いと自負していた

そんなネガティブ思考が炸裂してるうちに、闇の嵐は収束していく


狐太郎は緊張の面持ちでソレが現れるのを待つ




しかし嵐が収まった時にはソコには何もなかった


『--っ!?』


バッと狐太郎が後ろを振り返るとそこには全身闇一色の男が剣を振り下ろさんとしていた

瞳の紅がギラリと光る


そして剣が振り下ろされる

あまりの速さに狐太郎は反応すらできなかった




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