一章 47 邂逅①

「ヴァージル待ってよー」

「遅いぞレフィル」


はぁはぁと息を切らせながら蒼い髪の少年が先に待つ金色の髪の少年の下へたどり着く

レフィルは尚も息を切らせており整うまでヴァージルは大人しく待っていたが


「もー、レフィルは鍛え方が足らないのよ!そんなんじゃ強くなれないわよ」


横から声を挟んで来たのは茶色い髪の少女だった

髪を肩より短いくらいで全体的に切りそろえており、所謂ボブカットに近い

勝気で切れ長の目だが、大きな瞳はクリクリとしており、今は楽しそうな表情だ


「ヴァージルはともかく、リリアも何であんなに足が早いのさ」


恨めしそうな顔でリリアを見つめるレフィル

やはり女の子に負けたとあって悔しいらしい


「そりゃあ毎日鍛えてるからよ」

「もっと女の子らしさを鍛えた方がいいと思う」


レフィルの小さく呟いた愚痴は残念ながらリリアに聞こえてしまったようで、リリアは一転表情が怒りモードに変わる


「何よ?ちょっとよく聞こえなかったわ。もう1回言って」


つかつかと歩み寄りレフィルの耳を抓みあげる


「ちょっ--リリア痛い。痛いってば」


悲鳴を上げるレフィルに構わずリリアは続ける


「誰の女の子らしさが足らないですって?」

「聞こえてるじゃん!--ぎゃあああ!?両耳は止めて!痛い痛い」

「クスクスクス、お2人は本当に仲がいいですね」


そこにおっとりとした雰囲気の声が割り込んできた

声の主は銀色のウェーブした髪をなびかせ、2人のやり取りを楽しそうに見つめている

肩より少し長めに伸びた髪は大人っぽさを醸し出しているが体の線は同年代の子供達に比べて細く、さらに肌の色の白さも相まっていっそ病的にすら見える

しかし美少女には間違いない


「エルマノ!見てないで助けてよー」


レフィルが涙目ながらにエルマノに助けを求めるが当のエルマノは笑顔で見守っている


「ちょっと、女の子に助けを求めるんじゃないわよ」


さらにヒートアップしたリリアはしばらくレフィルいじめに興じるのだった

しばらくレフィルの叫びだけが辺りにこだまする


「うぅ・・酷い、誰も助けてくれないなんて・・」


ようやく解放されたレフィルはエルマノとヴァージルを恨めしそうに睨む


「自業自得だ、お前が悪い」

「ヴァージルの白状者ー」

「もう、レフィルもいつまでもメソメソしない」


リリアはポケットからハンカチを取り出すとレフィルの涙で濡れた顔を拭いていく


「あ、ありがと」


いきなりの事に顔を赤くして礼を言うレフィルだが、その涙を出させたのはリリアだと言う事を忘れていた


「はい、これでいいわ」

「うん、じゃあ今日はどこに行こうか」


いつも通りの無邪気さを取り戻したレフィルは今日の冒険へと期待を膨らませる

冒険といっても子供がする冒険である

近くの森への探検だとか、秘密基地だとか


「そうだなー、誰か意見ある人いるか?」


リーダーシップを発揮しているヴァージルの言葉に3人はうーんと考え込む


「プロウスの森の岩場は?」


レフィルが挙手をしながら発言する


「あそこはたしか一昨日ランクCの魔物が出たって情報があったらしく、一般人は立ち入り禁止に指定されてるよ」

「えー!?そうなの」


ガックリと項垂れるレフィル


「はい!シュリアの花畑に行きたい」


シュタっと挙手をしたリリアは元気よく発言する


「そこならたしかに行けるな」

「えー、シュリアの花畑は先週行ったじゃん」


レフィルの不満顔にリリアがカッと表情を一変させる


「いいじゃない!あそこは一年中色々なお花が咲いていていつ行っても飽きないもの」

「花なんか見ててもつまんないよー」

「女の子はお花が好きなの!一日中眺めてられるわ」

「そもそもリリアは--」

「な・に・か・言った?」

「痛い痛い痛い、ごめんなさい」


再び始まったじゃれ合いにヴァージルはため息を吐き、エルマノは終始ニコニコと笑顔であった


「うぅ・・エルマノはシュリアの花畑でいいの?」


抓られた耳を擦りながらレフィルはエルマノに問う


「私はみんなと一緒ならどこでも構いませんよ」


と、太陽のような笑顔で答えるエルマノ

レフィルはヴァージルにも問うが


「エルマノがいいなら問題はない。距離も遠くないしな」


と即答だった


「じゃあ決まりね」


両手をパンと胸の前で合わせて笑顔のリリア

同じく笑顔のエルマノに頷くヴァージル

3対1では分が悪かった


「ちぇー」


口を尖らすレフィルに再びリリアのお仕置きが炸裂したのは言うまでもない

再び村にレフィルの叫びがこだました


村のいつもの光景だった






4人は戦争孤児だった

戦争で住んでる場所を焼かれ、両親も家族も友達も全て失った

難民になり、今の村に流れ着いた

幸い小さいながらも孤児院があった事で付近の難民や孤児はこの村に集まる

孤児院と言っても元は少し大きめの平屋で、廃屋状態で村人は手を余していた物を孤児院として手入れをしただけである

元は20数人が暮らす小さな村であったが、今では倍近くに増えている

4人もこの孤児院で出会ったのだ



4人は同い年と言うことがわかると意気投合し、それ以来はずっと4人で行動している

最近はエルマノが体調不良で出かけられない日もあるが、そういう日はエルマノの部屋で過ごしたりするのが日課だった


常にずっと一緒に行動してきた4人

今までも、これからもずっと変わらないと思っていた・・・





しかしそれが、壊れる事件が起こる

いつの頃からか一つの病気が村に舞い込んだ


「ゴホゴホ・・」


レフィルは孤児院の自室のベッドに寝ていた

最近流行り出した風邪を引いてしまっていた


「ほら、動かないで。今タオル替えてあげるから」


寝ているレフィルの額に置かれているタオルを取って新しく絞ったタオルを置く

ひんやりとしたタオルが心地よかった


「ありがとうリリア」


礼を言うレフィルにリリアは替えたタオルを桶に入れ冷たい水を絞る


「全く。エルマノは仕方ないとしても何でレフィルが引くのよ」

「うぅ、ごめんなさい」

「もう、そんなに謝らないでよ。別にレフィルが悪いんじゃないんだし」

「うん、コホコホ」

「ほら、ゆっくり寝てなさい」

「うん・・」


リリアに布団を掛け直されたレフィルは熱のせいもあってか、ゆっくり夢の中へ落ちていった


少しして控え目なドアのノックと共にヴァージルが入ってきた


「レフィルの様子はどうだ?」

「さっき眠った所。症状も大したことないって協会の人も言ってたし数日中には良くなるみたい」

「そっか・・」


回復に向かうと聞いてヴァージルは一瞬ホッとした表情を作るが、すぐに暗い表情に戻ってしまった


「そっちはどう?エルマノは良くなりそう?」


リリアの言葉が聞こえてない様子のヴァージルは何やら思いつめた表情をしていた


「ヴァージル?」

「あ、あぁ。ごめん、何?」


ヴァージルの様子を訝しんだリリアだったが、それもすぐに頭から離れる


「エルマノは大丈夫?」

「ああ、今の所は症状が安定してるよ」

「そう、良かった」


心底ホッとした様子を見せるリリアを見て、ヴァージルも幾分表情を和らげた


「それじゃエルマノの所に戻るよ」


言って出ていこうとするヴァージル


「ヴァージル、貴方もしっかり休まなきゃダメよ。食事もあまりとってないんでしょう?」

「大丈夫、ちゃんと食べてるから。リリアこそ無理しちゃダメだよ」


そしてヴァージルは部屋を出ていった



当初は蔓延したのは単なる風邪と処理されていた

現にかかった村人の9割以上はすでに回復、もしくは回復の兆しを見せているのだから


それが何故かエルマノは二週間過ぎても回復する兆しすら見せない

重い症状というわけではないのだが、元々体の弱かったエルマノはベッドに寝たきり状態になってしまう


「何でエルマノだけ良くならないんだ・・」


スースーと寝息を立てている横で、ヴァージルは椅子に座り頭を抱えていた

そこに扉をノックする音がして、ヴァージルは慌てて平静を装う


「ヴァージルいる?」


扉から入ってきたのはリリアだった


「ああ、どうした?」

「エルマノどう?」

「今は眠っているよ」


ヴァージルの言葉にリリアはエルマノを起こさないようソーっと部屋に入ってくる


「良くはなってないの?」

「状態は変わらないな」


そう言うヴァージルは知らずのうちに拳を固く握っていた


「ヴァージル実はね、明日アルス教団の司祭様がこの村に来るらしいのよ」

「何だって!?」


リリアの言葉にヴァージルは思わず立ち上がる


「本当なのかリリア」

「うん、そこでエルマノを見てもらおうよ」

「でも・・」

「ヴァージル、これ」


リリアから思わず受け取った物は小さな革袋だった

中を覗くとお金が入っていた


「--!?これは」

「村の人が少しずつお金出してくれたの。エルマノの治療にって」


村はそこまで裕福ではない

戦争で家族を失った人達がより集まってできた村であり、まだできて数年しか経っていない

これといった村の特産物もなく、農業中心に細々とやっている村で、二ヶ月に1回来る行商人に作物などを売り、その売り払って得たお金で物を買ったりしているのである


「・・いいのか?」

「うん、村のみんなもエルマノの為ならって快く出してくれたよ」


戸惑うヴァージルにリリアは笑顔で答える


「ありがとう・・」


ヴァージルは大事そうに両手で抱え頭を下げる


「何言ってんの、私達ずっと一緒でしょ。エルマノの為ならなんて事ないわよ」


リリアの言葉も胸に染みた


「そう、だな。助かったよリリア」

「ちょっとそんなにまじまじ褒められると照れるんだけど」


頬をポリポリかきながらその表情は若干赤い


「じゃあ、私レフィルの様子を見に行くから」


「後はよろしくー」と元気よく片手を上げてリリアは部屋を出ていった


「ヴァージル・・」

「--!?」


ベッドから聞こえた声にヴァージルは思わず振り返る


「エルマノ、起きてたのか?」

「ついさっき、リリアの声大きいから」

「すまんな、後でリリアにはよく言っとく」

「ううん、大丈夫だよ」


久々の会話に2人の表情は和らぐが長くは続かずしばらく沈黙が流れ、ヴァージルはどうしようか迷う


「ヴァージルあのね」

「ん?なんだ」

「ごめんね、無理させちゃって・・いっぱい迷惑かけちゃったね」

「--!?馬鹿をいうな。全然迷惑なんかじゃないさ。俺からしてみればこうしてエルマノと過ごせる時間が増えて嬉しい限りだ」

「ありがとう」


ヴァージルの直球の言葉にエルマノは顔を赤く染める


「でも--」

「エルマノ、明日アルス教団の司祭様が村に来るらしい。そこでエルマノの症状を見てもらおうと思う」

「司祭様が?」

「ああ、運がいい。うまく行けばお前のその症状も治るかもしれん」

「・・そう」


しかしヴァージルの言葉にエルマノは浮かない表情だった


「嬉しくないのか?」

「ううん、そんなことないよ」

「そうか」


エルマノの表情が優れない事にヴァージルは心配したが、病気が治れば元気になるだろうと深くは考えていなかった






翌日


「リリア、ヴァージル!司祭様が来たよ」


慌てた様子で駆け込んできたレフィルは息を切らせながら2人に声をかけた


「そんな大声出さなくても聞こえてるわよ」


孤児院の食堂にいたリリアとヴァージルはレフィルの言葉に立ち上がる


「それで、どこにいるんだ」

「今は村長の家にいるよ。多分エルマノの話してくれてると思う」

「ならこっちから出向かなくても来るんじゃない?」


リリアの言葉の終わらないうちに食堂の扉が開き、レフィル達より少し幼いくらいの少年が入ってきた


「司祭様が来たよ」


少年はそれだけいうと再びバタバタと走り去っていった

「タイミングがいいな」

「僕らも行こうよ」


レフィルは勢い良く食堂から出ていった


「私達も行きましょうか」

「ああ・・」


ヴァージルは緊張した面持ちで頷くとリリアと共に部屋を出た

玄関先には孤児院の子供全員が集まっているのではないかと言うくらい賑わっている

ヴァージル達はこの孤児院の中では比較的年長の部類に入る

なので、後ろからでも来訪したと言う司祭様を拝む事はできた

玄関先には村長と白い純白のローブを来た老人、いや初老に入った感じの人物とそれに後ろに見習いなのか数人の白いローブを来た男性が2人立っていた

間違いなく司祭様はこの初老の老人だろう

短く切りそろえられた髪に、豊かな顎髭を生やしている

笑顔しか浮かべたことがないのではないかというくらい穏和な表情だ


そしてローブも後ろの2人とはデザインが違っていて、ローブの左右、腕の辺りに縦に青い2本線が下まで入っている

後ろの2人は無いことからこの老人が司祭様だと予想が付いた

後は胸辺りにアルス教団のデザインがマークされている

それがアルス教団の証しらしい


ヴァージル達が付いた後もしばらく賑わいを見せていたが、孤児院のシスターが騒がしかった子供達を静かにさせる


「アルス教団のラクセス様です」


村長が周りが静かになったのを見計らい後ろの老人を紹介する


「ラクセス様、わざわざ来ていただいて申し訳ありません」


シスターが深々と頭を下げるもラクセスは笑顔でお気になさらずにと返事をする


「聞けばベッドから起き上がるのも大変だとか。そんな方にこちらに出向いてもらうわけには参りませんからな」


言いながらラクセスは後ろにいたヴァージル達に一瞬視線を移すがすぐにシスターに視線を戻した


「それではさっそく診察いたしましょう」

「来て頂いた早々申し訳ありません」

「いやいや、先に見た方がよいでしょう。お仲間も気が気ではない様子」


再びラクセスはヴァージル達に視線を移し、ニコリと笑顔を作る

すると村長がシスターに案内してもらうよう頼む


「あ、ではヴァージル、エルマノの部屋に案内してください」

「わかりました」


緊張した様子のヴァージルは短く答えるとラクセスに軽く頭を下げる


「こちらです」


ヴァージルに続きリリアとレフィルも後ろに付いていき、その後をラクセスと見習い達が続いて最後尾は村長だ





「エルマノ入るぞ」


短くノックをしたヴァージルは扉を開け中に入る

リリアとレフィルも続き、あとにラクセス達が入ってくる


「--!?」

「ああ、起きなくて大丈夫ですよ」


慌てた様子で起き上がろうとしたエルマノだが、ラクセスにそのままでよいとたしなめられゆっくりベッドに横になる


「ラクセス様、お願いします」


リリアの懇願するような言葉にラクセスは「わかりました」とベッドに歩み寄るとエルマノの顔色を確認する


「ふむ」


顔色を確認したあとは手を取ったり脈を測ったりしていたが、おもむろに顔を上げゆっくりこちらを振り返る


「発症してどのくらい経ちましたかな?」

「え、えと二週間は経ってると思います・・」


ラクセスの言葉に思い出しながら答えるリリア


「二週間ですか・・これは、ただの風邪ではないかもしれません」

「「「「--!?」」」」


ラクセスの言葉にそこにいた一同は揃って息を呑む


「ら、ラクセス様それは」

「ただの風邪ならここまで引きずる事はないでしょう」

「じゃ、じゃあエルマノの症状は・・」

「今ははっきりした事はわかりませんが、しっかりした施設での治療が必要です」

「ですがこの村では・・」


村長の言葉は尻すぼみに小さくなっていった

この小さな村では満足な治療ができない

そしてラクセスは施設が整った場所での治療を勧めてくる

もちろんそんな大金はないし、長期入院となれば維持費もかかる


「せめてルミエラの街程の協会があればいいのですが」


ルミエラの街とはラクセスが住んでいる街で、この村からも馬車で1日かからない距離にある

そしてラクセスはそのルミエラの街の協会のトップなのである


「このままでは一生寝たきり生活の可能性も捨てきれません」


もはや八方塞がりの状態だったが、それを聞いたヴァージルは俯いていた顔を上げる


「ラクセス様、お金はなんとかします。ルミエラの街で治療をさせていただく事はできないでしょうか」


ヴァージルの言葉にリリア、レフィルそしてエルマノは驚き、目を見開く


「今はこれしかありませんが、足りない分はなんとかします。ですから--」


決意に秘めた眼差しで語るヴァージルにラクセスはニコリと笑みを浮かべる


「構いません。貴方の気持ちはわかりました。ではルミエラの街でエルマノさんを治療いたしましょう」


ラクセスの言葉にヴァージルはホッと安堵すると「ありがとうございます」と頭を下げる


「移動はいつになさいますかな」

「ラクセス様がよければ明日にでも」

「わかりました。我々も明日までの滞在予定だったので丁度良いでしょう。では明日中天に差し掛かる頃にまた伺います」


そう言ってラクセスはお供の見習い達を引き連れて帰っていった

村長も何か言いたげな表情だったが、何も言わずに部屋を出ていった



そのあとにリリアとレフィルがヴァージルに慌てて駆け寄る

エルマノも心配そうな眼差しを向けている


「ヴァージル、あんな事言って大丈夫なの?」

「そ、そうだよ。なんとかするって宛はあるの?」


2人の心配そうな眼差しにもヴァージルの眼差しは揺らがない


「俺は--冒険者になる」

「「えぇ!?」」


ヴァージルの言葉に2人は声を上げて驚き、エルマノは目を見開く


「ルミエラ程の街なら冒険者ギルドもあるし以来も豊富にある」

「で、でも・・」


レフィルは戸惑いを見せ、リリアは黙って考え事をしている

エルマノだけが心配そうな、悲しそうな眼差しでヴァージルを見つめていた




そして翌日、エルマノがルミエラの街へ移動する日が訪れた






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