一章 37 3人の魔族

フリッグ伯爵の兵士達は至近距離で爆発をもろに受けたものは恐らく即死だろう

離れていたものは重症とまではいかないまでも戦闘に支障がある者が多かった


「味方の悪魔達までまとめて・・・・」

「味方じゃないよ。あんな意思無き下級悪魔共なんて只の兵隊だよ。君らと同じだね」


誰かの呟きに軽そうな声の人物が答える

パッと見は人間とそう変わりない華奢な細い体型に黒の外套を羽織っている

しかし目が血のように紅く、それは彼が魔族であると言う証拠だった

中には完全に人間になり切れる魔族もいるらしいのだが


「そう言うなラルガス。しかし人間とはかくも脆弱な生き物だな」


低い張りのある声の主が現れる

左腕を横に掲げながら

その左手に先程まで戦っていたであろうフリッグ兵の頭を掴んでいる

フリッグ兵の方はすでにこと切れているのかピクリとも動かない


2人は北側と西側の真ん中辺り(2人並んでではなく)から現れたのだが、遠くにいるにも関わらず声は辺りに響いている

拡声の魔術でも使っているかのように・・


「グゼル、もう人間と戦ってるの?早いよ」

「俺は強い奴と戦えればいいのだ。貴様のように弄ぶような真似はせん」


グゼルと呼ばれた巨漢の大男はフリッグ兵を掴んでいた手を離す

その場にドサリと落ちる兵士には目もくれずにこちらに視線を移す


「へぇ、それにしても精霊もいるのか。どうやらかなり高位の精霊みたいだね。あれじゃ僕には突破できそうにないや。グゼル、僕はこっちで遊ぶよ」

「ふん、勝手にいけ。俺は俺で勝手にやらせてもらう」


ラルガスと呼ばれた魔族は西側の森に撤退したフリッグ兵の元へ歩き出した

そしてグゼルは北に陣取る騎馬隊に向けて歩み始めた


「くっ!クリスティア様、フリッグ様が心配なので一旦北側に戻ります・・・それで--」

「わかりました。西側の魔族はこちらで対処しましょう」


マキシムの言葉を意味を理解したクリスティアは即座に返答する

マキシムは「すいません、失礼します」と挨拶するや、北に向けて駆け出した


「おいコタロー!」

『!?ウェルキン、今行く』

「違う!お前は西にいけ」


悪魔達の中へ深くに入り込んでいるウェルキンの声に助けに行こうとする狐太郎だが、再びウェルキンの声に驚いて止まる


『--!?でもそれじゃあ』

「クリスティア様の言葉が聞こえなかったのか?俺はこいつ魔剣があるから多人数でも大丈夫だ」


魔剣ファラム炎の剣から極大の炎を生み出し近寄ってくるレッサーデーモンに浴びせながら、グレーターデーモンと切り結ぶ

たしかに切れ味は良くとも特殊能力はない普通の刀ではいずれ数で押し込まれるのは明らかだ


あっち・・・の方が歯応えがありそうだがお前に譲ってやる。さっさと行け」


こちらを見向きもせずにウェルキンはさらに奥に入り込む


「コタロー様、私からもお願いします」

「私からもお願いするわコタロー。あれに対抗できるのは後はコタローくらいでしょう」


返答に逡巡していると後ろから現れたクリスティアと一緒に来たミルワースが二人揃って西側へ行ってくれと言う


『わかりました。ミルワースもクリスティア様をよろしく頼む』

「よろしくおねがいしますコタロー様」

「ええ。誰も近づけさせないわ」

『ウェルキーン!ここは任せたよー』


答える代わりに再び極大の炎でレッサーデーモンを焼くウェルキンの姿を見た狐太郎は西の森へ走り出した

それをチラリと横目で見送ったウェルキンは視線を正面に見据える


「さて・・これで邪魔者はいなくなったな。そこに隠れている奴、出てきな」


ウェルキンの言葉に悪魔達の包囲のさらに南側、人が数人乗れるくらいの大きな岩の上に優雅に足を組んで座ってる人影が徐々に浮かび上がった

外見はモデル体型と言っても差し支えない程スレンダーで、他の魔族と同じように黒い外套を着ているが、外側に水色のラインが縦に入っている

髪は肩より少し長いくらいで色は黒だが部分部分に水色のメッシュが入っている

切れ長の目の左の目元にホクロがあるのはセクシーに見えなくもない

目が紅くなければ


「あら、良くわかったわね。消耗して疲れた所を優しく殺してあげようと思ったのに」

「ふん。貴様なんぞに優しくされても嬉しくはない」

「冷たい男は嫌われるわよ」

「貴様に言われたくはない」


ウェルキンはぞんざいに言うと魔剣ファラム炎の剣を振り抜き相手に炎を飛ばす

しかし相手に届く直前、炎が氷に覆われていき砕け散った


「--!?」

「もしかして、今の牽制だったのかしら?」


相変わらず足を組んだままで微動だにしない


「ちっ・・ただの挨拶替わりだ」

「うふふ、過激な挨拶ね。いいわね、そういうの好きよ」


言いながら女は岩の上からひらりと地面に降り立つ

すると悪魔たちは包囲を解き、一斉に女の後ろに下がる


「どう言う事だ?」


訝しんだウェルキンは問いかける


「私の名前はレヴァナ。あなたは?」

「・・ウェルキンだ」

「ウェルキン、いい名前ね。貴方に敬意を表して私が直々に相手をするわ」


「その為にわざわざ悪魔たちを下がらせたのか?ま、負けた言い訳にはなるだろうがな」

「うふふ、いいわね。その強がりがどこまで持つか楽しみだわ」


レヴァナは舌なめずりをする





・・・・・・




マキシムが北側に到着した時は誰も立っていなかった

騎馬隊の突撃で土が抉れ砂塵が舞い多少視界が悪いが、見える範囲では誰もいない

倒れているのはほとんど禁術で操られてた兵士の死体ばかりだが、ちらほらフリッグ兵の混じっている

よもや全滅したとは考えられないが、嫌な予感はする


「マジかこりゃあ・・」


マキシムが驚き、呟くと砂塵の向こうから人影が見えた


「ほぅ、貴様の方が骨がありそうだな」


砂塵の向こうから現れたのはグゼルと呼ばれた魔族だった

髪は黒の短髪でラルガスが着てる黒い外套に似たデザインの服を纏っているが、ラルガスとは違い体にフィットした動きやすそうな服である

全身が浅黒く2mを超える大男のグゼルは筋肉の塊のような体格をしており、間近で対峙すると凄まじいプレッシャーを受ける


「次は貴様が相手をしてくれるのか?」


低く良く通るし声もでかいので1k離れていても聞こえそうな程である


「ああ、俺が相手してやるよ」


マキシムは両手剣並の両刃の魔剣サブルム砂の魔剣を担いでいた状態から正面に据える


「いけませんマキシム隊長」


グゼルの後ろからボルグが現れた

しかしその風体は満身創痍と言うかボロボロと言う言葉がピッタリだった

足は引きずっており、右腕も動かせないのか左手で支えるようにして抑えている


「ほう、まだ息の根があったとは。そこらの人間よりは頑丈そうだな」


ボルグの出現にグゼルは軽く視線を向けるが、興味がないとばかりに視線をマキシムに戻す


「ボルグ、騎馬隊はどうした?」

「はい・・爆発に何人か巻き込まれましたが、それ以外は殲滅はほぼ終わってましたので下がらせました」

「上出来だ」


ボルグの機転にマキシムは安堵する


「貴様マキシムとか言ったか。こいつが隊長と呼ぶからには強いのだろう?」

「さぁな。試してみるか?」


マキシムの物怖じしない物言いにグゼルは久しぶりに肌が泡立つ感じがした


「よかろう。ならば後ろの手負いの部下は下がらせろ。邪魔だ」


マキシムはグゼルの言葉に若干驚きながらもボルグに視線を移す


「ボルグ聞いた通りだ、下がって休め」

「しかし・・・」


先程までグゼルと戦っていたボルグにはグゼルの強さが嫌と言うほど身に染みていた

恐らく本気など出していまい、それでボルグを圧倒したのだ

ボルグが生きているのは一般の兵士より少し強かったからに過ぎない

所詮次の獲物が見つかるまでの暇つぶしだったのだと

恐らくマキシムでも1人では危険だ

できれば2人がかりで--


「大丈夫だ。ここは俺に任せろ」


そう声を掛けようとした時にマキシムから言われた言葉

今までも苦境に立たされた事も多くあり、死地も味わった

その度にマキシムの言葉で奮い立ち、どんな逆境も切り抜けてきた

ボルグはその言葉を今回も信じた


「・・・わかりました。マキシム隊長、ご武運を」


マキシムの言葉にボルグはゆっくりと背を向けて歩き出した

グゼルは後ろに見向きもせずにマキシムに対峙している


「てっきり後ろを向いたら攻撃すると思ってたんだがな」

「弱者には要はない!次なる獲物を見つけたからな」

「そうかい。それじゃその獲物にやられないように気をつけな」


マキシムは言うが早いか、魔剣サブルム砂の魔剣を肩に担いだまま前傾姿勢で走り出す


「こい!人間よ、俺を楽しませろ!」





・・・・・・・





狐太郎が西側に到着した時には辺りには惨憺たる屍が転がっていた

全部フリッグ兵である

悪魔は殺られると霧状になって消えてしまうので悪魔の死体はなかった


「た、助けて・・・」


声のした方に振り向くと、森の方からフリッグ兵がよろよろとこちらに歩いてくる

狐太郎は助けに行こうと走りかけるが、後ろからの黒く伸びた数本の影がフリッグ兵を貫く方が早かった


ゆっくりこちらに歩いてくる人影


「あれ、もしかして人間を助けたかったのかな?残念だったね。1歩遅かったみたい」


フリッグ兵を串刺しにしたたま現れた魔族、ラルガスが言う

そして死んだのを確認すると後ろにゴミでも投げ捨てるかのように放り投げた


『他の兵士はどうしたんだ?』

「ん?知りたい?どうしようかなー」


狐太郎の言葉にラルガスは真面目に答える気がないのか手を顎にやり考える素振りをする


「そうだ、じゃあクイズをしよう。それで形式として三択にするから当ててごらん!①全滅した②皆殺しにされた③抵抗虚しく壊滅。さぁどれかな?」


ラルガスの言葉に狐太郎はギリっと歯を食いしばり怒りを押さえ込む


「・・・・・・はい、時間切れー。正解は全部でしたー。簡単にしたつもりだったんだけど人間には難しかったかなー?」


おどけた感じで話すラルガスに狐太郎の怒りは徐々に上がる


「あれ?てっきり怒りに任せて突っ込んでくると思ったんだけど」


言うとラルガスの後ろに影から伸びた数本の尖った影がせり上がった

おそらく怒りに任せて突っ込んで来た所を串刺しにするつもりだったのだろう


「まぁいいや、オモチャは今のでなくなっちゃったから今度は君が遊んでよ」


ラルガスの言葉に狐太郎は再び飛び出したくなる気持ちをグッとこらえる




~~~~~~




「いいか狐太郎、怒りに染まり周りを見失うな。相手の思うつぼだぞ。怒るのはいいが、心は冷静にならなきゃダメだ」

『師匠、難しすぎるよ』


師匠の言葉はチンプンカンプンで難しいと狐太郎は毎回思う

もっと明確に言ってくれればいいのにと


「ようするにだ、相手の安い挑発に乗るなって事だ。敵は挑発してお前を怒らせ直情的な行動しかできないようにする。そうすると--」


師匠が懐から何かを取り出した


『あ、それは俺が後で食べようとしてたプリンじゃないか!返せ!』


師匠が取り出したのはプリンだった

--さんが作ってくれた極上のプリンだ

後で食べようと残しておいたのに、隠しておいたのにどうやって見つけたんだ

蓋を取り匙でプリンを口に運ぼうとする師匠を止めようと飛び出した


グラビティフィールド・オペレーション超重力操作

『--ぐあっ!』


師匠が言葉を口にしただけで自分を中心に地面が陥没し重力の重さで立ってられなくなり地面に縫い付けられる


「--そうすると動きが単純になり敵に読まれやすい。今言ったばかりだろう?お前はさっきから俺の周りにフィールド結界が張ってあるのに気づいていた。俺が罠をしかけていると確信していたはずだ」


師匠は俺のプリンをパクつきながら説明している

その間にも重力の重さで体がギシギシと悲鳴を上げている

というか早く重力を解いてくれ、体がもたない

それでもなお説明を続ける師匠は俺が限界に近いのには気づかない

意識が落ちる瞬間、ふと重力が消え軽くなる

元に戻った重力に俺は地面にひっくり返り、酸欠になりかけた体に酸素を取り込む

そして視界の端に師匠とは別の人影が見えた


「もう!--ちょっと、やりすぎじゃない?あと1歩で狐太郎失神するとこだったじゃない」


俺を窮地から救ってくれたのは、師匠のパートナーの--さんだった

師匠と同じで変わり者の1人だ


「狐太郎瀕死のくせに何か変な事考えてない?」

『いえ・・・』


心の声を読まれたのが如く、バッチリなタイミングでツッコミが入る

表情がコロコロ良く変わり喜怒哀楽が激しいが、笑顔が可愛くて笑うと太陽のような人で俺は好きだ

きっと師匠もそんな--さんに惹かれたんだと思う

本人は向こうから押しかけてきたんだって言い張ってるけど


「--、お前は狐太郎に甘すぎるんだ。んで何か用か?」

「あ!そうだった。お昼の時間だから呼びに来たんだー」


俺を見つめていた瞳が師匠の言葉で師匠へ向く

お昼ご飯か、--さんのご飯は絶品だからな


「狐太郎の分もたんまりあるからしっかり食べて早く強くなって、この生意気な--の鼻っ柱をへし折っちゃって」


--さんは師匠を指さしながら笑顔で言う


「はっはっは。そりゃ一生かかっても無理だ」


わかっちゃいるが実際言われると腹立つ

今に見てろよ


「さぁ飯に行くぞ狐太郎。さっきの話の続きは歩きながらしてやる。ちなみにさっきのプリンは--がさっき作った奴でお前のはちゃんと取ってある。良かったな」


笑いながら去っていく師匠とそれを追いかける--さんを置いてかれまいと立ち上がり走る




~~~~~~~



一緒に嫌な事も思い出した・・



だけどおかげで冷静になれた

今世で会う機会があるかわからないけど、礼くらい言ってもいいのかもしれない

それもまずは無事にここを切り抜けてからだ


「ちぇ、挑発に乗ってこないか。んじゃこっちから行くよ」


言葉と同時にラルガスの背後伸びていた影が狐太郎に襲いかかった




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