一章 32 王都へ侵入
そして王都が見える位置まで来たクリスティア達
辺りはすでに日も暮れていて、王都に続く道には人影もなく門も閉じられている
『あれが王都?大きいね』
「当たり前だ、でかくなくて王都と言えるか」
「コタロー殿は王都に来るのは初めてですかな?」
『うん』
「大きさだけがステータスじゃありませんが、今までコタローが見てきた街よりも大きいと思いますよ」
王都を眺めながら懐かしそうに語るデュライン
「帰ってきましたね。クリスティア様」
「ええ」
メアリーの言葉に返事をするクリスティアも久し振りの王都に色々思いを馳せてるのかもしれない
その時丁度斥候で王都に侵入していたグリットが帰ってきた
「お疲れ様、どうでしたか?」
「はい、うまく潜入して了承を得てきましたよ。それとこれをクリスティア様にと」
グリットは懐から1通の手紙をクリスティアへ渡す
受け取ったクリスティアは蝋印がしてあるのを確認し封を開け中身の手紙を取り出すと手紙を読む
クリスティアが読み終わるまで狐太郎達は黙って見守っている
やがて読み終わり顔を上げたクリスティアは一同を見回す
「大丈夫です。アーノルド男爵からは良い返事を頂きました」
クリスティアの言葉を聞きホッと安堵する一同
アーノルド男爵と言うのは王都内で唯一クリスティアに味方していてくれている信用できる貴族である
私利私欲にまみれた貴族どは違い堅実に貴族の地位をのし上がってきた貴族で、デュラインが今回裏で情報のやり取りをしていた1人でもある
「それにアーノルド男爵の屋敷を開放してくれるそうです。王都の中へも貴族用の入口を用意してくれると書いてあります」
『貴族用の入口?』
「ああ、緊急避難用の出入口みたいなもんだ。以前クリスティア様を王都から逃がす時にも使った」
ウェルキンの言葉になるほどと頷く狐太郎
「アーノルド男爵の私兵が待っているみたいですね」
「わかりました。では行きましょうか」
クリスティアの言葉に一同はグリットを先頭に動き出す
「そういえばグリット、街中の様子はどうだったんだ?」
ウェルキンがグリットに並びかけ小声で話しかけるとグリットは表情を曇らせる
「街の様子はあまりよくなかったみたいですね」
そのグリットの表情を見たデュラインが察する
「ああ、夜だからはっきりいった事はまだ不明だったが、夜中にしては静かすぎた。酒場とかも全て閉まっているしほぼ明かりはないな。まるでゴーストタウンみたいだった」
「レッサーデーモンは?」
「遠目で発見しただけだがちらほらいた。数はそれほどじゃなかったがまだ何処に潜んでいるのかもわからないし確認はしていない」
「やはりいるのか・・・」
グリットの報告に苦々しい表情のウェルキン
「あ、あそこに人がいますよ」
メアリーが指を指した先には1人は兵士が立っていた
クリスティア達に待ってるように告げ、先行してグリットが近づいていった
万が一敵の兵士だったら厄介と言うことで
クリスティア達は緊張の面持ちで待っていると、兵士と一言二言話したグリットがこちらへ戻ってきた
「大丈夫です。アーノルド男爵の私兵です」
グリットの言葉にクリスティア達は兵士の所へ移動を開始する
「お待ちしておりました。馬車はどうしました?」
「近くの茂みに隠してあります」
「わかりました。後で回収させましょう。詳しい話は後ほどにして先に移動しましょう。こちらへ」
兵士の言葉に頷くクリスティア
そして兵士が壁へ近づくが、見た感じ入口らしきものは見当たらない
狐太郎がどうするのか見ていると、兵士が懐から鍵のような物を取り出ししゃがみこむ
狐太郎もつられて視線を移すと膝くらいの位置に5ミリ程の小さな丸い穴が開いている
そこへ鍵のような物を差し込むと不意に何もなかった壁に扉が出現した
「では行きましょう」
先に兵士が入りウェルキン、グリット、クリスティア、メアリー、ロイザードと続く
驚き固まっている狐太郎の肩をポンとデュラインが叩く
「仕組みは後で教えますよ。今は移動しましょう」
察したデュラインが狐太郎に話しかけると頷いた狐太郎も続き最後にデュラインが通り扉を閉めると、扉があった場所はただの壁になっていた
それを再び驚いて見ていた狐太郎の背中を苦笑いしながらデュラインが押す
「さすがにこの人数での移動は目立ちますしみなさんの顔を見られればバレてしまいます。なので馬車を使います。アーノルド家の紋章入りの馬車なのでむやみに止められる事はありませんので」
用意された馬車に乗り込む
さすがに手狭だったが文句は言えない
御者台に兵士が乗り込み、全員乗ったのを確認すると馬車を動かす
夜の街に馬車の音だけが響く
王都は中心に王宮があり、その周りに貴族が住む区画、その周りに平民が住む区画と中心からドーナツ状になっている
クリスティア達が貴族用の入口から入った場所はもちろん貴族達が住む区画だ
しかしこちらも夜の喧騒は聞こえず静まり返っている
グリットが言うには貴族達が住む区画にもレッサーデーモンがいたと言う
なので貴族達も建物の中に篭っているのだろう
今回はそれが幸いして見咎められる事なく移動できている
レッサーデーモンも周りには見当たらず何事もなくアーノルド男爵の屋敷に到着した
兵士が扉をコンコンと軽くノックすると初老の男性が出てきた
白髪まじりの髪を後ろに撫でつけ、スラリとした体型で紺のスーツもよく似合っている
「お待ちしていました」
「私は馬車を置いてまいります。中の案内は執事のジルが案内しますので」
兵士は言うと馬車を移動させに行った
「中へどうぞ。ここからは先程紹介に預かりましたジルがご案内致します」
全員が中に入ったのを確認し扉を閉めると「ご案内致します」と歩き出す
案内された一室は会議室くらいの大きさがあり真ん中に大きなダイニングテーブルが置いてあり椅子も左右に5脚ずつ、上手と下手に当たる場所にも3脚ずつあり計16人は座れる計算である
中へ入ると1人の人物が部屋の奥で忙しなく歩き回っている
クリスティア達が来るのを見つけると一目散に駆け寄ってきた
「おお!クリスティア様、よくぞご無事で」
開口一番発した言葉は無事で良かったと言う雰囲気がふんだんに含まれていた
この人物がおそらくアーノルド男爵なのであろう
年は貴族にしては若干若いだろうか、見た目は40過ぎに見える
身長は狐太郎よりも少し低いくらいで若干丸みを帯びた体型とタレ目がちの目にはすでに涙目で、大きく愛嬌ある顔は一種の小動物を連想させる
「お久し振りですアーノルド男爵。この度は・・・」
「堅いことはなしにしましょう。フリッグ様からの手紙も読みましたが大変だったようで・・」
「はい」
「立ち話もなんですから席に座りましょう。ちなみに食事は?」
「道中食べてまいりました」
「それでは飲み物と何か軽食をお持ちしましょう」
アーノルド男爵の言葉で侍女達は動き出し、クリスティア達は席につく
上手側にアーノルド男爵、そして右にメアリー、クリスティア、狐太郎、デュライン、左にウェルキン、グリット、ロイザード、で座る
ウェルキンはクリスティアの隣に座る狐太郎に嫉妬と羨望が混じった視線を移すが狐太郎は冷や汗をかくばかりだ
そもそも狐太郎がクリスティアの隣を所望したのではなくクリスティアが隣に狐太郎を指名したのだ
そして各自飲み物と軽食が置かれるとアーノルド男爵は口を開く
「粗茶ですが頂いてください。まだ夜は冷えますから」
「有り難うございます」とクリスティアが飲むとウェルキン達も口をつける
「まずはご無事で何よりです。我々は行方不明と言う話を聞き、気が気ではありませんでした」
「その行方不明と言う話は誰から?」
「大臣のドルバ殿です。人を使って精霊の森を捜索したが見つからないと」
アーノルド男爵の言葉にウェルキン達は苦々しい表情をする
クリスティアは探索なんかではなく殺されかかった事を説明する
「なんと!?それが本当なら一大事ですぞ」
「ええ、しかし証拠がありませんから・・」
「ふむ、しかしよくご無事でしたね。護衛のウェルキン殿達ともはぐれ、侍女とお2人だったのでしょう?」
アーノルド男爵の言葉にクリスティアは頷く
「それはこちらにいるコタロー様に助けて頂きました」
言われてアーノルド男爵は隣に座っている狐太郎に視線を移すと狐太郎は軽く頭を下げる
「おお、貴方がコタロー殿ですか。その若さながら剣の腕も立ち不治の病と言われたミラグアム病の特効薬をお持ちだとか。そのお陰でフリッグ伯爵も命を救われたと手紙に書いてありました」
さすがに手紙にはユグドラシル薬とは書かれてなくただ特効薬とあっただけのようだ
数百年作り手がいなかったユグドラシル薬が予備も含めてあと2本もあるなんて知ったらどうなるかわからない
フリッグ伯爵に心の中で感謝した
『はい、すでに特効薬のもう1つはクリスティア様に渡してあります』
狐太郎の言葉に頷くクリスティア
「なるほど。それで国王様も治ると言う事ですな」
「アーノルド男爵、それでお父さ--国王様の容態はどうなのですか?」
「最近は症状が進行してるらしく、お姿を見かけません。無事なのだとは思いますが・・」
「お触れもないのは無事だと信じましょう」
クリスティアの諦めない視線にアーノルド男爵も落ち着きを取り戻す
「そうですね。しかしフリッグ様からの手紙を見て驚きました。本当なのですか?」
「はい。全て事実です」
そのクリスティアの言葉にアーノルド男爵は息を呑む
「やはりフリッグ領の騒動と王都の出来事は繋がっているのでしょうか?」
「おそらく・・・しかしそれを追求してもうまく躱されるだけでしょうね」
どっちも魔族が絡んでいるのはすでに間違いない
後はどう証拠を掴むかだが・・・
「今はほとんどの貴族がアゼル兄様についてしまったようですね」
「はい、かつてルティーナ様やシャルロス様についていた貴族は現在静観を決め込んでいますが、中立だった主な有力な貴族はほとんどがアゼル様についたと言ってもいいでしょう」
悔しそうにアーノルド男爵は語る
「ちなみにですがクリスティア様の方に表立って味方と表明しているのはフリッグ様だけですね。そのフリッグ様もすでに亡くなったとの噂が広まっており、我々の味方をする者はいません」
アーノルド男爵は申し訳なさそうな表情で言葉を続ける
「本当なら私は表立ってクリスティア様の味方ですと公言したいのですが・・・下級貴族ゆえ今は中立と言う立場を取らさせてもらってます」
「本音は我々の味方だと」
「もちろんです。おおっぴらに我々のような弱小貴族が敵対したとわかれば何があるかわかりませんから。よくて放置、最悪は暗殺される可能性も否定できないのです。なので、できるのは裏でコソコソ手を貸すくらいが関の山ですが・・」
「いえ、アーノルド男爵のおかげでこうして王都に帰ってこれたのですから充分です」
「後はフリッグ様が存命だと知らしめればいいのですが・・」
「フリッグ様が存命だとわかれば少なくともこちらに味方する貴族も現れるでしょう」
「到着されるまであまり動き回らない方がよろしいでしょうね」
「そうですな。その間はこの屋敷で過ごしてもらって構いませんので」
「ありがとうございます」
アーノルド男爵の言葉に素直に礼を言う
「さて、そろそろ夜もかなりふけてまいりましたし旅の疲れもあるでしょう。いささか手狭ですが部屋を用意してありますのでゆっくりお休みください」
そう言いながら立ち上がる男爵に、クリスティア達も釣られて立ち上がる
「クリスティア様達を部屋へ案内してくれ」
男爵に言われ侍女がクリスティア達が集まるのをまって歩き出す
部屋は二階の三部屋を使わせてもらえるそうで、真ん中がクリスティアとメアリー、両隣にウェルキン、デュライン、ロイザードの3人と狐太郎とグリットの2人に別れる
「それではクリスティア様おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
「何かありましたら壁を叩いてください」
クリスティアに告げ、彼女らが部屋に入るのを見届けた後、ウェルキン達も部屋に入る
狐太郎もグリットと部屋に入り鍵を閉める
『グリット、どう思う?』
狐太郎はポシェットから飲み物を取り出し椅子に腰掛ける
「アーノルド男爵の事か?」
『うん』
「ずっと表情や動作を観察していたが、別段おかしな所は見受けられなかったぞ」
狐太郎から飲み物を受取りながらグリットは答える
『じゃあ本当に味方って事か』
「コタローは何か含む所でもあるのか?」
飲み物を口にしながらグリットは尋ねる
『ただ単に貴族が好きになれないだけだよ』
苦笑いしながら飲み物を飲む狐太郎
グリットは深くは追及せずに黙っている
『うまく行くかな?』
ポツリと呟く狐太郎
「相手の戦力が未知数だから何とも言えないが、ここまできて簡単に諦めるタマではないのだろう」
『まぁね』
「おそらく我々が王都に入ったことは遅かれ早かれ相手に伝わってるはずだ」
『やっぱりそう思う?』
「ああ、相手も馬鹿ではないだろう。こちらに向かっている情報は掴んでいるだろうし、王都中に監視の目を光らせているはずだ」
『精霊も騒がしかったから何かあるとは思うけど』
「少なくとも以前、クリスティア様寄りだった連中には監視は付けているだろうな」
『早くて明日、近日中には何か動いてくるかな』
「おそらくな」
グリットの言葉に狐太郎は飲み物を一気に飲み小さくため息を付くと、ポシェットから再び飲み物を取り出す
「あまり飲むと明日に差し支えるぞ」
『大丈夫、酔い止めの薬あるから』
狐太郎の返答に苦笑いのグリット
「では、そろそろ俺も休ませてもらうか」
『うん、お疲れ様』
「ああ、コタローも無理はするなよ」
言いながらベッドに潜り込むと大人しくなる
『無理か・・してるのかな・・』
小さく呟いた狐太郎の言葉は寝ているグリットには聞こえなかった
~ある一室~
「クリスティア様達が王都に入ったようですぞ」
「ああ、さっき監視から報告が入った」
「どうしますか?」
「アーノルド男爵の所だな?」
「おそらくは」
「あのタヌキめ・・」
「刺客を放ちますか?」
「捨て置け、それより例の奴を行動に移せ」
「地下牢の第一王子と第二王女の処遇ですな」
「ああ、これでクリスティアを引きずり出す」
「処罰の内容はいかがいたしましょう?」
「任せる」
「わかりました。2、3日中には執行できるよう手配いたします」
「ああ」
「では、失礼します」
バタンと扉から出ていく人物、ドルバを眺めていたアゼルは執務室の椅子に寄りかかる
すぐに侍女が飲み物と薬を用意して持ってきた
「助かる」
礼を言いながら出された飲み物と薬を飲む
「アゼル様、体調はいかがですか?」
「悪くない」
「あまり無理なさらぬようお願いします」
「わかっている」
アゼルの言葉に侍女は素直に引き下がる
「もう少しだ・・」
~地下牢~
「馬鹿な!なんだそれは」
地下牢に閉じ込められている人物、シャルロスが手紙を持ってきた男を睨みつける
「お兄様、なんて書いてあるのですか?」
もう1人にシャルロスは手紙をぞんざいに渡す
それを受け取った1人、ルティーナは手紙を読み進める
「まぁ、フリッグ伯爵は亡くなったの?」
「ルティーナ、そこじゃない。フリッグ伯爵を毒殺した罪を俺達がきせられてるんだ」
いささかおっとりマイペースな喋りのルティーナにシャルロスは軽い眩暈を感じる
「なんで我らがフリッグ伯爵を毒殺せねばならない。そもそもここにいてできるわけがない!」
「そこはいかようにもできますので」
手紙を持ってきた人物、ドルバ大臣は抑揚のない声で話す
「なんでこんな事をする!」
「すべてはアゼル様が王となる為です。その為には王位が最も近いシャルロス様は邪魔なのです」
「ルティーナは関係ない」
「そうしたかったのは山々だったんですが、王族はアゼル様以外生かすなと」
「まて、クリスティアもか?」
「はい。すでに王都にいるという情報はつかんでいます」
ドルバの言葉にシャルロスは驚愕し同時に歯噛みする
ちなみにクリスティアを王都から逃がしたのはシャルロスである
アゼルの企みを知ったシャルロスは情報をデュラインに流したことで王都から脱出する事ができた
逃走経路も馬車も秘密裏に用意して無事に脱出したと報告を受けた時は安堵した
これで最悪シャルロスやルティーナが殺されてもクリスティアがいればと思ったのだが、王都に戻ってきてると聞いて歯噛みしたのだ
何か考えがあって戻ってきたのかもしれないが、頼みのフリッグ伯爵は亡くなっていては何にもできないだろう
「天も見放したか・・」
シャルロスの言葉にドルバは「日にちは追って連絡しますが近日中だと覚えておいてください」と言い残し去っていった
完全に希望を失い脱力しきったシャルロスに黙っていたルティーナは「お兄様大丈夫ですわ」と声をかける
「何が大丈夫なのだ。もはや策は何もない。父上も病気でどうなるかわからん、我々も無実の罪を着せられクリスティアもただではすまないだろう」
「あの聡明なクリスティアですから、勝機があると考えて戻ってきたんだと思いますわ」
「そうだといいんだがな」
「ふふ、きっと我々が及びもつかない事が起こるかもしれませんよ」
ルティーナの言葉にシャルロスも幾分表情を和らげる
「そうだな。昔からクリスティアはそうだった。きっと何か考えがあるのだろう」
「ええ」
「無理はするなよ・・」
クリスティアの安否を気遣うそれは王族だからというより仲良い兄妹のそれだった
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