閑話 過去

~世界樹の麓の村~


時刻は朝

といっても朝食の時間は終わっており、精霊達は各自各々の仕事や趣味に没頭する

その中でミルワースは特にすることもなく、双子の弟ターランの部屋に足を運んでいた


「ターランいる?」


ミルワースの言葉に入口に背中を向けて何かに取り付かれたように机に向かっていたターランは顔だけこちらへ振り返る


「ん?姉上か。どうしたのだ?」


相変わらず目の下に凄まじいクマを作りながらターランは言葉をかける

それを見たミルワースは若干不安そうな顔をする


「あなた、また寝てないの?」

「さっき30分程寝た」

「それは寝たって言わないわ」


盛大にため息をつくミルワース


「本当に介護食つくってもらおうかしら」


そんな呟きも机に向かいガリガリ何かを書いて作業に没頭するターランには聞こえるはずもなく・・・

そしてそのターランが作業している机の後ろ、ミルワースの目の前の小さい台の上に今研究してるものが鎮座していた


「これが?」

「ああ、まだ未完成だが一応形は完成している」


ミルワースには見向きもせず作業に集中しながら返事をする

それは以前にターランがつくったサッカーボール程の水晶だ


「みた感じ以前と変わった所は見受けられないけど」

「何?水晶の透明度が段違いじゃないか!?」


振り返り信じられんという顔で呟くターランだが、ミルワースは改めて水晶を見るがあまり変化がないようにも見える

しかし言われてみれば以前より澄んだ色になっているような気がしないでもない


「ちなみにどのくらい違うの?」

「1.3%だ」


自慢げにどうだと言わんばかりのターランにミルワースは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする

それを凄いと言う意味でとったのかターランのドヤ顔は続く


「そして魔力消費量も以前と比べて段違いに少なくなり、かなり離れた場所からでも・・・」


饒舌に話し始めたターランの説明を聞き流すようにミルワースは水晶に視線を移す


「ねぇ、もう映ってるけど・・・」

「ん?ああ、試しに映してみたんだが・・・ノイズが酷いだろう。コタロー達が森から出てしまい、距離も離れてしまったからな。探知はできるんだが、映像を拾うのがうまくいかない。森の中はカバーできるようになったんだが・・・・」


小さくため息をつくターランはまだ研究を続けねばと水晶そっちのけで机に向かい図面に向かいあれこれと書き足していく

その様子を横目でチラリと見たミルワースは同じく嘆息するが、ある水晶に映った映像に釘付けになる

そして・・・・


「ん?姉上?」


急な魔力の高まりと消失に気づいたターランは振り返るがミルワースはいない


「む?」


椅子から立ち上がり水晶に近寄り覗きこんでみる


「--あっ!?」


水晶にミルワースが映っている

一大事だとターランは水晶を抱えて広間へ走る




「あ、おいターラン。どうしたんだ?そんなに慌てて」


途中廊下を歩いていたアスレーが走ってくるターランに気付き声をかける


「ミルワースが召喚された。広間に集まってくれ」

「--!?」


立ち止まるのも時間が惜しいのか僅かに速度を緩めアスレーに返事をする

アスレーは一言わかったとだけ返事をして仲間を広間に集めるべく行動を開始する




広間にはほとんどの精霊が集まっていた


「それで、ミルワースは誰に召喚されたんじゃ?またいけ好かない高慢な貴族かの?」


開口一番アムエルが口を開くと、何人かの精霊は苦い顔をする


「とりあえず見てくれ」


ターランはアムエルの前に水晶をドンと置く

精霊達は水晶の周りに集まり覗きこむ


「随分ノイズが酷いが・・・む?」


アムエルの言葉に他の精霊も目を開く


「コタローか?コタローが召喚したのか?」

「いや、召喚したのはコタローではない。王女様だ」

「なんじゃと!?」


周囲はざわめき、驚いたアムエルは水晶をじっと見つめる


「しかし王女はそんなに魔力はないはずじゃ。ましては我らを呼び出すなど・・・・・いや、腕輪か?」

「そうだ。王女様にはコタローからもらった精霊の腕輪を付けている。王女の危機に腕輪が反応して姉上が呼び出されたのだろう」


ターランの言葉にアムエルも納得する


「なるほどのぅ。と言うことは王女の属性は光か」

「そうなるな。まだ確証はないが」


アムエルはふむと紡ぎ立派なヒゲを撫でる


「これは多少面白くなってきたのぅ。恐らくミルワースは腕輪を破壊はせんじゃろう」

「ということは・・・」

「王女専属の精霊として契約するかもしれんな」

「あの姉上が・・」


ターランは信じられんと言う気持ちで水晶を眺めている

過去ミルワースを召喚した召喚者(この場合はほぼ貴族だが)は全部一度の召喚で腕輪を破壊している

奴隷紋を施そうとした召喚者もいた

もちろんミルワースに返り討ちにあっているが


ターランは姉のミルワースが好き嫌いが激しい性格だと思っている

あまり表情には出さないが嫌いな時は負のオーラを撒き散らしている

そんなミルワースがクリスティアの専属の精霊として契約するなんて信じられなかった

よほどクリスティアを気に入ったのだろうか


「まぁまだ王女も未熟じゃからわからんがの。そういう可能性もあると言うことじゃ」


そういう話をしていたら広間に光が溢れ、収まるとミルワースが立っていた


「あら、みなさんお揃いでどうしたのかしら?」


場所が広間なのを幾分訝しみながら集まってる一同を見回すミルワース


「あ、姉上!王女の専属精霊になるのか!?」

「あら、どこでその話を?」

「ほ、本当なのか?」


ターランは驚愕の瞳でミルワースを見つめる


「いえ、まだよ。まだ早いわ」

「よく見えなかったがミルワースも力をほとんど発揮できてないように見えたしのぅ」

「えぇ、今のクリスティアだったら2割がいい所でしょうね」


アムエルとミルワースのやり取りにターランら一同はさらに驚愕する

「今後が楽しみね」とミルワースはふふっと微笑む

すると広間のふすまが勢いよく開く


「何だ?もうみんなして集まってんのか?」


いつのまに現れたアグニスが広間の面々を見回す

最近は料理を運ぶ給仕係りに定着しているシェリルとシェリーも一緒だ

しかしいつもと違う雰囲気にアグニスは首を傾げる


「ん?何だ、何かあったのか?」

「大した事ではないんだがのぅ・・・」

「何を言っている爺様!?大事件だ」



・・・・



「なるほどな。あの王女様がねぇ・・・」

「アグニス、問題は姉上の方なのだ」


興奮しているターランを他の精霊達が諌める


「別に知らぬ仲じゃないし大丈夫だろ。と言うかミルワースだけじゃなくて俺も王女様は気に入ってる」


「あと侍女もな」と付け加えるアグニスの一言にターランは固まるがさらに驚きは続く


「あら、私も王女様はいいと思うわ。王族だからって変に着飾ってないし、なんと言うか人間味あるじゃない」

「わたしもー。王女様は友達だよー」


シェリルの言葉に続きシェリーも元気よく手を上げる

すると他の精霊達からも同意の声が上がる


「ターラン、あなたまだ人間はコタローと彼等以外まともじゃないと思ってるの?」


ターランはしばし唖然としていたがミルワースの言葉に我に返るも沈黙してしまう


「失礼する・・」


そしてターランは小さく呟くと広間を出ていってしまう

他の精霊達は訝しみながら出ていくターランを見ていたが、同じく黙って見送ったミルワースは小さくため息をつく


「まだ傷は癒えてないのね・・・」

「まぁターランの気持ちもわかる。過去何があったかは詮索せんが未だ吹っ切れてない所を見ると余程深いんじゃろう」

「ええ・・」


事情を知る1人のミルワースはターランが出ていった方向を心配そうに見つめている


「シェリー、後でターランの部屋に食事を運んでもらえる?」

「うん、わかった」

「後、しっかり寝るように言っておいて」

「えっ!?また寝てないの?」

「ええ、コタローの事になると周りが見えなくなるのは変わらないみたい」


シェリーの質問にミルワースは苦笑いで返す


「でもそれはみんな同じだよ。コタローはわたしたちの家族だもん」


シェリーの屈託のない笑顔にミルワースは「そうね」と返しシェリーの頭を撫でる


「んじゃ一段落したようだから料理を運び込むぞー」


アグニスの言葉に一同はわらわらと席に着く


「いい匂いね。今日は何かしら」


ミルワースが鼻をくんくんさせながら尋ねるとアグニスはニヤリと笑みをつくる


「今日は・・・イタリアンだ」


アグニスの言葉に広間から「おー」や「やったー」等の歓喜の声が上がる

そして料理人と給仕やシェリー達によって運び込まれる料理の数々

今回もその量は膨大だった


パスタは熱々で上に乗っているチーズが程良い感じでとろけていて周囲に堪らない香りを撒き散らしている

カルボナーラ、チキンクリーム、ツナクリーム、ペペロンチーノ、ナポリタン、明太パスタ、トマトとにんにくのツナパスタ、きのこパスタ・・・


ピザも具材がガッツリ乗っておりここにもチーズが具材を隠すくらいこれでもかという程掛かっている

他には米を使ったリゾットやライスコロッケ、米のサラダ(インサラータ・ディ・リーゾ)

スープはミネストローネや魚のごった煮(ズッパ・ディ・ぺシェ)、パンを入れたスープ(ズッパ・ディ・パーネ)等

肉料理も豊富でフィレンツェ風Tボーンステーキ(ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ)、カルパッチョ(生の牛肉を薄切りにしたもの)、ミラノ風カツレツ(ヴェネツィアコトレッタ・アッラ・ミラネーゼ)、仔牛肉の包み焼き(サルティン・ボッカ)、仔牛の骨付きスネ肉の煮込み(オッソ・ブーコ)等

魚料理はアクアパッツアやイカやエビのフリット、イワシの香草パン粉焼き(サルデ・ア・ベッカフィーコ)

等等・・・


そんな暴力的な香りを撒き散らす料理を一瞥するアムエル


「これはうまそうじゃのぅ、では冷めぬうちに頂くとしようかの」

「「「「「いただきます」」」」」


そして一斉に食べ始める

卓上では幸せそうに食べ、会話する精霊達


「シェリー、粉チーズ取ってくれる?」

「はーい、あ、お姉ちゃんそこのエビのフリット取ってー」

「はいはい」


いつもの光景にアグニスも満足そうに頷いて広間を見回しているとミルワースが視界に入った

やはりターランの事が気になるのか先程より幾分落ち込み気味に見えるが、手元にはしっかりクリームパスタを取り寄せている

アグニスは苦笑いを浮かべるとミルワースの方へ歩き出し、横にどっかりと座ると料理を取り始め、徐に口を開く


「・・あいつは、大丈夫だ」


視線は料理に向けたまま、手元に手繰り寄せたマリナーラピザを切り分けながらポツリと呟く


「頭では理解してるんだが、どこかで許せない自分がいるんだろう」

「ええ」


ミルワースはスプーンの上でパスタをクルクルまとめながら返事をする


「なに、コタローみたいな人間も増えてきている。アイツもいい契約相手が見つかれば吹っ切れるだろう」

「そうね、ありがとうアグニス」


ミルワースはターランを気遣ってくれた事に素直に感謝の言葉を述べる


「はっ、別に大した事じゃない。俺もアイツの心情はわかるからな。だから言える」


アグニスは言うだけ言うとタバスコをガッツリかけ、目の前の食事に集中するようにガツガツ食べ始めた


それを苦笑いしながら見ていたミルワースも自身の食事に戻る




・・・・



ターランは急ぎ足で広間を出たもののその足並みは次第にゆっくりになり不意に立ち止まってしまう


「私は・・」

「私は、まだ吹っ切れてないのだろうか・・・」


呟き歩き出したターランはどこか自責の念に駆られている表情をしていた

そのまま部屋に戻ったターランは机に座り込む


「エリシア・・・・私は・・」


か細い呟きはそのまま虚空に溶け消える





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