一章 22 それぞれの思惑

門兵のマキシムを先頭に狐太郎は白み始めた街中を走っている


『は・・っくしょん!!』

「おいおい風邪か?」

『いや、大丈夫。ところでマキシム、門の見張りは大丈夫なのか?』

「問題は無い、こんな時間に街に来る奴は浮浪者か馬鹿だけだ」

『悪かったな・・・』

「そこの角を曲がればウチだ。大した物は無いがな」

『身を隠す場所があれば文句はいわないさ。あばら家でもね』

「ウチはそんなにボロくないぞ。失礼だなコタローは」

『これでおあいこだ』

「かわいくない奴め・・・ここだ、着いたぞ」


一件の平屋の前で立ち止まる

見た目は他の平屋より大きく作りが立派に見える

他所の建物には付いていない煙突が目印だ

木造と石材の、それなりに築年数は経ってる感じが逆にいい雰囲気を醸し出している

しかしいっぱしの兵士の給金で住める場所には見えない

マキシムは懐から鍵を取り出し中へ入る

促されて狐太郎も一緒に入り、内側から鍵を掛け直す


『へぇ、結構広いな』

「だろ?優良物件だったんだ」


中は二間続きで手前に居間謙キッチンで奥が寝室なのだろう

トイレは外で風呂は流石にないようだ

居間には小ぶりながらも暖炉がついていて冬場でも十分暖かい空間になりそうだ


「こっちへ来てくれ」


マキシムは言うと寝室端の壁に付いてる簡易ハシゴを登っていく

狐太郎もそれにつられてハシゴを登る

登りきると2畳程のスペースの建物に出る

マキシムは建物の正面の扉を開け外に出ていく

狐太郎もそれに続くように出ると、6畳ほどの柵が付いたスペースになっている

小さなベランダと言えばわかりやすいだろうか

平屋とはいえ他の平屋に比べて大きな作りであるため近くにここより高い建物は見当たらない

そしてこういう屋根の上にスペースがあるのはここだけのようだ


『へぇ、いいなここ。夜は気持ちよさそうだ』

「だろ?で、あっちを見てくれ」


狐太郎は白み始めで太陽が登ってくる方を眺めていたが、マキシムに言われるままに視線を移すと視界には遠目でもわかる酷く殺風景な広場が見える


『あれが!?』

「あぁ、処刑場だ。後数時間後だ」


狐太郎はその広場を無言で見据えている


「さて、俺はひとまず戻る。後処理もしなくちゃいけないからな」

『後処理?』

「誰かさんが詰所の馬鹿を縛り上げたからな。そのまま放置してたら侵入者がいたってバレるし、一緒に見張りをしていた俺が無事なんて知れたら疑われるからな」


訝しげに振り返る狐太郎に苦笑しながらマキシムは答える


『忘れてた・・・』

「まぁあの酒には眠り薬も入ってるからちょっとやそっとじゃ起きないだろうがな」

『そんな事してるのかよ!』

「言ったろ?仲間じゃないって。嫌々従わさせられてるんだ。このくらいは範疇だろ?」

『ほんと人望ないんだなダルマって・・・』

「ははっ、まぁ俺はちょっと戻る。交代の時間もそろそろだしな。時間までには戻るつもりだがそれまではゆっくりしていて構わない」


言うが否やマキシムは戻って行った




・・・・・・




その頃ウェルキン達3人は


「外が明るくなってきましたね」


高い格子窓から映る景色を見上げながらデュラインは呟く


「コタローは間に合わなかったか」

「どうでしょう。彼の事だから来ないと言うことはないと思いますが」

「大方着いたはいいが入りあぐねているか、我々の場所がわからず走り回っているのかもしれんな」

「どのみち暴れるつもりだから1人増えようが減ろうが関係ない」


ウェルキンは言いながら魔法袋をポンポンと叩く


「それなんですがウェルキン、我々は両手を縛られるのですよ?どうやって武器を取り出すのです?」

「なんだと?」

「まったく・・・少し考えればわかると思いますけどね」

「う、うるさい!ではどうするのだ!?いっそ今すぐ脱出するか」

「却下です。それこそクリスティア様に危害が及びかねない」

「ならどうしろと言うのだ!!」

「ウェルキン落ち着くのだ、デュラインには何か考えがあるのであろう?」


ロイザードの問にウェルキンもデュラインに向き直る


「まぁ考えって程でもないですが。悪あがきはするつもりですよ」


デュラインがそう呟くと地上への扉から白銀の鎧の兵士が降りてくる

手には食事のトレーを持っている


「食事だ。これを食べ終わったら・・・」

「ふん、最後の飯って事か」


兵士の呟きに、ウェルキンは納得の表情だ

だが諦めの表情ではない


「それについては少し力になってもらいたいんですが」


デュラインは差し出された食事に手を出しながら兵士に話しかける


「何だ?脱獄の手伝いとかなら無理だ。人質が・・・」


俯いた顔を上げながら兵士は苦渋の表情をする


「私達もそうしたいのはヤマヤマなんですがクリスティア様に被害がいく事はしたくないんですよ。大丈夫、そんな重荷になるような事ではありませんよ」

「一体何だ?できる限り力になりたいが・・・」

「私兵に聞かれてはまずいのでもう少し近づいてもらえますか?ウェルキンとロイザードも」


言われるままにデュラインの周りに集まる3人

兵士は格子越しだが


「ちなみに処刑場まではあなたが先導するのですか?」

「ああ、奴ら私兵は面倒くさくて俺たちに全て押し付けてくるからな」

「結構です。あ、失礼ですが名前は?」

「?グリッドだ」

「ではグリッド、あなたにやってもらいたい事は一つです」


。。。。



「わかった。それくらいなら簡単だ。だが大丈夫なのか?」

「えぇそれだけで大丈夫です」


兵士・・グリッドの心配そうな表情にデュラインは大丈夫ですと自信の表情だ


「おい!時間だぞ。とっとと縛り上げて処刑場に移動しろや」


その時入口あたりからダムルの私兵が大声で叫びながら降りてくる


「それでは行きましょうか」


デュラインの言葉にウェルキンもロイザードも立ち上がる


「ホラ、コイツでさっさと縛りあげろグリッド!」


私兵がグリッドに縄を投げる

そして懐から取り出した鍵で牢を開け、グリッドは受け取った縄を手に持ち牢屋に入る


「じゃあ縛るから大人しくしていてくれよ」


大人しく後ろ手に縛られるウェルキン達に私兵は幾分機嫌がよくなったようだ


「くっくっく。飯はちゃんと味わって食ったか~?人生最後の飯なんだからよー」


ぎゃははと私兵は笑う


「ええ、噛み締めて食べましたよ。最後の食事ですから・・・ここでのね・・・」


デュラインの最後の言葉は小さくて聞こえなかったようで私兵は上機嫌のままだ


「くはは。さすがのてめぇも死の直前でビビったか。今更おせぇけどな。相手が悪かったなぁ」

「縛り終わりました」

「んじゃ行くぞ。外に護送車が用意してあるからそこまで連れてけ」


縛られた姿のウェルキン達をチラリと一瞥する

私兵が歩きだし縄を持ったグリッドが続き後にウェルキン達が続く



・・・・・・・・・・・



~同時刻、クリスティア達~


「今は何時くらいなんでしょう。外が見えないので時間がわかりませんね」

「今は明け方だ」


クリスティアの呟きに答えたのは扉から入ってきた兵士だった


「食事を持ってきた」


兵士がトレーを差し入れる


「食欲がありません・・・」

「ローリア様、少しは食べなくてはお身体に障ります」

「ローリア様いただきましょう。何かあった時に動けなくては仕方ないですから」


ローリアはクリスティアの言葉に顔を上げる


「クリスティア様・・・クリスティア様は諦めてないんですね」

「はい、最後まで何があるかわかりませんから。意外としぶといんですよ私」


そう笑顔を見せながら出された食事に手をつけるクリスティア

メアリーもそれを見て食べ始め、ローリアもしばらくクリスティアを眺めていたが食事を始めた

しばらく兵士は大人しくしていたがタイミングを見計らい口を開く


「食べながらで構わないんで聞いてください。食事が終わった後、外へお連れしろと言われてます」

「外へ?何処へ行かれるのですか?」


クリスティアの当たり前の問に兵士は一瞬逡巡する


「処刑場へご案内しろとダムル様から言われています・・・・」

「それは・・・・・」


鳥も直さずウェルキン達の公開処刑があると言うことだ

ローリアは俯きメアリーはショックに言葉を失っている


「クリスティア様とお付きの侍女はお連れしろと・・・・」

「そうですか、わかりました」

「クリスティア様・・・」

「大丈夫です、大丈夫」


自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐクリスティア

その後言葉もなく食事をする音だけが響く


「おい!そろそろ時間だぞ!広場へ案内しろ」


入口から怒鳴る声が聞こえてくる

ダムルの私兵だ


「行きましょうメアリー」

「クリスティア様・・・」

「ローリア様、諦めないでください。私も諦めませんから」

「クリスティア様・・わかりました。どうかお気を付けて」


兵士はローリアに頭を下げるとクリスティアに行きましょうと声をかける


「縛らなくて良いんですか?」

「武器ももたないのにそんな必要はありません。もっとも体面は保護と言う名目らしいので縛るわけにはいかないのでしょう」


クリスティアはなるほどと内心安心した

何かあれば狐太郎からもらった杖を使える

それはメアリーも同じだったらしく顔を見合わせうなずき合う

そして兵士を先頭に歩き出す


「思ったよりビビってねぇんだな。事が終わればそこの侍女は俺達のものだってのによ」


私兵が絡み付くようなイヤラシイ視線をメアリーに向け、体に触れようと手を伸ばす

メアリーは恐怖に固まり動けない

その視線を遮ったのはクリスティアだ

私兵とメアリーの間に自分の体を滑り込ませて視界を遮る


「あぁ!?なんだよ王女様よー?」

「手は出さないはずでは?」

「別に構いやしねぇだろ!!もう決まったようなもんなんだからよ!」

「まだ何も決まってません」

「決まったようなもんだろうが!!あんたら味方がいなくてここの伯爵を頼りに来たんだろーが?それが無駄に終わったんだ。もう縋るもんもねぇだろ。何も覆らねぇよ」

「まだ・・わかりません」

「あぁ!?」

「まだすべてが決まったわけではありません。少しでも可能性がある限りわた・・」

「だーかーらー!その少しの可能性がここの伯爵様だったんだろ?ならもう無駄じゃねえか。だから諦めて俺様達の・・・」


言いながら伸ばした手を白銀の鎧の兵士が弾く


「その辺にしてくれないか」

「何だてめぇ。俺に逆らうのか?」

「守るべきものの為なら命を捨てる覚悟はいつでもできている。これ以上手を出すなら貴様と刺し違えてでも阻止する」


兵士の鬼気迫る迫力に私兵は、小さく舌打ちをして先にいってしまう


「ありがとうございます。えーと・・・」

「ボルグだ。王女様、すぐに助けられなくて申しわけない」

「いえ、ボルグ様も立場が悪くなるかもしれないのに助けてもらって・・・」

「構いません。私もあ奴が嫌いなだけですから」

「そうですか」


クリスティアは少しホッとして笑顔を見せる


「私も王女様に倣って最後まで足掻いてみようと思います」

「ボルグ様・・」

「ボルグで構いません。一兵卒に様など不要です」

「ではボルグさんとお呼びしますね」


ボルグは一兵卒と言っていたがクリスティアはどうにも違和感を覚えていた

一兵卒にしては雰囲気がベテランのそれである

しかし本人が聞いても答えてくれなそうなので口に出すことはしない


「では王女様、行きましょう」

「・・・はい!」


ボルグに促されてクリスティアとメアリーは歩き出す


先にあるのが絶望ではなく希望だと信じて




・・・・・・・・・




~さらに同時刻~



空が白み始めた頃、街中を疾走する全身黒い衣装の1人の男がいた

男は建物の影になる部分をうまく使い人目に付くことはない


「ふむ、やはり怪しいのはあの・・・」


小さく呟く

誰にとも聴かれる事ないその呟きは疾走する風に巻き込まれ他者には聞き取れない

実際男の存在に気づくものはおらず、明け方と言うこともありまだ領民は寝てる時間で、よしんば一般人が外にいても素人には男を視認するには無理であろう


「黒幕は別にいそうですね・・」


闇夜ならいざ知らず、明るくなり始めた街で屋根伝いに移動は目立つ

それゆえ地面を建物の影をうまく利用しながら移動している


その男が急に近くの建物の影にピタリと止まり身を潜める

人が出てくる気配がしたからだ

案の定隠れた建物の扉から1人の兵士が出てきた

そのまま走ってれば鉢合わせしたことは想像に難くない

建物から出てきた兵士は白銀の鎧を身につけている


「賭けだな。フリッグ様も様態が良くないと聞く。これが最初で最後のチャンスだ。頼むぜコタロー」


歩きながら1人の呟く兵士は再度自身が出てきた建物を見据える

そしてやおら走り出す

兵士が走り去り街は再び静けさを取り戻した頃、男はゆっくり動き出す


「ふふ、まさかこんな展開に・・・つまらない仕事が少しは面白くなりそうですね・・・・」


そう呟くと男は再び疾駆する






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