あなたとわたし

キナコ

あなたとわたし

あなたとトオルは生まれる前から出会っていた。

高校時代から仲の良かった二組のカップルが結婚し、それぞれ男の子と女の子をもうけた。それがあなたとトオル。

あなた達は赤ちゃんの頃から一緒に育ち、何をするのも一緒だった。

どちらが自分の親か、どちらが自分たちの子どもか、誰も気にしなかった。

四人の親に、二人の子ども。そんな風にあなた達は成長した。


二組の夫婦で始めた会社は順調に大きくなって、隣同士に家を建てた。

ご飯もお風呂もあなたはトオルと一緒。ただ、いくつかの決め事が親同士で話されていたと、あなたは大きくなってから聞かされた。例えば、日曜は自分の家で夕飯を食べる。お風呂は五年生まで。部屋にいるときはドアを開けておく。あなたは何の疑問もなくそれに従って日々を過ごした。

あなたは幸せだった。毎日が楽しかった。友人はあなた達が二卵性だと思い込んでいたようだった。あなたもトオルもそれを否定しなかった。否定したところで、二人の繋がりを表す言葉をあなた達は持っていなかった。


本当にそうだったのだろうか。あなたはここでいつも考え込む。

ひょっとしてトオルにはトオルの言葉があったのかもしれない。

それはあなたが想像もできない言葉だったのかもしれない。

けれどそんな言葉があったのだとしても、もう知るすべはない。

だからあなたはいつも自分を責める。

なぜ、気づけなかったのか。あんなに近くにいたのに。


あの日とそれ以前の日々との違いをいくら考えても、あなたにはわからない。

いつものようにあなたとトオルは一緒に学校から戻ると玄関先で別れてお互いのうちに帰った。あなたは着替えてから、参考書を抱えてトオルの部屋に行った。二人で試験勉強をするつもりだった。

そこで、あなたは首を捻じ曲げてぶら下がるトオルを見た。

そこから、あなたの記憶は曖昧になる。


パパとママはトオルの両親に会社を譲り、あなたの療養のために静かな町に引っ越した。あなたは長いあいだ町外れの療養所で暮らした。

自分の成人式が何年前だったかあなたは覚えていない。

自分が幾つなのかもあなたには確信がない。でも、もう若くないことはわかっている。パパの髪もママの髪もずいぶん白くなった。


いつだったか、あなたはトオルと手の大きさを比べたことを覚えている。

トオルの手は大きかった。

いつの間にそんな大きな手になったのか、あなたは驚いた。その大きな手があなたの乳房を包み込んだ時、あなたは守られていると感じた。

自分に降りかかる災いは、この手がすべて振り払ってくれると信じた。

けれど、それは幻想に過ぎなかった。


トオルがいなくなってからも、あなたは幻想のなかに住み続けた。

そこからあなたを連れ出してくれたが彼だった。

彼は大きな手をしていた。

彼はその大きな手であなたを支え、幻想ではない確かな居場所をつくってくれた。

あなたは守られるだけではなく、守りたいと思うものを見つけたと思った。

あなたは自分の暮らしを取り戻すために、療養所から紹介された小さな事務所でパートの仕事を始めた。

最初は療養所から、やがて家から通えるようになった。

そのあいだも彼はあなたから目を離さないでいてくれた。


明日、あなたは結婚する。

こうしてこれを書くことで、あなたはトオルのすべてを葬り去ろうとしている。

書き終えたら燃やすつもりだ。

もっと昔にそうすべきだったのだと感じる。

彼の大きな手を見ても、あなたはもうトオルを思い出すことはなくなるだろう。

そうなれば、やがてわたしも消えると医者は言う。


トオルの両親に送った招待状の返信は、長い手紙に同封されていた。

そこには心からの祝福と抑えきれない喜びが綴られていた。



〈了〉

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