第五章:断ち切れない執着
1.恋の呪い
立て続けに三人の犠牲者を出した連続殺人事件は幕を閉じた。
犯行現場と思われる工房にて犯人は自殺し、死体で発見された……と、ニュース番組は報道する。
間違いなく「
二年前のあの殺人鬼が再び現れた、と公にすることは憚られる。
「
しかし相変わらず「捕食者」の犯行に関する証拠は一切出て来ず、上からの操作許可が下りなかった為、月城泉澄をはじめとする刑事達は今も納得しておらず思いをくすぶらせるばかり。
証拠さえ出れば……と警察関係者は誰もが望んでいたが、その望みは絶対に叶わないだろう。
「捕食者」という殺人鬼は証拠を出さないから、二年経った現在も捕まえられていないのだから。
どうして阿佐美を殺したのか、どうして突如現れて殺人を犯したのか、それらは何一つわかっていない……。
「ま、僕らは『捕食者』の名前、知ってますけどね~」
声を弾ませ軽快にタブレットをタップしているのは綾子だった。
阿佐美が「模倣者」と判明し、月城をさらったあの事件から半月が経過した今。
二学期の始業式を目前に、綾子は自分の所属する教室で机を囲んでいた。
彼と向かい合うように席に座っているのは百合で、机に腰を下ろしているのは不死原だ。
まだ夏休みの真っ最中だが、今日は準備登校という行事のせいで一年生と二年生は登校を義務付けられていた。
数日早く学校へ登校し、校内の掃除をさせられるという苦行としか言えない年に一度の行事である。
そしてその大掃除を終えた昼下がりに、三人は綾子の教室に集まっていた。
「あの、綾子さん。影浦さん達はいらっしゃらないんですか?」
「先に帰っちゃったんですよ~。せっかく皆さんが揃う貴重な日だったのに」
月城は用事があると言って誘いを断り、影浦は気が付いた時にはとっくに下校していたのだ。
せっかくの殺人鬼探し同盟なのにーと綾子は頬を膨らませるが、そう思っているのは彼だけだろう。
百合は殺人鬼の話が出来る相手を求め、不死原は暇つぶしの為にここに残っている。
「でもおかしな報道ですよね。あの方の犯行だというのは間違いないのに……どうして報道されないのでしょう? どこかで話題になってたりはしないのですか?」
「それがネットの方でも微妙なんですよね~……まぁここでは話題になってますけど」
綾子がそう言って見せたのは、殺人鬼好きなマニアの集うキラーファンというサイトだった。
「
「っていうか、僕的に凄く不思議なのが……不死原先パイの犯行もそのまま阿佐美先生のせいになってますよね? どうやったんですか?」
「あ? 別に何もしてねーよ」
綾子に話を振られると、不死原は答えるのが面倒くさそうに口を開いた。
そしてボリボリと彼は首に巻かれている包帯を掻く。
「仮にオレの髪だの皮膚片だのが出ても、オレには前科がねーからな」
「ははあ……検索がヒットしないわけですね」
「そーゆーこと」
本当にどこまでも悪運が強い人だ……と綾子は改めて感心した。
一応日本の警察は優秀で、このキラーファンに載っている逃亡中の殺人鬼達も時が経てば着々と捕まって行っているというのに……。
と、タブレットに視線を戻すと綾子は画面を見てふき出した。
その画面には「
(ふ、不死原先パイのことだ……)
「どうかしたか?」
「い、いえ……何でもないです」
誰がどこから嗅ぎつけたか知らないが、概要には〝「模倣者」に犯行をなすりつけた〟と書かれてある。
因みに綾子はこの記事は書いていない。
綾子が無言でタブレットの電源を切ると、百合がポツリと呟いた。
「それにしても、まさかあの方が月城さんをお慕いしていたなんて……」
「やっぱり嫉妬します?」
「嫉妬だなんて恐れ多いです! 私は愛されるよりも愛する方が好きですから……あ、でも痛めつける愛でしたら是非愛して頂きたいですけど」
「気色悪ぃからオマエは喋んな」
「捕食者」が月城に想いを寄せていること、そして去年の夏に人前に出没して月城を見ていたことは阿佐美が殺された翌日、彼女の口から全員が聞いていた。
そして綾子や百合はその話を聞いて納得していたのだ。
月城のねじれた運命は、彼の恋心が原因だと。
「〝恋は呪いだ〟なんてどこかで聞いたことがありますけど、ちょっと喜べないですよね~」
「ではどうすれば月城さんの悩みは解決するんでしょう? 運命を戻す為にも、あの方を探しているというのに……」
「んなの簡単だろ」
恋とは縁遠いと思われる不死原から声が上がり、二人は驚いて顔を上げた。
「フっちまえばいい」
「……あぁ~」
綾子と百合は揃って頷く。
確かに単純な話だ。彼からの恋心が原因で悲惨な運命を歩んでいるのなら、その恋を諦めてもらえばいい。
「捕食者」に恋という執着を手放してもらえば、全てが解決するだろう。
「でも、どうやってフるんです? 普通断る時って直接会いますよね?」
「フラれたことがある口か、アヤコ」
「違いますよ!」
不死原にからかわれて怒る綾子だったが、確かに彼の言う通りだった。
「どちらにしろ、あの方を見つけないといけない……というわけですね」
「まぁツキシロがフろうがOKしようが、オレが殺せばそんなの終わるだろ」
「いえいえ……わかりませんよ……恋心っていうのは本人がいなくても念として残るものですから……」
「……やっぱりオマエ何かあったろ? 昔」
「ないですって!」
ならどうしてそんなに震えて怯えてるんだ、と言おうとして不死原はやめた。
興味が途中で途絶えたからだ。
「しかし、あの方は今でもどこかで月城さんのことを見守っているということですよね?」
「そうなりますね。まるでストーカーですね」
「では……私達があの方を見つけない限り、月城さんはずっと殺人鬼を引き寄せ続けてしまう、ということなんですね」
百合は悲し気な目をして俯いた。
どういう形にしろ決着をつけない限り、月城は永遠に事件に巻き込まれ、命を狙われ続ける。
下心を晒してしまえば百合は彼女と自分の立場を替えて欲しくてたまらなかったが、彼女は自分と違って普通と日常を望んでいる。
その境遇には同情せざるを得ない。
百合のその言葉に場は白けてしまったが、ややあってから綾子が口を開いた。
「まあ、彼が実は隠れずに表に出ていることもわかりましたし、今回に至ってはまだまだ殺人鬼として現役みたいですし……。僕等のやることは変わりません」
彼は初めて五人を集めた日と同じように人差し指を立てて、言い放つ。
「彼を……。殺人鬼を、探しましょう」
三人しかいない教室に、セミの鳴き声が響いた。
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