7.眼前の狂気
早足に元来た道を戻り、駐車場に出ると二人は足を止めた。
確認したかった死体は見られたが、結局「模倣者」の犯行だという確信は九割しか得られていない。
「……何で人を殺すんだろう」
「?」
呟かれたその言葉に振り向くと、月城は赤く汚れた水飲み場を見つめていた。
排水溝からは水が流れる音が微かに聞こえる。
「『捕食者』も、今回の『模倣者』も……何で人を殺すの?」
「……『模倣者』はあいつの真似をしたいから、殺してるんじゃないのか?」
「じゃあ『捕食者』はどうして? ユラさんっていう婚約者がいて、大切な人がいたはずなのに……人を殺す理由は? 殺さなきゃ生きていられないの?」
人が人を殺すのは、ほんの少しの癇癪が大半のはずだ。
または嫉妬かもしれないし、恨みつらみからかもしれない。もしくは不慮の事故。
だが影浦達の探している、追っている殺人鬼という人種は全く別の観点で人を殺している。
月城の言う通り、殺さなきゃ生きていられないという動機の殺人鬼も……いるかもしれない。
だがそんなことを理解する必要はないし、知る必要もない。
影浦はそう答えようとしたが、それは何者かに遮られた。
「人を殺す理由なんて、殺してぇからに決まってんだろ?」
聞き覚えのある声に二人は耳を疑った。
つい数分前、この駐車場に訪れた時は誰もいなかったのに……と、視線を巡らせる。
すると声の主は「公園利用者のみ利用可能」と書かれてある看板の影から姿を現した。
「殺すことに理由が必要か?」
「……不死原先輩?」
月城が名前を呼ぶと、彼は面白そうに口角を吊り上げた。
喫茶店の前で別れたはずの彼がどうしてここに? という疑問と、どうしてこのタイミングで目の前に現れるんだ? という疑問が同時に浮かぶ。
「どうしてここに……帰ったんじゃないんですか?」
「いやあな、どう騒ぎになるか見てみたくってよ。この辺りをフラフラしてたんだが……オマエらこそ何でこんなところにいるんだ?」
「あたし達は騒ぎを聞いて公園に来たんですけど……ちゃ、ちゃんと『模倣者』の犯行かどうか確かめておきたくって……」
「なるほどなぁ……」
ニヤニヤと笑うばかりの不死原は月城と会話をしながらも、決して影浦から視線を外さなかった。
まるで挑発しているかのようなその笑みと声の調子に、影浦は頭を回転させる。
どう騒ぎになるか見てみたくて、辺りを徘徊していた。
騒ぎというのはあの死体のことか?
どうしてあの死体のことを知っている? それにどうして通報しなかった?
いや、通報は確かにしないタイプにも見えるし、彼は野次馬根性も十分に持っていそうな性格だ。
だがどうしてこの場所ピンポイントに現れた?
それに、綾子からの招集に遅れた彼はまだ髪の毛が濡れたままで、百合に結ばれた髪もそのままだ。
きっとずぼらな性格なのだろうと察しはつくが……それだけか?
本当に、彼はシャワーを浴びていたから集合に遅れたのか?
「……」
「何だよ、言いたいことがあったら言ってみろ? カゲウラ」
「…………蛇口」
口をついて出た言葉に月城は首を傾げ、不死原は喜んだように見えた。
「蛇口を……締め忘れていかなかったか? あんた」
「いんや~? 締めたつもりだったけどなぁ」
「……遅刻の理由を聞いてない」
「聞かれてねぇしな」
本来今朝は学校にまず集合して、それから綾子の行きたい場所に行く予定だった。
だが不死原は学校には現れず、目的地に直接行った。
綾子は電話で連絡が来たから現地集合にしたと言っていたから、その時に場所は聞いたのだろう。
あの喫茶店と、この公園との距離は……さほど遠くはない。
「あんた、どうして今日遅刻したんだ?」
「……影浦君?」
影浦の言わんとしていることを微かに感じ取り、月城が不安の色を見せる。
「今頃遅刻した理由を聞いてどうすんだ? もう用事は済んだろ?」
「ただの寝坊か?」
「さあな」
「じゃあ本当に朝、暑かったからシャワーを浴びて来たのか? その髪は」
指摘された髪をいじりながら、不死原はご機嫌に答える。
「ま、確かに暑かったからなぁ……。頭から水は被ったぜ」
「ここでか?」
影浦は水飲み場を指差した。
まだ赤い汚れはこびりついている。
「さあ? そうだったかもな」
不死原は答えをはぐらかすが、彼の顔はそうだと肯定していた。
いつまでも笑顔を絶やさない不死原を見据え、影浦は困惑と怒りをどう処理しようかと考えあぐねる。
だがいくら考えたところで、結局それらの感情は軽蔑というものに行き着くのだとわかっていた。
「あんたが殺したのか」
「……証拠がねぇ」
不死原は否定しなかった。
それでもう十分だ。
「証拠なんかなくても、あんたを警察に突き出せば済む話だ」
「なーんのことか知らねぇなあ。オレはただ、あの喫茶店に行く前にこの公園に寄っただけだぜ? そんでその後もこの辺りをうろついてただけだ」
「ふざけんなよっ……!」
掴みかかろうとしたその瞬間、影浦のスマートフォンが着信音を鳴り響かせた。
こんな時に、と画面を確認すると発信者は「綾子」と表示されている。
綾子に邪魔された気分になり、通話ボタンを押すのと同時に声を上げた。
「何だ!?」
『なっ……何怒ってるんです?』
「よくも最悪なタイミングでかけてくれたな……」
『えっとー……あのー……』
受話口の向こうで綾子が言葉に困っていると、綾子の隣から百合の声が聞こえる。
『影浦さん、今そちらに不死原さんがいらっしゃいますか?』
「あぁ、目の前でムカつく顔してやがる」
『不死原さんと月城さんを連れて、一度学校へいらして下さい。「模倣者」とそちらの公園で発見された死体についてわかったことがありますので……』
「?」
『と、とにかく一旦学校に来て下さいよ~。そこにいられると困るんです!』
最後に綾子が声を上げると電話は一方的に切られてしまった。
恐らくまた彼の情報網ですぐさまあの死体のことを知ったのだろうが、一体何がわかったというのか……。
「な、何だって?」
「……あの死体についてわかったことがある、って」
おずおずと月城が尋ねると、すっかり熱が冷めてしまった影浦は落ち着いた声で答えた。
そんな彼を見て、月城は胸をなでおろす。
「学校に来いってよ、あんたも」
「オレも? 何だよ……用事は一回で済ませろよな」
本当は不死原のこと等置いていきたかったが、綾子や百合から問われる方が面倒なので一応声をかけると、不死原はやれやれとため息を吐きながら歩き出した。
一応素直に学校へ行くつもりらしい。
だが数歩歩いたところで不死原は突然振り返り、月城へと視線を投げかけた。
「よかったなあ、あのおまわりに手ぇ出されなくて」
「……え?」
「顔見なかったか? あの心臓の件の時、一緒にいたおまわりだろ?」
「!」
その言葉に記憶が掘り返されたのか、月城は口元に手を当ててよろめく。
大丈夫かと影浦が寄ろうとしたが、彼女は足を踏ん張って体勢を立て直した。
「大丈夫……だけど」
「だけど何だ?」
「もし、影浦君の話が本当だったとしたら……」
顔を上げた月城は、真っ直ぐ不死原を見つめた。
そして、眉をひそめて声を絞り出す。
「あたしのせい? 不死原先輩がここにいるのって……」
この殺人鬼探しから抜けないと豪語した以上、弱音を吐くことは出来ない。
そう彼女は覚悟を決めていたが、それでも後ろめたさのような罪悪感のような感情に飲み込まれそうになる。
「あたし、殺人鬼を引き寄せる体質……なんだよね?」
――だから、不死原先輩も今ここにいるんでしょ?
その言葉に、影浦は返す言葉を見つけられなかった。
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