3.不穏の警鐘


「……は?」



 脳内反省会をしながら次の言葉を探していると、とんでもない言葉が飛んできた。

 一体どこをどうしたらそんな話になるんだ、と影浦は間抜けな顔になる。



「だってあたしが聞く限り、凄く大事に思ってそうだし……幼馴染だったんでしょ? 好きじゃなかったの?」

「聞く限り……って、大して話してもないだろ」

「でも……後悔してるんでしょ? 思い詰めるくらい」



 顔を見て、彼女も軽いノリで聞いているわけではないのだなと思った。

 いつもの真っ直ぐな目で、茶化すような素振りもなく。

 ただ、違うの? と月城は尋ねていた。



「……に何の抵抗も出来ずに、ただ殺されるのを見てるしかなかったんだ。後悔しない方が無茶な話だ」

「それは……そうだね、ごめん」

「好きだとか好きじゃないとかは……よくわからん」

「わからんって……何とも思ってなかったってこと?」

「異性の幼馴染に恋するなんて、漫画の中の話だろ?」



 そう返すと月城は確かに……と納得したようだった。

 好きかどうかは本当にわかっていないし、真面目に考えたこともなかった。

 特別扱いしていたわけでもなく、煩わしく思っていたわけでもない。



(いや、でも……もしかしたら……日和は)



 気が付くとひょこひょこと後ろをついて来ていた彼女は、きっと自分に自信がなくて、臆病で、争いごとが苦手で、そういうのを避けて静かに過ごしていた自分に隠れていたいからだと思っていたが……。

 今思えば、彼女は自分のことを好きだったのかもしれない。

 しかしそれに気付いても心拍数や体温の上昇が現れないところを見ると、やっぱり自分は彼女のことを何とも思っていなかったんだろうと思い知る。



「……薄情者だな、俺も」

「?」



 何か言った? と隣の少女は首を傾げたが、何もと返した。

 頭の中の少女は、いつも通り俯いてばかりだ。



「日和さんってどんな人だった?」

「……この話続けなきゃダメか?」

「うん、じゃあやめよう」



 ブランコを大きく揺らして、月城は勢いよく立ち上がった。

 空になった缶をゴミ箱へ捨てに、ブランコの柵を跨いでまた自動販売機のある方へと行ってしまう。

 その背中を見送ってから、影浦は手の中にあるペットボトルへ視線を落とした。

 そしてキャップをひねりようやく蓋を開け、水を喉へ流し込む。



(月城と日和は別人……俺が責任を感じなければならないことは何もない。……だとしても)



 みすみす殺人鬼の餌食にする理由にはならない。

 きっといくらこれ以上説得しても、彼女はこの殺人鬼探しから抜けることはないだろう。

 だが十中八九……いや、いずれ必ず「捕食者」は彼女の前に再び現れる。

 持ち出したナイフの意味はわからないが、月城が生きている限りは彼女を探し、また彼女もを探し求めるのだ。

 二人が再会して、果たして彼女の運命が元に戻るのかはわからない。

 だが、殺されるのを阻止することくらいは……影浦にも出来る。



(同じことを繰り返してたまるか。……今度こそ、絶対に)



 ペットボトルを握りしめていることに気が付いたのと同時に、向こうから月城が駆け足で戻ってきた。

 何か用事でも思い出したのか? と思えるような慌てぶりに影浦は腰を浮かせる。



「どうかしたか?」

「サイレン聞いた!? パトカーのサイレン!」

「いや……気が付かなかったが……」

死体が出たって!!」



 また、という言葉に影浦は息をのんだ。

 生きていれば毎日誰かしらが息を引き取り、この世から去る。

 その死因は様々だが、なるべくなら老衰であることの方が望ましいだろう。

 だが警察が動いたうえで発見される死体というものの大半は、残念なことに。

 何者かによって殺されたものなのだ。


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