第二章:足りないカトラリー

1.過去の夢



 夏の強い日差しが地面に反射して、黒いはずのアスファルトは真っ白に輝いていた。

 暑さと日差しにやられ、汗でシャツが肌に張り付いている。

 喉が渇いた、水が欲しい。

 だが飲み水は手元になく、額から次々と流れる汗に体内の水分はどんどん失われていく。

 暑い、眩しい、痛い、汗が止まらない、痛い、痛みのせいで汗が止まらない。

 打ち込まれた両の手の平の感覚は失いつつあった。


 どうしてこんなものを、何のためにこんなことを。


 そう何度聞いても奴は答えない。

 年端も行かない少女を熱いアスファルトに寝かせ、身動きが取れないようにして服を脱がせて晒しものにする。


 そんなことをして何が楽しいんだ。


 しかし答えは返って来ない。

 むき身になった少女の白い肌は日差しにさらされますます白く輝く。

 白く、美しく、まばゆく、その白さが痛い程目に刺さる。

 やがてその白は赤色に侵食されて行き、眩しさは失われていった。

 白い肌の下から現れた赤色。

 白、赤、白、赤、と交互に飛び込んで来る色に眩暈がする。

 暑さと汗と眩暈に吐き気を覚え、それでも気を失ってはいけないと何とか意識を保ったが……次に目に飛び込んで来たのは。


 黒。


 二つの丸い黒が、誰かを反射させている。

 あれは誰だ? 具合の悪そうな、顔色の悪い……今にも倒れてしまいそうな。

 あれは……誰だ?

 ぼんやりしてきた頭でそう考えていると、耳を刺すようにある言葉が聞こえた。




――しっかりと、見ていて






「っ……」



 それが夢だと気付いたのは飛び起きてからだった。

 まだ大して気温も上がっていない時刻だというのに、汗だくで喉の渇きが尋常ではない。



「……また、夢……か」



 影浦は呼吸を整えながらそうぼやいて布団を出る。

 シャツも髪も汗に濡れ、不快極まりなかった。

 まだ誰も起きていない静かな家の中を、足音を立てないようにして歩く。

 洗面所でシャツを脱ぎ捨て顔を洗ったが、まだ気持ち悪さが胃の辺りに残っていた。



「……夢なんだよ、あれは」



 自分にそう言い聞かせる。

 何度も何度も言い続けているのに、それでもあの夢を見る。

 あれは夢であり、過去だ。

 どうあがいても変えられはしない。

 やり直すことは出来ない。



「……やり直そうなんて思うな、俺」



 どんなに顔が似ていても、中身は正反対だ。

 今自分の近くにいる彼女は強く、真っ直ぐな性格をしている。

 頭の中に住んでいる彼女は弱く、大人しい性格だった。



(似ているだけだ、代わりじゃない。そんなことは俺だってわかってる)



 殺させない。

 どうしてあんなことを言ってしまったのか、それは今でもわからない。

 ただあの言葉は後悔しか生まなかった。



「?」



 自室に戻りスマートフォンを確認すると、夜中の三時にメッセージが一件入っていた。差出人は、綾子。



「……俺、連絡先教えてねーよな。つか、時間を考えろ」



 彼の顔色の原因が判明したところで、影浦は嫌々メッセージを開いた。



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