曽根崎ストリップ劇場殺人事件

しゃくさんしん


 曽根崎ストリップ劇場でダンサーが客に刺殺されたとの通報があり、曽根崎警察署小林巡査はすぐさま現場に駆けつけた。

 警察官になって三年が経つ彼はこれまで何体かの死体を見てきたが、殺されたストリップ嬢の死体はそのどれとも比べようのない美しさであった。

 小林巡査が暗くなった舞台で目にした一糸纏わぬ死体は、豊かに肥え太った全身を放恣に弛緩させて、悦楽の頂点にいるかに見えた。暗がりの中でも浮かび上がるように白い肌であったが、深い刺し傷を負った左の乳房が、未だ流れ出る血に赤々と彩られていた。死顔は刺殺されたとは思えぬほどに静かで、紅を引いた唇が喘ぐように半ば開き、幾人の男を悦ばせてきたのかと想わせる妖しい桃色の舌がのぞいていた。

 かくも幸福を滲ませた死体に彼は初めて出会った。また、死体に黒い炎を焚きつけられるのも、初めてのことであった。彼は自らの身体に湧き上がる異常な欲望に戸惑い、抑圧を試みて死体を一個の肉塊として見ようとしたが、それがかえって情欲を誘った。死体は物も言わず、男の欲望を誘惑し自らも快楽を貪るような面差しで、あけひろげに眠っていた。彼は女の艶めかしい肉体が、ただ肉体であって人間的な何物をも備えず官能のためにのみ存在している物質であると思い、そのことが自分を病的なほどに刺激するのだと気付いた。

 芸名を愛螺、本名を福原夏海というその女は即死であった。巡査は検視官からそれを聞いてひときわ肉体に囚われた。即死であったからこそ死体には精神の穢れがなく、輝かしくむせ返るほどの官能しか存在しなかったのだろうかと考えた。稲妻のように死が一閃したことによって女は人間ではなく一個の女体へと浄化されたのでなかったか。

 しかし小林巡査の考えは、犯人佐村義治の供述によって裏切られた。真実は彼の夢想を凌駕する美しさであった。

 愛螺を狂信的に崇拝し、彼女の舞台にはいつも現れたという佐村は、取り調べで動機について、愛螺が殺されることを望んだから自分は殺したのだと述べた。他の捜査員たちが佐村の心神喪失を疑う中、小林巡査だけは独り秘かに歓喜の戦慄に魂を震わせた。彼女は死によって肉塊になったのではなく、それまでも禽獣のように欲望を貪るだけの肉体だったのではないかと、巡査は考えたのであった。そう考えれば全て腑に落ちた。死体の安らかさは、光輝の溢れる舞台上で男の刃に死ぬという極彩色の欲望を満たしたがゆえであったはずだ。

 しかしいくら女が望むとはいえ、本当に罪を犯した佐村を巡査は畏怖した。そして、彼にそうさせた愛螺の舞い踊る姿はどれほど崇高だったろうと、巡査はそればかりを考えた。


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