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「旦那もね、マスターほどじゃないけれど」

 ふぅ、と息を吐いて遠くを見つめて言った。

「空を見つめて、僕の悩みなんて宇宙と比べたら大したことないんだから、頑張るよ! って口癖のように言っていたの」

「そうでしたか」

「悩みを宇宙と比べるなんて変な人ね、って思っていたけどそうでもないようね」

「私はミサキさんから見て変な人ではないということですね?」

「あら、そうでもないかもしれないわ」

 ふふふ、と笑って左手の薬指に触れた。そこにはゴールドの細いリング。

「彼はやっぱり変な人だったもの」

「ロマンチストの間違いでは?」

「そうね、間違ってないわ」

 だって、と言って一度呼吸を挟んだ。

「この星でこの時代に私に出会えたことは、僕の一番の奇跡で神様が与えてくれた最高の贈り物なんだって、言ったんだもの」

 その言葉は呆れるように放っていたのに、その表情は真逆で、吸い込まれそうに美しかった。

「まぁ、もう死んでるんだけど」

 今度はコミカルに笑って見せる。ミサキさんの旦那さんはもう十年も前に亡くなっていた。

「一人って楽ちんよ」

 そう言うのに、左手のリングは決して外さない。外しているところを見た事がないし、旦那さんが亡くなっていたことに気付いたのは、出会ってからかなり時が経ってからだった。

「たまーに寂しくはなるけれど」

「そう言う時はどうするんですか」

「空を見るのよ」

「空を」

「わたしの悩みなんて宇宙と比べたら大したことないんだからー! ってね」

「ふふ」

「それに旦那も空の星になっているはずだから」

 ミサキさんが柔らかく微笑む。

「新しい相手を見つけたらきっと泣くもの」

「ロマンチストですからね」

「なんだかんだ言って男の方が泣き虫なのよ」


「わたしが彼に出会えたのも、わたしの一番の奇跡だからね」

 そう残してミサキさんは軽やかに扉を開けた。まるで月の上を歩いているように。



 

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