砂粒のキセキ

カゲトモ

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「お月様、綺麗でしたね」

 一杯目のカンパリ・トニックを半分ほど減らしてからミサキさんが言った。皺がうっすらと刻まれた、柔らかそうで優しそうな手がグラスを揺らす。

「今日は満月でしたっけ」

「いえいえ、満月は三日前ですよ」

「ミサキさん、お詳しいんですね」

「少しだけよ」

 そう言って口元へ指をやる。ネイルはしていないのに、綺麗に整えられた爪が美しい。


「旦那が好きだったの」

「そうでしたか」

「昔から星とか月とか宇宙とか、そういうのが好きでね。家には大きくて本格的な天体望遠鏡だってあるのよ」

「それはすごい」

「天体バカって言葉がお似合の人だったわ」

「いいじゃないですか、宇宙と言うのはロマンがあります」

「あら、マスターも天体がお好きなの?」

「足元にも及びませんが、少しだけ」

「ロマンを感じるのね」

「はい」

「どういうところに?」

 両手を組んで顎を乗せたミサキさんの目が、悪戯に細くなる。

「そうですね・・・広大な宇宙の、数多ある銀河の一つの、そのなかの沢山の惑星の一つに自分が居ると言うところにでしょうか」

「へぇ」

「想像できないくらい広い宇宙の、そのなかの地球と言う一つの小さな星に生まれたと言うことが、なんだかとても奇跡的に思えて」

「ロマンチストね」

「男のロマンチストはお嫌い?」

「ふふふ」

「そんなにロマンチストじゃないですよ」

「え?」

「たまに思うんです。この広い宇宙の前では私の悩みなんてなんてちっぽけなんだって」

「だから、頑張るぞって思うの?」

「と、言うより、それが何だ! こんなことで悩んでるの情けねぇ! ってなります」

 くく、と笑うと、ミサキさんは両手で口もとを覆って肩を揺らして笑っていた。

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