11
その正体は
「
「分かるように喋れ」
一番合戦さんは凄んだ。
「あなたの先代の鬼討さん、天寿を全うして亡くなった訳じゃないでしょう? 確かに相当なお爺ちゃんみたいだったけれど、殉職だっけ?」
軽々しい口調で人の死を扱う事に不快感を覚えたのは、一番合戦さんもらしい。
不愉快そうに、眉間に皴を寄せながら答える。
「五年前百鬼を追い払う為相討ったと、知り合った頃に話したな」
「確か名前は
「なっ……」
「なーんでそこまで話してないのに知ってるんだろーねえ?」
ふふ、と豊住さんは、含みっぽく笑ってみせる。
「豊住、お前はさっきから何を言って……」
「どうも何も、狐だよ」
話が噛み合っていないのもお構い無しに、そもそも噛み合わせる気が無いだろうか、豊住さんは泰然と明言する。
まるでこちらの物分かりが悪いと言うように、嘲りを込めた笑みで。
「
耳を疑う僕の隣で、一番合戦さんは目を見開く。
「別にこの土地に恨みがあるって訳じゃないけれど、確かに先代に追い返されたのはあるけれど、そこまで引き
躊躇いも無く、顔色も変えず吐き捨てた。
心を動かす程でも無い、
ついさっきまで散々語っていた友情を、こうも当然のように偽物だと。
「は……」
「やっと回復していざ乗り込んでみたら、先代の比にならない化け物みたいな子がいて、もう予定が無茶苦茶だよ。まあ才能はあるけれど若いし、どうにか出来ないか一年かけて様子を見る事にした。人がよかったから仲よくしてみて、そろそろ頃合いと思って。あなたの目を盗みながら、この子達に適当に動物殺させて、いい塩梅に疲れたでしょ?」
「ちょっと待て……」
「まあ見越したみたいに死神がブラックドッグを寄越したって聞いた時は、本気で肝を冷やしたけどね。もう犬は嫌い。馬鹿なくせに鼻は利いて」
「やめろって!!」
耐えられなくなった一番合戦さんは叫んだ。
「何を言ってるんだ。お前が殺した? 悪い冗談はやめろよ。私が信じやすいって知ってるだろ?」
「……一番合戦さ」
「冗談だよ」
余りの動揺に見ていられなくなった僕を、明るい声が遮る。
「この子達はあなたを呼び出す前に、暇潰しがてら怪しい地域を探索してたら見つけだけ。七五匹の
豊住さんは、にぱっといつもの笑顔を浮かべてみせた。
友達と思った事なんて無いと、笑顔で吐き捨てた冷酷さが嘘みたいに。
「何でも真に受けちゃうんだから。先代の鬼討も町の歴史も、調べようと思えばいつでも出来るじゃない。他も全部思いつき。ちょっとからかっただけだって」
「え……」
そして、呆然とする一番合戦さんに近付いてくる。
その歩みといい笑顔といい、何だか一番合戦さんを、じわじわ追い詰めるように見えた。
でも人狐のような使役型の百鬼は、主人がいないと動けないので、捨てられていた所を拾ったのなら、すぐに使いこなせても不思議じゃない。
「恩人のあなたを騙すなんて出来る訳ないじゃない。まして私、あなたに騙された事なんて無いんだから」
確かに豊住さんはこう見えて、癖のある人でもあるけれど。
「豊住――」
「仮に本当だったとして、一番合戦さんに成り代わる理由も無いし」
思わず後退る一番合戦さんに、狐のように笑みを貼り付けた豊住さんは、ぶつかりそうなぐらいに迫る。
「そんな、百鬼でもあるまいし」
直後豊住さんの手に収まった懐剣が、一番合戦さんの腹を突き刺した。
肩に乗って、じゃれていた一匹が化けたのだ。
刃が血止めにならないよう、豊住さんは即座に引き抜く。
その手際のよさに一番合戦さんが崩れるのは、剣が抜かれた後だった。
「がッ――」
「全く、騙し甲斐のある女だぜ」
倒れてくる一番合戦さんを嘲笑しながら、豊住さんは一番合戦さんを電柱に蹴り飛ばす。
「――一番合戦さ」
「しっかし弱えってのは
豊住さんは突然砕けた口調になりながら、折れた電柱と、吹き上がる粉塵に見向きもせず、僕の方へ向き直った。
「元鬼討だろ? 折角の力も道具が無けりゃあ能無しだ。人間ってのは不便だぜ。ボサーッと一番合戦が先輩の二の舞になんのを眺めてるしかねえんだからよお」
「お前……!」
百鬼か? この子。僕を人間って呼んでる。
百鬼は基本、人間に興味が無い。僕らが百鬼を勝手に存在していると認識してるなら、百鬼は人間そのものに存在価値を感じていない。害虫とすら
人を呪えば穴二つ。自らの人狐に憑かれた
百鬼染みてるけれど、正体が掴めない。
「俺が何だか分かんねえって面だなあ。くぉん。特別人間に興味は
犬と猫の中間みたいな、狐独特の声で笑いつつ、豊住さんは外した眼鏡を片手で砕く。
「俺は狐だ。尤も新奇の――」
血に染まった短刀を弄んでいた豊住さんに、一番合戦さんの跳び蹴りが襲いかかった。
豊住さんは空中でバランスを取り直すと、宙返りをして綺麗に着地してみせる。
その足下をこつりと、小さな白い物が跳ねた。
「んが。奥歯折れてら……」
吹き飛ばされる前の地点に戻った一番合戦さんは無言のまま、置いてけぼりになっていた刀をゆっくり拾う。
堪えた怒りが湯気のように、ゆらゆらと全身から滲むようなその様は、正に鬼。
俯いていた一番合戦さんは傷も押さえず、荒い息遣いでそう言った。
「……話はまだ終わってない」
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