第6話「真田鈴と日之出晶の関係」
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とうとう中隊長室に呼ばれてしまった。
扉を開けると、上司の深刻な顔。
きっとあのこと。
ばれた気がする。
仕方がない。
自業自得なんだから。
私はそう思いながら中隊長の前で敬礼をする。
でも、違った。
肩透かしというのだろうか。
理由もなく「お見合いをしろ」と言われた。
どうしてですか? と一応理由を聞いてみたが「それは言えない」と返された。
ただ「これを受けてもらわないと、真田中尉に対して他の処置をしなくてはならない」と脅された。
違う意味での肩透かし。
ああ、あいつ、人事係の軍曹さんがとうとうチクったってことか。
あれだけ格好つけて――仲間を売ることはしない――なんて啖呵切ったのに。
やっぱり噂どおり、見た目どおりの軽薄な人だったんだろう。
あの時、あの剣幕に押されてすごく恥ずかしくなって逃げるように部屋を出て、でも同時になぜだか胸が暖かくなって、そのお陰だと思うけど、週末のあれが少しだけおさまったのに……少しでもそう感じてしまった自分が情けない。
私は中隊長の要求に笑顔で承諾した。
それでも気難しい顔を崩さなかったが、少しだけ柔らかい目つきになっていたのは感じ取れた。
結局、私を処分するとなると、自分まで火の粉がかかるから、穏便に済ませたいだけなのかもしれない。
すごく恥ずかしいことだが、あの軍曹の言葉にちょっとだけ『仲間』というものに期待してしまった。そして、こういう事態になり、やっぱりな……と裏切られた気分になった。
あの軽薄な男に対し、どうしてそう思ってしまったんだろう。
私が退室しようとして、お辞儀の敬礼をしていると中隊長が口を開いた。
「あと、うち……じゃない、カウンセリングの先生と副官にはこのことは内緒だ……いいな、言うなよ」
と、少しモジモジしながら中隊長は言った。
はあ?
なんでそこを隠す必要があるのか理解できなかったが、わざわざそんなことを言う必要もなかったので、了解しましたと答えた。
さっき言った副官の
たぶん、私がこうなってしまったことを、自分の事のように背負ってしまっているから……。
本人は絶対に言わないが、問題児の私を受け入れる部隊がなくてどうしようも無かった時、彼女はいろいろと根回しをして、ここが受け入れるように働きかけをしたと聞いている。
そういうところは見習い士官でいっしょに陸軍士官候補生学校で訓練していた頃から変わらない。
士官候補生学校は統合士官学校卒業生と私のような一般の大学卒業生が混ざって、少尉になるための将校教育を受け持つ教育機関。
統合士官学校は四年間をかけて軍隊の訓練、将校としての教養も身につけさせていて、エリート意識が高い人達がそろっている。
それに比べ昨日まで軍隊を知らない私のような人間がいっしょになって軍隊の教育を受けるのだ。元々不器用だった私は、もれなく落ちこぼれ組みに入ることになった。
そんな環境の中、彼女は不器用な私を同級生なのに持ち前の姉御肌を発揮して面倒を見てくれたのだ。そして、それに甘えて心地良くて、未だに離れられないのが今でも続いている。
彼女は私が性依存症になってしまった理由を自分が作ってしまった――紹介した統合士官学校時代の先輩と私が付き合って、そしてひどい別れ方をしてしまったから――と思い込んでいる。
もちろん、世間一般の人が聞けばひどい別れ方だったとも思う。
妊娠させて、堕ろさせてさようなら……。
でもそれだけじゃない。
あの人は私の本性で向き合えた人だった。
恥ずかしい私をむき出しにしてくれたから。そして最低の人間だったから。
そういう人にむちゃくちゃにされて、あの人しか見えないくらいに好きになって、気持ちよくて、あの人がすることすべてに対して快感を覚えるぐらいになって、そして狂ってしまったんだと思う。
ゴムをつけて欲しいとお願いしたことがあるが、目の前でやぶかれて拒否された。避妊薬を飲もうとしたら「面白くなくなるからやめろ」と命令された。
別の男性としているところを鑑賞された。
別の女性としているところを見せられた。
妊娠がわかって、産んで育てると伝えたら「面白くないから堕ろせ」と命令された。
馬鹿な事だとはわかっていた。でも、あの人に命令されると、それは絶対だった。
わからない。
思考が停止した。でも、その考えなくなった瞬間、一番心が充実していたのは間違いないと思う。
そして、あの人は私の前から消えた。
それからだった。
週末になると、独りになると発狂しそうになるぐらいの寂しさ、欲情に悩んだのは。
今でこそカウンセリングを受けて原因はなんとなく見えてきたんだけど、当時はそういうこともしなかったから、ただただ混乱するばかりだった。
最初に手を出したのは、前の部隊、四十歳で既婚者の中隊長。
でも、私の中の渇望は満たされることは無かった。
あの中隊でもいろいろ噂は立ったと思う。
ただ、便利な女がいるから試してみろ。
あの男たちの中でそういう感じだったと思う。
私の欲求と彼らの欲求、ちょうどうまく重なったんだと思う。
結局、いろいろ試してみたが、どんどんカラカラになっていって、ますます週末が耐えきれなくなってしまった。
……どうやったら、あの人といた時間に届くのだろうか。
いっそのこと、何もかも無くした方がいいと思う。
でも、もしそうなってしまったら、間違いなく晶は壊れてしまうだろう。
彼女はそういう人間だ。
姉御肌は表面だけで内面はとても繊細な人だと嫌というほど知っている。
だから、私はカラカラになって死んでしまわないように、晶に心配させないように、必死に週末を生きている。
でも欲望を満たしたいために友達を言い訳に使って自分もいる。
そのことに気付き、また死にたくなる。
それをずっと繰り返している毎日。
本当に壊れるまで。
ずっと繰り返すしか。
でも、晶を悲しませないため、私は必死に足掻くことしかできなかった。
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