aujourd'hui, ou peut-être hier

森音藍斗

aujourd'hui, ou peut-être hier

 私はそのメールを黙って削除した。




 新幹線の窓から見える景色は、東京の中心部に近付くにつれ増える街灯りと、自分の顔。

 化粧も崩れ、疲れ切ったその顔は、実年齢よりもずっと老けて見えた。

 容姿だけ老けてたら彼に見てもらえない、なんてことを考え、見てもらう気なんて無いんだった、と思い出し、そしてうとうとと意識を飛ばすことを試みる。

 明日からまた仕事だ。

 実家の元自室に置いてきた、濡れ羽色で織り上げられたワンピースに、鈍い光を放つ真珠のネックレス。黒、ただひたすらに黒、私の趣味には合わない。東京の、賑やかな極彩色に染められた私の感性には合わない。しかし仕方が無い。儀式という場なのだから。私には喪主の長女という、一種のロールプレイが求められていた。

 だから、誰に声を掛けられても、神妙な顔をして、慇懃な応対を心掛けねばならない。

「久し振り」

 世界一嫌いな相手でも。

「お久し振りです」

「なんで敬語だよ」

 黒いスーツに黒いネクタイを締めた男が私の前にいる。私は彼を知らない。彼の名は知っている。彼の顔も、声も、住所も、少年期も知っている。変わらない。くしゃくしゃの黒髪、髭の無い顎、世界を憂うような奥二重。生まれた年から十八で高校を出るまでの彼を知っている。でも、目の前に立つ、この三十路の男性を、私は知らない。左手首に黒いリストバンドをした、知らない男。

「十年振りぐらい、にはなるのか」

「そう、そうね」

 正確には、十二年振りだ。私が大学進学とともに家を出た十八歳の春以来。

「正月と盆には帰ってきてるんだろ? 幼馴染みと遊んでやろうとは思わなかったのか」

「用事なかったし」

「こっちにいたときは、ピンポン鳴らして返事も待たずに上がりこんでたのに」

 そうだね。高校二年の五月十四日までは。

 憶えている。

 スーツのポケットに左手を突っ込んだ彼が私の顔を覗き込む。

「どうしたんだよ。久々に会ったっていうのに」

 やめてくれ。私は私が故意に彼の目を見ていないという事実を認めたくはない。

「私、まだ手伝いあるから、あとでね」

「おい」

 その場を離れ父の方へ向かおうとした私の、左手首を、掴まれる。

「連絡先教えて」

 幼馴染みの彼だけれど、私が家を出てからの十二年間、連絡を取ったことは一度も無かった。

 中学も高校もひとつしかない、不審者も寄り付かないようなこんな田舎町では、携帯電話を持たせてもらえる子供は稀だった。私も例に漏れず、自分専用の携帯電話を手にしたのは家を出るとき、大学に進学する春休み。だいたい、家が隣同士の彼とは、メールの返信を待つより、数歩歩いてインターホンを押す方が早い。

 そして仮に彼の連絡先を知っていたとしてもきっと、私から連絡することなど無かっただろう。

 彼の実家の電話番号ならもう脳裏にこびり付いているが、電話などできる筈も無く。

 顔など合わせられる筈も無く。

「携帯、持ってるんだろう」

 彼は容易くそう言い、携帯を胸ポケットから取り出す。断る文句を探す。見付からない。私も渋々、自分の携帯を鞄から出す。

「アドレスと、電話番号」

 彼が開いた画面には知らない名前がたくさん並んでいて、女性と思しき名前もたくさんあって、でもだからって私にはできることなど無かった。

 私にだって。

 欲しいものぐらいあるのだ。

 例えば、彼の連絡先とか。

 例えば、彼の連絡先を知らない世界で得られる安寧だとか。




「お前もそろそろ結婚とか考える歳だなあ」

 新聞を広げながらそう呟いた父の背中が、瞼の裏にちらつく、暗い、東京のワンルーム。

 ここには、新聞も無い。声も無い。父の背中も、無い。

 慣れた筈の東京の自宅に、五日振りに戻った夜。独りの部屋に、静寂のみが据え置かれている。だから、頭の内側で鳴るこの音、新聞紙を繰る音、湯呑をテーブルに下ろす音、隣の床屋から犬の声、父が私の名を呼んでいる、全て私の幻聴。

 母が食器を洗う音はもうしない。

 葬式の晩に出す話題か、とそのときは思った。

 葬式の晩だからこそなのかもしれない、と、今更になって思う。右腕だった母が急死し、生活は大きく変わるだろう。店も苦しくなるだろう。そしてそれらとは全く別の問題として、三十年間連れ添った年下の妻が突然血を吐いて倒れた衝撃は、きっと、同居人を失っただけとはまた別の恐怖を、彼に与えただろう。人としての。生物としての。

 だから今、そういう話が浮上する。娘の結婚。延いては跡継ぎ問題。普遍的本能。一人娘は、婿養子を迎えられるのか。子はできるのか。家は。店は。

 知っている。私の東京の大学進学、そして東京での就職を許してくれた父だけれど、本当は店を継いでほしいと思っている。

 父の店は好きだ。父と母の、と言うべきか。顧客の少ない小さな町でも、毎日人がやってきて、そして笑顔で帰っていく。皆が知っていて、皆が寄っていく。そんなコロッケ屋さん。小さい頃はよく、店の裏口の石段に、幼馴染みと二人並んで座って食べた。無くなるのは嫌だ。無くなるくらいなら、私が跡を継ごうと思う程度には、好きだ。

 幼馴染みも、うちのコロッケは好きだったし。

 いや。

 それは関係ないのだけれど。

「結婚なんて、まだ早いよ」

 私は風呂上がりの髪を拭きながら、そう言った。

「そうか?」

「そうだよ。東京ではそんなもんだよ」

「そうなのか」

 大学の同期は、二十代の後半に次々と結婚した。今でも結婚していない人はいるが、恋人がいるか、婚活をしているか、結婚する気が無いか。

 結婚する気が無い私には、四十になっても五十になっても結婚の話題など早すぎる。

「仕事は楽しいか」

「楽しいよ」

 ごめんね、楽しくて。

「よかったなあ、最近は労働法違反の話も聞くから」

 よくなんて、ない癖に。その日はそのまま逃げるように、自室——十二年前まで自室であり、それからもそのままの状態で放置されている部屋——に戻った。

 突き放されたような東京の夜はいつものことの筈なのに、五日振りの1DKが妙に広くて、私は車輪も拭かないままのスーツケースを、わざと部屋の真ん中に置いた。

 五日前、私はどうやって独りで寝ていただろうか。

 星の見えない狭い空をカーテンの隙間から見上げ、部屋の灯りを付けずとも外のネオンで見渡せる小さな部屋の虚しい空間を埋めたくて、私は駅前のコンビニで買った発泡酒のプルタブを引いた。

 安い味がした。




 濡れ羽色で織り上げられたワンピース。

 鈍い光を放つ真珠のネックレス。

 どうやら一週間前に母が用意していた。タイミングの良すぎるメールが、届いていた。今でも携帯を開けば、その生きた証拠が、生きていた証拠が、死んでしまった筈なのに、生きていたときと何も見てくれの変わらない、無機質な証拠が残っている。

『喪服のスナップ外れてるの、放っといちゃ駄目じゃない。繕っときましたからね』

『それから、私がおばあちゃんから貰った真珠のネックレス、そろそろあんたにあげようと思うの』

 知っていたのか、知らずにいたのか。

『はーい』

 以上。

 もっと他に返す言葉があったのではないだろうか。




 酒を入れた筈なのに、風呂にも入った筈なのに、彼のにおいがふと鼻を横切った気がして、慄く。

「お前、今、何の仕事してるの」

 その声は、遠い昔の会話を思い出したようで、実はたった十二時間前の話。たった十二時間前だと気付いてしまった絶望に身を任せ、冷たい床にぺたりと座ったままベッドに顔を伏せる。髪が濡れているのは、決して涙とは関係がない。

 私が彼に訊こうとして訊けなかった質問を、彼は私にした。

 もとよりそれは、彼が彼自身で買った車の中で、彼が私だけのために時間とガソリンを浪費して駅まで走らせた車の中で出された話題であり、つまり完全なる彼の優越権が認められている。

「今は、調理師免許使ってレストランの厨房してる。レストランっていうか、そんな洒落たものじゃないけど」

「なんだ、飯屋の子は飯屋か」

 うちの実家は別にコロッケお持ち帰りのお店であって飯屋ではないが、しかしそこで否定する気は起きなかった。大体厨房で私がやらせてもらっているのは揚げ物、決して偶然の一致ではない、いちばん自信があったから志望した。

 彼はハンドルを握りながら笑った。不快だった。

「そういうあんたはどうなの」

「どうってねー」

 ハンドルを握る彼の左手首には、知らないロゴの入ったリストバンドがはめられていた。

「川向こうにさ、食品工場あるだろ。あそこで働いてる。開発部だけど」

「床屋の子は床屋じゃなかったわけだ」

「資格取るの面倒だったしな、髪切るより、お前の店の裏口で、並んでコロッケ食べるのが好きだったわ」

 床屋よりはコロッケ屋継ぎたいね、と彼は冗談めかして笑った。

 左手で髪を掻き上げた。

「それなに、そのリストバンド」

 彼の手が止まる。

「お葬式のときも付けてたでしょ」

「……ああ」

「なに? 大事なもの?」

 ただの趣味ではないだろう。黒スーツに黒ネクタイしか許されない世界でさえ、外さない代物なのだから。

「結婚指輪の代わり?」

「冗談の趣味が悪い」

 彼はぴくりとも笑わない。

「怪我しちゃって」

 歯切れが悪かった。

「怪我? 包帯じゃなくて大丈夫なの?」

「跡だから。もう治ってて——ほら、着いた。じゃあ気を付けて、また連絡する——」

 彼に絶対的優越権が認められたふたりきりの車内で、彼が家から二十分運転して連れてきてくれた駅のターミナルで、私は彼の腕を掴む。

 そのリストバンドを剥がそうとした私の手は、しかし、彼の空いた右手に阻まれた。

 やはり彼の優越権が絶対的だった。

 知らなかった、彼の握力が、筋力が、こんなに強くなっていたことを。

「……痛い」

「ごめん」

 彼が慌てて私の手を離した、その瞬間、私は彼の手首を露わした。

 久々に会った彼は変わっていた。しかし私だって変わっていないわけではない。東京の汚い空気に塗れて、随分と灰色に染まった。

 諦めたような彼の声が、頭の上から私に掛かる。

「昔の話だから」

「いつ?」

「大学の頃だよ、もうしてない」

 予想通りの平行線は、私の知らない彼の過去。一緒にいることができなかった、私の知らない彼の過去。

「どうして?」

「どうしてって」

 私は顔を上げる。彼は向こう側に体を凭せて、私の方は見ていない。

「失恋」

 嫌いだ。

 何故この陰鬱な気分を、東京まで持って来なければならない。本当に嫌いだ。

 何故嫌いな男のことばかり考えているのだ。

 そんなに好きだったのか、彼は。その大学時代の想いびとを。死ぬほど? それで、その恋を乗り越えて、彼は大人になったのだろうか? まるで私の知らない大人に、それで、今は? 彼女はいるのだろうか、好きなひとは。彼も結婚のことを、考えたりもするのだろうか。家のこと、そして自分のこと、自分の幸せのこと、自分の好きなひとの幸せのこと、私は今自分のことだけで精一杯だというのに、彼を一生想い続け、彼を一生恨み続けることでしか自分を立てていられないというのに。

 ドライヤーもかけないまま放置した髪が歪に乾いてしまった頃、携帯電話が震える。




 憶えているのも無理はない、と、主観的にはそう信じている。

 世界でいちばん好きなひとが、世界でいちばん嫌いなひとになった、高校二年の五月十四日。

 私が最初で最後の失恋をした日。




 五日部屋を空けて気付くこと。

 部屋って、住んでなくても勝手に汚れていく。外れたボタンは勝手に直ってくれてはいない。

 たまにしか帰らない、帰っても素っ気なく、すぐに東京に戻りたがる、無愛想な娘の部屋を、いつでも人が生活できるように保つのはどれほど面倒なことだろう。物置にもせずに、埃も溜めずに。ベッドのシーツと、無駄に見た目だけ重視した、掃除のしにくい本棚の一角、東京に憧れた田舎娘の、センスの無い飾り棚。

 憧れただけ。見栄を張っただけ。東京がどんなかも知らなかったし、自分の家が嫌いな訳でもなかった。

 そんな娘の我が儘に、決して裕福でもないのに、何とか資金を回してくれたことを、私はちゃんと知っていた。

 疲れ切った体で幼い私に絵本を読んでくれた父は、疲れ切った心の癒し所だったアコースティックギターを売りに出した。

 疲れ切った体で幼い私を風呂に入れてくれた母は、疲れ切った夜の睡眠時間を削り、内職の副業を始めた。

 私はそれを知っていた。

 知っていて、そして。




 二家族でホームパーティをしたときの話をされた。

 何故、そんな話になったのか。

 そもそも何故、私は彼と深夜に電話をしているのだろうか。

「いやー、懐かしいな。一緒に風呂入ったりしてさ」

「……昔の話でしょう」

 悪酔いをしてしまったようだ。吐き気がする。

 アルコールの回った頭で、よく見もしないで電話を取ってしまった結果がこれだ。狸寝入りをしたかった。今更彼と喋るつもりなどなかった。今更彼と、歓談ができるなどとは思っていなかったし、そして、会話継続中の今でも、思っていない。

「俺、親父に、そろそろ結婚しろって言われちゃってさあ」

 ああ、もう。

「店は継がんでええから、孫を見せろ孫を、ってね」

「店、仕舞うの?」

 彼の自宅である床屋を。

「うーん、別に継いでもいいんだけど、今更資格取るのもなんか遠回りな気がするし、今店員さんで信頼できる人がいるから、親父は譲ってもいいと思ってるらしい。俺も別にそれで全然」

 そう、なのか。

 じゃあ、彼なら。

 なんて、そんなことは、思っていない。思っている訳がない。有り得ない。

「お前も久々におじさんと話して、何か言われなかったの」

「うちは、たぶん」

 ここで、そうやって、話題を振るのが気に障る。

「継いでほしいんだと思うよ」

「へえ」

 彼は意外そうな顔を出した。

「どんな会話したの」

「ええと」

 そろそろ結婚する歳だなあ。

 東京ではそうでもないよ。

 そうなのか。

「以上」

「……それ、全然継がせる気ないじゃん」

「でも、お母さんのお葬式の夜に言われたんだよ」

「継がせる気だったら言うよ。東京ではそうかもしれんが、ここでは違うだろって」

 ………。

「一理ある」

「だろ?」

 彼は笑い、わざとらしく笑い、そして、会話がそこで途切れた。

 電話口で息を吸って吐く音が聞こえた。

 私はそれをただ聞いていた。

 彼の吐息は震えていた。

 ああ、嫌だなと思った。

 繋がり、生き甲斐、温もり、希望、愛、幸せ。私の肌に合わないもの。だから灰色の街に来たというのに。

 極彩色でも、自分の意志でどこまでも灰色でいられる、東京という街に来たというのに。

 彼は唐突に言った。

「俺で、どう」

 私の親指が、終話ボタンを押した。




 知っていた。

 自分が、彼の名を画面の上に認識し、その上で電話を取ったことを。

 どちら様ですかなんて薄い言葉に、確認してから取れよという彼の期待通りの突っ込みに、薄く笑う。




 東京の空気は、汚い。

 だけどそれくらいが丁度良い。

 好きでも嫌いでもないのが友人。恋じゃなくて構わないのが恋人。大学の単位はコネと金で買えたし、優等生の仮面を被って入社した会社では、優等生の仮面を被った関係性しかない。定時にはちゃんと上がらせてくれるし、パワハラもセクハラも無いから優秀、と本来当たり前な筈の事実にほっとする。

 それくらいが丁度良い。

 繋がりや、生き甲斐や、温もりや、希望や、愛や、幸せや、そんなもの、持っていたら、疲れるだけだ。

 星の見えない空を、発泡酒で眺めているくらいが丁度良い。

 私には、それくらいが。

 優しかった母。愛してくれる父。それから、想いびとから告げられた、ずっと欲しかった言葉は、折角の安寧を、溶かしていく。どろどろと。十二年かけて灰色の酸素と排気ガスに置き換えられた私の汚さが露呈する。汚い空気に染まってしまった心の汚さが露呈する。知っている。私は恵まれていた、ずっと。愛されていた、ずっと。笑顔と、安心と、愛のある家庭で育ち、大好きなひとの隣に住み、学校には心の許せる友達がいて、望んだ進学もさせてもらえて、優しい人たちに囲まれて、大学を出て、仕事に就いて、労わってくれる上司と先輩と同期と後輩がいて、仕事はきちんと評価してくれて、体をいちばんに考えてくれて。未だに連絡をくれる地元の友人と、大学の友人と、一度は私を必要としてくれた何人かの恋人と、そして、私を信じて自由にしてくれた、それでもいつも心配してくれている、両親。どうしてこんなに恵まれているのに、私は、これ以上恵まれなければいけないのだろうか。もう、もう充分だ。過多だ。要らない。繋がりも、生き甲斐も、温もりも、希望も、愛も、幸せも、要らない、助けて、嫌だ、要らない。私はこのままでいたい。楽なままでいたい。汚い空気を吸っていたい。揚げたてのコロッケなんて、本当は、私には熱すぎる。友人を好きにも嫌いにもなりたくない、離れられなくなるから。恋人に恋などしたくない、いつか捨てられるのを知っているから。星は見えなくて構わない、そんな無垢な灯りは私の身に余る。

 カーテンを閉めなければ眠れぬほどの、痛々しい街灯り。

 やつれた三十路の私にはきっと、そっちの方が似合っていた。




 知っていて、そして、

『さっきはごめん。でも、好きなのは本当。お前が家を出たときからずっと』

 一件のメールを削除しますか?

 はい。

 メールを削除しました。




 食べる。

 それはもう、食べる。

 ひたすらに食べる。

 おにぎり、パン、カップ麺。唐揚げ、焼き鳥、餃子。フライドポテト、シュークリームに、ピザ、枝豆、肉まん。それから、コロッケ、コロッケ、コロッケ。コンビニのコロッケ、スーパーのコロッケ、弁当屋のコロッケ、コロッケ屋のコロッケ、これじゃない。そうじゃない。美味しくない。冷たい。温めても何をしても、冷たいものは、冷たい。どうして。東京でやっていける店なのだ、美味しい筈だろう。駄目。違う。これじゃない。うちのじゃないと。お父さんのじゃないと。

 所謂暴食だった。

 案の定お腹を壊した。

 有休を使い果たして引き籠った。

 泣いたのは、高校二年の五月十四日以来だった。

 有給休暇最終日、私は新幹線に飛び乗った。

 東京発、いちばん大好きなコロッケ屋さん行き、お父さん行き、お母さん行き、幼馴染み行き新幹線自由席。

 どうやら死ぬ訳ではないらしい。

 どうやらまだ死にたくはないらしい。

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