状況その1

 ブーッ、ブーッと振動する龍野のスマホ。

 ベッドの上に放置されたそれには、メールが映っていた。

「龍野君へ


 浴場、あるいは寝室でシュシュと二人きりになり、そこで何かが起きても、私は一切関知致しません。ご了承ください」

 一方ゴミ箱には、切られた龍野の爪と、それを包んだティッシュペーパーが捨てられていた。


「兄卑? 入ってるの?」

「ああ、睦月か! 入ってるぜ」

 すると、脱衣所から衣擦れの音が響いた。

「おい、睦月?」

「よしっ!」

 睦月(シュシュ)は意にも介さない。

「どうしたんだよ!」

 龍野が痺れを切らす。


 すると、シュシュが風呂場に入ってきた。


「ちょ!? おま、何考えてやがんだ!? おい、悪いことは言わねえからさっさと出ろ!」

「やだ。その為に水着を入れたのよ」

「バカ、襲っちまうぞ!」

「別に? どうだっていいわ。それに、兄卑はお姉様のようなグラマラスな体型が好みじゃなかったの?」

「あのな、年頃の男ってのは、異性の裸を見たら……大体どぎまぎするんだよ!(ああクソ! 二年経って、すっかり色っぽくなりやがって! このバカ妹、本当に襲っちまうぞ!? つか早く逃げろよ!)」

 龍野が真っ先に視線を向けたのは、膨らんだ胸である。二年前とはすっかり違う、大人に一歩近づいた胸だ。

 ヴァイスと比べれば雲泥の差だが、それでもシュシュの胸は確実に成長している。もし手や腕を押し付ければ、確かな弾力をもって返されるくらいには。

「うーん……やっぱり、裸で入ればよかったかしら……洗いづらいわ」

 シュシュが呑気な言葉を紡ぐ。

「あ、ダメだこりゃ。ごめんヴァイス、俺もう我慢の限界」

 龍野がおもむろに湯船から上がる。

「へ、兄卑?」

 龍野は戸惑うシュシュを意にも介さず、水着に手を近づける。

『え? ちょ、ちょっと!』

「睦月……いや、シュシュ。先に謝る。ごめんよ」

「バカ……水着の紐を解くな!」


「正直我慢の限界だ。だから言ったろ、逃げろって」


「へ? えっ、ちょっと待って、下は取っちゃダメぇ!」

「……」

「!? ん、んむっ……」

「……」

「ぷはっ! へ、なんてところに指をあてているの!?」

「こうでもしなきゃ、緊張がほぐれないだろ。ほら、一本……」

「ひっ!? ま、待って、そこはダメ……!?」

「手遅れだ。水着は近くに置いとくから、風呂上がるときに忘れんなよ」

「ふあっ……そんなことじゃなくてぇ……」

「イイ感じだな。二本目だ」

「いっ!? ふぁ、ま、待って、ダメ、だって、ばぁ!」

「さて……このしつこい凝りは、念入りにほぐさないと、なぁ?」

「まっ、らめ、悪かったってばぁ!」

「さあ、空いた俺の左手は、お前にボディーウォッシュのサービスだ」

「へ、変に、器用ね……いひぃっ!?」

「おっと、ビキニで覆われてた箇所に当たっちまった。まあそこを洗うんだけど、なっ!」

「ふぁあっ、二か所同時なんて……っ!」

「唇を噛むなよ。声を我慢するな」

「が、我慢してなんか……」

「お兄ちゃん、口答えは許せないんだ」

「!? つ、つねるなんて……っ」

「ほぉら、また口答えしてる」

「!? ごめんなさい、っ……」

「謝らなくていいんだ。ただ、気持ちいいだろ? それに感動した声を、そのまま紡いでくれればいいんだ」

「ふぁっ、あ、あに、ひっ」

「何だ?」

「もう、もう限界……」

「さて、フィニッシュだな。激しくなるぜ……」

「あっ、あっ、はっ、はあっ、はあっ!」

「よっと!」

「ふあああああっ!?」

「あーあ、初めてだったみたいだな。まあ訓練で運動してたんだから、もともとあるべき抵抗は無い状態で、楽にほぐせたけど」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「さて、まだまだ容赦しないぜ」

「え?」

「何のために、凝りをほぐしたと思ってるんだ?」

「さ、さあ……」

「こっちを向け」

「はい……ふあっ!?」

「さて、両肩を下から支えられて、持ち上げられる気分はどうだ?」

「は、早く下ろしてくださいまし!」

「嫌だね。ああそうだ、壁にしっかりもたれとけよ? 腰を強打するぞ?」

「は、はい……」

「よし、ゆっくり片手を離すぞ」

「はあ……って、私の腰に手を当てて、どうなさるんですの?」

「反対側もだ」

「ふあっ……安定してるといっても、この態勢は……」

「さあ、続きといこうか」

「え? 兄卑、それは一体……」


「さあ、遠慮なく……!」


「!? 待っ……待って……」

「やれやれ……またじっくりほぐすか」

「ああ……あの、兄卑? 満足なさってるのでは?」

「満足?」

「ひっ」

「満足なんて、するかよ。ほら、第一段階は終わったんだし、俺は座るぞ。その上にそのまま座れ、シュシュ」

「は、はい……」

「さて、これで当分の間は安全だな。それじゃ、もう一度ゆっくりほぐしてやる」

「ん……ふあっ、あっ、ああっ……」

「俺はゆっくりしたのはあまり好かんが……まあ、お前の負担を考えれば当然だな。よし、いっちに、いっちに……」

「はぁっ……。あの、あに、ひ?」

「何だ?」

「兄卑は……ふあっ、痛くないの……ですか?」

「ああ? 痛くないに決まってるだろ。ヴァイスのときに慣らしてるんだし」

「(やっぱり……既に、経験済みなのね……)」

「嫉妬したか?」

「いえ……お姉様なら、話は……別、です……」

「なら、いいな。おっ、いい感じに柔らかくなってきた。お前はどうだ?」

「ん……さっき、よりは……」

「さて、そろそろ戻るか」

「えっ、戻るって……ひゃう!?」

「手すりが近くにある。掴まってろ」

「は、はい……」

「…………」

「ふあっ、まっ、待って、はげ、激しい、ですっ」

「…………」

「ひうっ、それ、い、じょう、されひゃらっ」

「…………」

「ら、らめれす、意識がっ」

「…………」

「ふあぅ、あっ、あああっ!?」

「…………」

「ま、待っ――」


「…………!」


「っ!(何、これ……)」

「…………」

「(あ……熱、い……のが……っ)」

「…………」

「(一体、どういう、こと……なの、っ……)」

「…………はぁ」

「あ……あに、ひっ?」

「さて……風呂入るか。その前に……」

「何、ですの?」

「軽くシャワーしようか、お互い」

「え、ええ……」

『(やっちまった……さて、どうやって詫びるか……)』

 龍野は内心、激しく後悔していた。

 一方シュシュは、不思議と悪い感覚は抱いていなかった。

「(何だったんですの、今のは……。その、気持ちが、ふわっとするような……運動、でしょうか……こういったのは……)」


「よし、風呂入ろうぜ」

「え、ええ……!」

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