三日目 5/5
その後、夕食と入浴を済ませた龍野は、自室に籠っていた。
「あー、昨日買ってきた本面白かったぜ……。さて、時間も丁度いいし寝るか!」
部屋の電気を消し、ベッドに潜り込む。
三十分後。
「寝付けねぇ……」
龍野は苛立っていた。すると、部屋のドアが静かに開く。
「(誰だ……? 狸寝入りして、様子を見るか……)」
右手で握り拳を作りつつ、謎の侵入者を観察する龍野。
やがて侵入者が正体を現した。
「(シュシュか……何の用だ?)」
龍野は夜目が利くので、外からの僅かな明かりで部屋の様子をある程度探れる。しかしシュシュは慣れていないのだろう、手探りでベッドを探していた。
「兄卑―、どこー?」
「(俺は寝てるっつの!)」
「あっ、ここかしら?」
「(俺のベッドに何の用だ!)」
「あはっ、ここね。たくましいたくましい、兄卑―」
「(何てことを言いやがる! お前若干変態だろ!)」
「お邪魔しまーす」
「(この野郎……驚かしてやる。あわよくば襲っちまうぞ)」
「こんばんはー。熟睡してる、兄卑ー?」
「はぁいこんばんはぁ!」
「ひゃうっ!? 脅かさないでよ!」
「おう、お互い静かにしようぜ」
「う、うん……」
数秒間、静寂が訪れる。
「さて、どうして寝込みを襲いに来たんだ、シュシュ?」
「襲いになんか……っ……」
「今回は『ふざけてない』ぜ。どうしてだ?」
「それはっ……。ふふ、そうね……。兄卑にお詫び申し上げに来たのよ……」
「へえ。聞かせてくれ」
「あのね……。今日、私おかしかったでしょ? 今でも、あの時の振る舞いを思い出したら……泣いちゃう、くらいよ」
シュシュが、ぽつりぽつりと語り始める。
「どうしてあんなに拒絶したのか、今ではよくわからない。どうしてあんなに頑なだったのか、今ではよくわからない」
龍野は黙って、シュシュの背中を撫で始めた。
「ふふ、意外と気が利くのね」
普段だったら、龍野は「『意外と』は余計だ」と返していただろう。だが今は、シュシュの話す番だ。無粋なツッコミは要らない。
「けど、兄卑が……貴方が、力強く私に訴えてくれたお陰で……正気に戻ったわ。ありがと」
ため息をついたシュシュ。話は一通り終わったらしい。
「さて、俺からも詫びねばならんな」
「何かしら?」
「あのな、まず男ってのは……恥ずかしがり屋なんだよ。お前ら女にはわからないだろうけど」
シュシュは何も返さない。龍野の話を遮らない為だ。
「だからお前が水着で風呂に入ってきたとき、俺はあんなに戸惑っちまった。そして……
あろうことか、お前に嫌悪感を抱かせてしまった」
シュシュは静かに、服の襟を握る。
「へっ……胸ぐら掴むくらいで許してくれるなら、喜んで掴まれてやるよ」
「許さない」
「え?」
シュシュがぽつりと呟く。そして……
龍野の唇を、素早く奪った。
「!?」
「ん……ぷはっ! やっぱり、兄卑みたいに長くは続けられないわ」
「おい、どういうことだ?」
「私の唇を乱暴に奪ったんですもの。お返しよ。それに……私を心配させた分も、含めてあげるわ」
「これだけで許されるなら、喜んで」
「ふふっ。それじゃあね、兄卑」
シュシュはゆっくりと部屋を去る。
残された龍野は、シュシュの柔らかな唇の余韻を味わいつつ、眠りに落ちた。
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