ヒヤシンスのせい


 ~ 十二月十一日(月) 二時間目 ~


   ヒヤシンスの花言葉 ゲーム



「先生! ここ、合ってるの! 採点が間違ってるの!」


 教卓ごし、テスト用紙を突きだして必死に食い下がるのは、きっとそこさえ正解していれば60点を越えるであろう綱渡りガール、藍川あいかわ穂咲ほさき


 つむじの辺りでお団子にした髪に突き刺した薄紫のヒヤシンスをばっさばっさ揺らしてアピールしているけど。

 お花が先生の顔に当たってます。

 嫌がってます。


 とは言えのんびり眺めている場合じゃありません。

 俺も手を貸さないと。


「先生、どこが間違っているかはともかく、まずは丸にしてやってください!」

「ふざけるな」

「ちゃんと合ってるの! 先生が授業中に言った通りなの!」


 穂咲が指差す問題。

 アンダーラインの部分を英訳せよ。


 「×」にされた穂咲の答えは。


 sunny stand up


「そっちで覚えちゃったか……。でも、確かにこれは先生が授業中に言っていた言葉です。丸にしてください」

「そんなわけにいくか。常識で考えろ」

「じゃあ、常識的にポーカーで勝負なの!」


 そうだね、常識的に……ってそんな馬鹿な。

 びっくりするほど非常識なこと言い出したね。

 ギャンブルとか大嫌いそうな堅物にそんなこと言っちゃダメに決まってます。


「すいません! とりあえず今のおバカ発言の責任を取って俺が立っておきますからご再考を!」

「立つのは当然だろう、秋山。ディーラーは立っているもんだ」


 え。


 ざわつく教室。


 不敵な笑みを浮かべる先生。

 腕組みで自信のほどをアピールする穂咲。

 十枚ずつのチップとトランプを教卓に並べるお調子者の柿崎君。


 ……没収だと言われて頭を抱える柿崎君。


 この変なクラスでは珍しいことが良く起きるけど。

 さすがにこの事態は想像の範疇を超えているのです。

 でも、よりによってポーカーか。


 二年前だっけ。

 お正月にお互いの親族ごちゃまぜで宴会やった時。

 うちの父ちゃんからポーカーのルール教わって。


 ……そして君の怖いおばあちゃんに二人して正座させられてたね。


 おせちを頬張りながらそれを見ていたら。

 曲がったことは許しませんとの一喝を聞いていたら。

 伊達巻きの渦もまっすぐ伸ばさなきゃいけない気持ちになったのを覚えてる。



 でも勝ち目ないんじゃないかな、穂咲。

 君、ポーカーフェイスって言葉をはったりのことだと思ってるみたいだからね。


 二人ともチップを一枚ずつ出して。

 俺がため息交じりにちゃっかちゃっか切って配った五枚から二人とも三枚交換。


 すると、ギャラリーの全員が思わず笑ってしまうほど。

 穂咲はへたっぴな、強気ないやらしい笑顔を浮かべた。


 ……やめて。

 それに騙されるの、きっと朝に木の実を四つやると言われてうきーうきーと喜ぶ生き物だけです。


「ふっふっふ! 残りのチップ、全部かけるの!」


 ぎゃー!

 ……コールされて負けだな。


 どう考えたってブタだ、こいつの手。

 思わず天を仰いでいたら、意外な返事が返ってきて危うく声を上げそうになった。


「そんなにいい手が揃ったのか。むむ、おりよう」


 おおと声が湧いたギャラリーにVサインなどしながら。

 ニコニコ笑顔の穂咲と難しい顔になった先生との二回戦。

 なんと今度は、先生がにやにやし始めた。


「よし! 勝負!」

「ふふふ、おりるの」

「なにっ!? 勝負せんか藍川!」

「いやなの。さあディーラーさん、三回戦目なの」


 酷いな、これ。

 穂咲はともかく、先生、ポーカーに向いてない。

 実直な方だからしょうがないけど。


 さて、そんな先生だからね。

 気付いてないだろう。


 穂咲を留年させるわけにはいかない。

 俺はドキドキしながら、手札に集中している先生の目を盗んで二枚のカードをこっそり穂咲のポケットに押し込んだ。


 こら、ざわざわしないの、ギャラリーの皆さん。

 バレちゃうでしょ?


 そしてカードを交換すると、先生は不機嫌な顔になってしまった。

 対する穂咲は……、いや、待てお前。


「ふっふっふ。また良い手になったの! 全部かけるの!」


 イカサマしといてどうしてブタになるのさ。

 なんて悪運の無いやつ。


 まあいいや。

 どうせまた先生がおりるだろうから……。


「コール」


 あれ?


「ストレートだ。……どうした、出さんのか?」

「ストレート!? うわ! ほんとだ!」


 ギャラリーから上がる大歓声が五割。

 悲鳴が五割。


「な、なんてペテン師! あんた、それでも教師か!」

「ばかもん、何て言い草だ。大人を舐めるな」

「いかさまなの! そんなの出来るはず無いの!」


 顔を真っ赤にして怒る穂咲に対して。

 先生は自分のポケットをポンポンと叩く。


「いかさまをしていたのはどちらだったかな?」


 こわあ。

 俺はもう絶対この人の事を信用しない。


 とは言え引き下がるわけにもいかない。

 穂咲の進級がかかっているわけだし。


 俺はその場で土下座をして。

 何とか温情をいただけるよう必死に熱弁した。


 でも、返って来たのは大きなため息だけ。

 いやいや、あなたが採点したんだから状況も分かっているでしょうに。


「……なにをそこまで慌てているんだ貴様は」

「だって! この問題さえ正解だったら……!」

「そうなの! これさえ合ってれば八八点なの!」


 ………………は?


「穂咲さん。では、現在は何点なのですか?」

「八四点なの」

「それが八八点になるとどうなるのですか?」

「末広がりで、いい感じ」


 頭痛い。

 イカサマとか土下座とか。

 やるだけやった意味ないのですけど。


 お腹を抱えて笑い出すクラスのみんなを咳払いで静めると。

 先生はまるで準備していたかのように。

 俺に一枚の地図を手渡した。


「今日はお昼に来賓があって、道案内役が必要だったんだ。昼休みになったら、駅からの曲がり角に立ってろ」

「この寒空を?」

「文句を言える立場ではないだろう」


 ……やっとわかった。

 だから先生はポーカー勝負なんか受けたのか。


 俺は地図をポケットに押し込みながら、ふと目についたカードを一枚捲ってみた。


 このジョーカーのいやらしい笑い顔。

 ポーカーフェイスの内側で先生が浮かべている表情と同じなんだろうな。


 そう思ったら、思わずぐしゃりと握りつぶしてしまった。



 ……ごめんね、柿崎君。


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