第40話 指が回るまで動け

「自由式」

炎が見えた炎だ、確かに炎だった、

それぞれが関係していない炎だ、

人間が感知できない炎だ、

どれだけつまらないことを炎にして

しまったことを悔いているだろうか、

人は一瞬のうちにあまりにも遠くに来すぎてしまった故に、

人間が文章をたてるために炎が発するようになった。

紙は燃えてしまう、簡単に燃えてしまう余りの勢いに、

なにものも文を書けないかのようだ、

そこは文士の地獄である、文士が文を書くたびに、

何もかもが焼けて喉を通っていく。

ひとつの文を描くたびにまた燃えて無くなる。

焼き尽くすことをやめはしない炎を遮る様にして、

やけどをしながら執筆するしかない、

全ての人間はそのように文章を紡いでいるのであり、

そのようにしなければ文章を書けない病理に憑りつかれている。

なにもかもを放棄したくとも書かなければならない事実のみがのこり、

描いたその場から、焼け捨て去られる運命を飲み込まなければならない、

おお、神よ、何度祈った事だろうか、「ありあわせの気持ちを」

心から伝えようと文士サクリフィウは前に進み始めた、

世界は荒野に成り変わり始めていた、何もかもが文になり、

何もかもを地の文に変えてしまった、サクリフィウにもたらされた地獄、

それは何もかもが描くたびに息絶えてしまうという事実を作りだし、

自然を手に入れたと思ったとたんにそれを失うサクリフィウの絶望に、

世界自体が遠のき、その隙間に荒野が入り込んだのだ、あまりにも、

広い荒野を進むには馬が必要だと知ったサクリフィウは馬を呼ぶ笛を吹き、

走り寄ってきた野生馬の背中に飛び乗ると、そのまま掛けて進んでいった。

もし馬の様になれたのならば、この荒野はサクリフィウの自然だったろうに、

もし馬の様に走れたのならば、この荒野はサクリフィウの邪魔をしなかったろうに、

かれの文筆のためには世界が必要だった、荒野を過ぎ去るものに変えるために、

ひたすらにサクリフィウは野生馬の背中にしがみついて走らせていった。

途中、稲光がしたが、それも関係ないまま、嵐が来ることを知っていてもなおも、

サクリフィウはかけ続けていく、たどり着く場所がどこかもしれぬまま、

ただ世界、世界、と求めてやまないその声は遠くに届くのだろうか、

時間が必要だった、より多くの時間が世界に届くには必要だった。

文章という文章が灰になってしまった今、サクリフィウに必要なのは時間だった、

すべての紙が過ぎていってしまった過去なのだから、問題はないものだ、

描かれた現実もすべての物語も、また過ぎてきえてを繰り返す形にすぎず、

過ぎてしまえばなにも残らない、物語たちが一歩一歩かけ離れていくのを知って、

自らが何をしているのかもわからないままに、ひたすら文章を綴ることで馬の歩を

早め、急がせ、世界に向かって一層つよく鞭をうつように駆けさせた。

しかし宙に浮くからだ、それは断崖、世界と荒野を穿つ断崖に達したサクリフィウと野生馬は転がり落ちて、そのまま二度と顔を上げることの出来ない闇に放逐された。

「自分の物語を描いているつもりかしら?」

「わたしの?ふざけるな」

「まあ、いいわ、少しは足りたようだからね」

「悪竜の子種は?」

「ええ、もう少し時間が掛かるかもしれないわね」

悪竜の子種は喉元から吐き出される炎の源、火炎袋の中に入っている。

それを熱く熱してどろどろにした悪竜の子種を大地に流すことではじめて、

カタチになり始める。描くならば文章を記すことで誕生するように、

火炎袋からどのように堕ちて悪竜となるかを記すことで誕生を祝することが可能となり、悪竜を宿した大地をけずりとって、その身体が誕生するのだ。

故に悪竜、を作るには唱え続ける魔術の所作よりも場所の問題が大きい、

文士崩れにしか作れないというわけはなく、どこに子種を宿すかが一番の業の見せどころであり、あっという間に死んでしまう所に落としても意味が無いのだ。

「疲れてるようね?少し休ませてあげる」

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