第2話 お菓子なお客様。

駅前の少しさびれ気味の商店街の外れに俺の家は在る。

"和菓子の甘粕"。

「ただいまー」

ガタガタと、いい加減建付けの悪い硝子戸を開けた。店先には誰も居ない。親父もお袋も奥に居るのだろう。

気にも止めず、靴を脱いだ。二階の自分でさっと着替えて、下に行く。

何か腹に足そうと台所に行ったが、お袋は居なかった。夕飯は作りかけで、放ったらかしにしてあった。

冷蔵庫の中のバナナを一つ千切って取り出した。一口頬張りながら、居間のテレビのリモコンを手に取った。ドラマの再放送が、

「ごめん下さい……」

「ん、客?」

「ごめん下さい」

まだ半分残ったバナナを食べて、一気に飲み込む。

「父さん!」

と、工房の方に声を掛けてみたが、返事が無い。

この家は神隠しにでも合ったのか?

サンダルを突っかけて、代わりに店に出た。

「お待たせしましたぁ……」

と、語尾を失った。

商品ケースの前に同じクラスの猪口怜いのぐちれいたたずんでいた。制服姿のまま、学校指定のバックを右肩に掛けていた。店先に差し込む西日のほのかな光が反射してか、彼女の長い髪は小さな宝石が幾つも散りばめられた様に、キラキラと輝いていた。

何で内に? 今、ここに居る?

一年の時も別のクラスだったし、小学校も別だ。二年に上がって、同じクラスになりはしたものの、話した事なんて一度も無い。顔が合った事でさえ。

第一、彼女は学年どころか、学校一のアイドルだ。別世界の人間だ。

「ここにあるのは、お菓子ですか?」

「はい、お菓子ですけど」

開口一番、彼女の口振りは変であった。が、俺は受け答えを続けた。

「何というお菓子ですか?」

「あぁ……和菓子ですけど」

「ワガシ?」

と、彼女は変なイントネーションで聞き返してきた。

「日本古来の、伝統的なお菓子です。和菓子の和は日本の古い呼び名で。ほら、ここに、和菓子の甘粕と」

と、俺は包装紙に印刷された店の名前を順に指し示した。

「なるほど。和菓子の……甘粕とは何ですか?」

もう、ふざけているとしか。ん、いや、待て! 俺の名前を覚えていないんじゃないのか? って、もう五月だぞ。幾らクラスで存在を消しているからといって、一ヶ月も経っているのに、名前を覚えらていないのか、俺は?

「本名ですけど」

「ホンミョウ?」

「甘粕直人。俺の名前です」

「あぁ、名前! 甘粕なおと。分かりました」

くすりと笑う。肩が小刻みに揺れて、髪が揺らめく。滑らかに、流れるように。

それはまるで、テレビの何かの番組で見た、タワーから次々と流れ出るチョコレートように、甘く、とろけていた。

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