第8話 総務課の三人
「記憶を持ったまま転生できたのって、私だけの特典じゃなかったんですか!? それに見た目だって、前とおんなじだし」
「前後賞……っていうのかな? 600兆1人目……みたいな?」
「なにそれっ!? 私、全然特別じゃないじゃない!!」
結衣は拳を握りしめて、抗議の意を伝えている。
しかし「まぁまぁ」というフィーネを見て(そう言えば、なんだか私、今日怒ってばっかりだな)と反省し「まぁ、もういいですけど」と、この話を終わりにした。
「さぁさぁ、結衣ちゃんは、総務課に戻りますよぉ」
フィーネは後ろ髪惹かれている結衣を引きずるように、グラウンドから連れ出した。
再び総務課の部屋の前に連れ戻された結衣は、フィーネに「これから一緒に働く同僚を紹介するわね」と言われて、緊張していた。
「そうか、そうよね。総務課って言うくらいだから、私とフィーネさんだけじゃないわよね」
普段、あまり人見知りなどはしなかったが、初めての世界、初めての職場、初めての人と会う、ということとなれば、さすがの結衣でも多少の緊張はする。
「そろそろ終業時間だから、みんな帰ってきてるかな〜」
結衣の緊張をよそに、フィーネは楽しそうに総務課のドアを開いた。
先程、部屋に通された時は結衣とフィーネ以外、誰もいなかったが、今は三人の男女が部屋の中にいて、何やら激論を繰り広げていた。
「今日中にやっといてって言ったじゃないの!」
「そんなこと言われても、お前らと違って俺は剣術指南という仕事もあるんだから、しょーがねぇだろ」
「まぁまぁ」
「剣術指南って、元々あんたがやる仕事じゃないでしょうが。自分で買って出てやってるのは自由だけど、総務課の仕事に支障が出るのは本末転倒」
「けど、剣術を教えられる奴が少ねぇんだから、断れなかったんだよ」
「まぁまぁ」
「まぁいいわ。明日までにはやっといてよね」
「無理。明日も自分の担当の仕事と、剣術指南で手一杯だわ」
「ほっほっほ、困りましたなぁ」
「じゃ、どうすんのよ。明後日には使えるようにしておけって、言われてんのよ」
「知るかよ。自分でやればいいじゃねぇか」
「まぁまぁ」
いきなり修羅場になっていた。
赤髪ショートカットの女性が、スキンヘッドのガタイの良い男を責めていて、それを仲裁しようとしている白髪で細身の男の三人が、輪になっていた。
「こんにちは〜」
そんな空気を完全無視して、フィーネがにこやかに挨拶する。赤髪の女性が「今、忙しいんだよ、後に……」と言いかけて「お、フィーネじゃん! おひさー」と手を降った。
「お久しぶりです、ロッティさん。それにジーン課長と、マックスさんもお久しぶりです」
「お〜、フィーネじゃねーか! 何だよ、今度はこっちに来たのかよ」
ガタイの良いマックスと呼ばれた男がニカッと笑った。
「おやおや、フィーネさん。お久しぶりです」
白髪のジーン課長が礼儀正しくお辞儀をする。
「早速ですけど、明日からこっちで働くことになった、結衣さんを紹介しますね」
フィーネは結衣の肩を持って、一歩前へ立たせた。
「ああ、あの! 望月結衣と申します。えっと……転生してきたばっかりで、まだちょっと何が何やらという感じなんですけど」
そう言ったところで、結衣はハッとした。フィーネの耳元で「あの、転生の話ってしちゃダメでしたか?」とささやいた。
「大丈夫よ、結衣ちゃん。ここはさっきも言ったけど、特別な世界なの。ここにいる皆さんは、そのことは承知しているわ」
結衣はそうなんだ、と思う反面「やっぱり、全然自分が特別じゃない」ということに気がついた。
「あの……フィーネさん? なんかさっきと言っていることが違う気がするんですけど?」
「何がかな? 結衣ちゃん」
「なんか、私全然特別感がないんですが」
「あらあら、またその話? ちょっと誤解しているわよ」
「誤解?」
「ここにいる人達は、二つに分かれるの。ひとつはこの世界で生を受けた人たち。そしてもうひとつは、この世界に転生してきた人たち」
「私は転生した方ですよね」
「そうね。でも普通転生した場合は、必ずなんらかの形で、再び違う世界にもう一度転生するの。その多くは勇者として教育された後になるけど、中にはドロップアウトして、そうなれない人もいるわ」
「ドロップアウト……」
「どちらにしても、ここから違う世界に転生される時は、必ず記憶を持っていけないようになっているの。そして、この世界に留まり続けることも、できないのよ。それは普通、この世界で生を受けた人だけなの」
結衣は驚いた。フィーネはこの世界に留まることのできる期限については、詳しく語らなかったが、別の世界から転生して、記憶を持ったまま、この世界にいられることは、それ自体が特別なのだと説明をした。
フィーネが詳細についてあまり語らないので、結衣はまた誤魔化されている気がしないでもなかったが、とりあえずは納得するしかないと思った。
「そんなことより、自己紹介の続き続き」
フィーネは結衣に促す。
「ええと、改めまして、望月結衣です。今日からこちらでお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いします」
ロッティが結衣の肩を軽く叩きながら言う。
「ロッティ・グレアム。ここの主任をやってる。よろしく。むさいおっさんばかりの職場で、正直困ってたんだ。若い女の子は大歓迎だよ」
ショートカットながら、容姿は淡麗で、フィーネとは違かった感じの年上のお姉さんという感じだだと、結衣は思った。姉御、という言葉がしっくりきそうだ。
次にマックスが腕を曲げ、筋肉を見せびらかせながら言った。
「マックス・エルレンマイアーだ! 総務課職員 兼 剣術指南教官をやってる! 剣の腕を鍛えたかったら、いつでも言いな。鍛えるぜぇ」
そう言ってガハハと笑うと、スキンヘッドの頭がキラリと光った。筋肉の塊、という言葉がよく似合いそうだと結衣は思ったが、思ったほど怖い人でもなさそうだった。
最後にジーン課長が、そっと手を出して結衣と握手をしながら言った。
「ジーン・グラフトンと申します。ここの課長をやっております。そこのフィーネさんとは、叔父と姪の間柄なんですよ」
上品に整えられた髭をさすりながら、上品な物腰で優しく話す。凄く細身の人物で、スーツを着ていたが、なんとなく似合っていない……
「って、ええええ!? お二人って親戚なんですか!?」
「えぇ、そうなんですよ。ジーンおじさまは、お父様の弟さんでいらっしゃいまして、小さい頃はよく遊んでもらっていました」
「ホホホッ、懐かしいですなぁ」
「そうそう、おじさま。お父様からお預かりしているものがあります」
「おやおや、なんでしょうか?」
ジーン課長におみやげを渡ししているフィーネを見て、結衣は「似たもの同士」という言葉が浮かんだ。
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