第3話 蘇った記憶



 異世界。


 それは結衣にとって、特別な意味を持つ言葉だった。


 結衣がまだ元の世界いた頃の話。結衣の家の隣に住んでいた一家には、結衣と同い年の子供がいた。


 彼の名は佐伯 優馬と言った。優馬と結衣は、小学校、中学校、そして現在高校も同じで、すっかり腐れ縁と言って良い仲だったのだが、その優馬が中学二年生の辺りから、あるものに夢中になっていたのだ。


 それが「ライトノベル」というジャンルの小説。いわゆるラノベ。


 学校から帰ると勉強そっちのけでラノベを読み漁り、アニメのために夜更かしし翌日遅刻しそうになったり、休日に出かける場所と言えば秋葉原ばかりだったり。


 最初、結衣はそんな優馬の行動を快く思っていなかった。 


 しかしある時、優馬が「結衣も読んでみろよ、面白いぞ」と文庫本を手渡してきた。それらの多くには「異世界で〜」とか「〜したら異世界だった」など、異世界キーワードがふんだんに散りばめれられていた。


 始めは「ナニコレ?」と目が点になっていた結衣だったが、恐る恐るページをめくっていく内に、すっかりその虜となってしまった。


 何の変哲もない高校生や中学生が、異世界に転生して、なんだかんだと大活躍する物語に心躍らせた。


 結衣は今の生活に特別不満があるわけでもなく、どちらかというと充実した日々を送っていたが、それでも物語の中の主人公に自分を重ね「私もドラゴンに乗って大空を駆け巡りたい!」などと、目を輝かせながら思ったりもした。


 でも、それは優馬には内緒にしておいた。本を返す時も「ごめん、結局見なかったわ」と、サラッと言ってのけた。


 それ自体にあまり意味はなかったのだが、なんとなく結衣の中では優馬は「弟」であり「姉」の威厳を保つために「面白いね!」と素直に言えなかっただけである。


 そしてそんな世界に、今自分がいるという事実。


「……夢?」


 なのだろうと思った。しかし、少しづつ記憶がよみがえっってきている。


 猫。


 激しく行き交う自動車。


 気持ち良さそうな猫の顔。


 慌てて飛び出した。


 そして暗闇……。


「わ、私……」


「あら? 記憶が戻ってきた?」


 フィーネが優しく結衣の方に手を乗せる。そして告げた。


「残念だけど、あなたは前の世界では死んだの」


 やっぱりそうだったのか。結衣はガックリと肩を落とした。

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