#3 まず最初に相談すべきは

 ノリちゃんにスグロ先輩がいった言葉。――「コボリくんが、自分のことを好きになってくれるところを想像することができる?」――それを聞いて、私も考えた。

 レイコ先輩が私のことを好きになってくれるところを想像できるか。

 正直いってできない。そもそも、先輩が私のことを恋愛の対象として判断してくれるのかどうかさえわからない。いや、普通はしないよね。だから、私の場合はスグロ先輩の助言は当てはまらないのかも。

 スグロ先輩は確かにむちゃくちゃなところがあるけど、アドバイスはびっくりするくらい的を射てる。スグロ先輩に相談することもちらっと頭をかすめた。でも、それはちらっとだけだ。

 私がまず相談するべき相手は彼じゃない。

「あれ? ノリちゃんは?」

『シカゴ』には私が先に来ていて、イサミは遅れてやってきた。

「今日は卓球部の練習、休みだって」

「ああ、そうか。じゃあ、今日は打ち合わせ、なしだね」

「うん。あのね、イサミ。ちょっと相談があるの」

「どうしたの」

「ええと……」

 はやくも私は後悔し始めていた。やっぱりだめだ。でもこのままだともっとだめな気がする。

「レイコ先輩が……」

「先輩が?」

「ほ、ほら。レイコ先輩、もうすぐ卒業じゃない。お祝い、何がいいかなって……」

「お祝いって……。卒業式、来年の三月だよ」

「ま、まあそうだけどさ。こういうのって、急には思いつかないものじゃん。だから、今から考えといたほうがいいんじゃないかなぁ、なんて。ははは……」

 ああ、もう。

 ダメじゃん。

 イサミは私をじっと見つめた。

「レイコ先輩のこと、リンコは前から知ってたの?」

「え。う、うん。同じ中学だった」

「そう」

「でも、向こうは私のことは知らないよ。私は、何度か学校で見かけたことがあって、それで顔を憶えてただけ」

「もしかして……リンコがSF研に入ったの、レイコ先輩がいたから?」

 こくり、と私はうなずいていた。

 もしもイサミが聞きにくそうな顔や、恥ずかしそうな顔をしていたら、私は答えをためらったかもしれない。でも、イサミは真剣な顔で、まっすぐ私を見つめた。だから私も、ホントのことをいった。

「私、レイコ先輩のことが好きみたい」

 イサミがどんな顔をしたのか、わからない。思わずうつむいてしまったから。でも、いったん口を開いてしまうと、私は止まらなくなってしまっていた。中学一年の冬、あの雪の日に初めてレイコ先輩を見かけたときのこと。しばらく校内で先輩の姿を探したこと。いつも遠くから眺めていたこと。

「ヘンだよね。でも、どうしようもないんだ。中学の頃は、ただ先輩に憧れてるだけだと思ってた。先輩、美人だし、頭いいし。まあ、よくあることじゃん、そういうのって。ずっとそう思ってたんだ。でも、違ってた。図書室で久しぶりに先輩に会って、やっぱり違うんだってわかった。だって、苦しいんだもん。なんかこのへんが――」

 私は心臓のあたりを右手で押さえた。

「――このへんが、クッ、ってなるんだもん。……ごめん。気持ち悪いよね」

「私は――私にはわからない。人を好きになったことがないから、リンコになんていってあげたらいいのか、わからない。でも、私はリンコのこと、気持ち悪いなんて思わない」

 恐る恐る、私は顔を上げた。そこにはやっぱり真剣な表情のイサミがいた。

「自分のこと、気持ち悪いなんていわないで」

 また、私はうつむいた。

「ありがとう」


「なんか、ちょっとすっきりした」

 ふたりで駅までの道を歩きながら、私は夕焼けに染まる空を見上げた。

「ちゃんとしたことがいえなくてごめん」

「ううん。聞いてくれただけで、すごく助かったよ」

「ねえ、リンコ。もしかしたら、私より――」

 イサミが何をいおうとしているのか、なんとなくわかったから私は先を制した。

「それは、まだいいよ。最後の手段に取っとく」

「わかった」

 イサミはうなずいた。

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