赤いレインコート

モナムール

第1話

これから書く話はただの出来事であるし、この程度のことに苦しむのはあまりに馬鹿らしいと思うだろう。

しかしその出来事のせいで私から眠りの足音は遠ざかるばかりである。

神に創造された人間が、ただの出来事に地獄の底に落とされ、私はあらゆる責め苦に苦しんでいるのだ。

ある雨の昼下がり私は傘をさし、いつもの散歩道を歩いていると、まるで何かを追いかけるように赤のレインコートを着た子供が走っていた。

私はその時は大して気には止めなかった。

おお、神よ!この時私は既に魔王の牙から逃れれない運命だったに違いない。

いつだってそうだ。運命の津波は準備していようが、いまいが、いつだって私たちを地獄の底まで流そうとする。

大抵私たちは争うすべなく地獄の底に流される。人間とは誰もが地獄の住人なのである。

翌日のことだった。この日はこの季節にしては珍しく晴れていた。

コンコン、とドアをノックする音が部屋に響く。私にはその音が魔王ルシファーが告げる始まりであるような不吉な予感がした。

ドアを開けると、刑事達が数人私を疑うような目で見ているではないか!

「おや。どうなさったんです?」

「昨日、赤のレインコートを着た子供が行方不明になった。何か知らないか?」

私は正直に話した。神に誓って、私は殺してなどいないこと、魂は人殺しの重荷を背負ってないこと、昨日散歩した際に目撃したこと。

気がつけば、私はソファーに座りぐったりしていた。あの後家を隈なく調べられた。

帰り際に

「身の潔白が証明されたこと嬉しく思います。ただこれからは少しばかりマナーを重んじるようお願いしたい」と、疑われる恐怖に駆られてこのように言った。

次の日、赤いレインコートの子供が町に帰ってきた。

まるで何事もなかったかのように平然としていたし、何を聞かれても記憶がないのだという。

ただ奇妙なのは町の住人は根掘り葉掘り聞かずに、あっさり子供の言葉を信じたのだ。

何かが引っかかるのだ。小さな違和感が拭えずにいた私は夜中に近くの湖で月を見上げていた。その時だった。

雨が降っていないにも関わらず赤のレインコートの子供が気がついたら僕のすぐ近くにいた!

僕は慌てて逃げようとしたけれど、体は一切動かないために、この子供と向き合うしかなかったのだ。

「泳ぎましょう」

「遊ぼう」

「泳ぎましょう」

世にも恐ろしい人間の声とは思えない複数人の声が辺りに響く。

ふと、急に体が動かせるようになった私は逃げようとしたけれど、何かに足を掴まれ、見事に転んでしまった。

その掴む何かを見て、悲鳴をあげた。

人間の手だったのだから。

「泳ぎましょう」

「遊ぼう」

「泳ぎましょう」


ばっと私は勢いよく起き上がり、町を走り、赤いレインコートの子供を聞いて回ったが、刑事も含め、誰も知らないようであった。

「なにを寝ぼけてるんです?ええ?」と1人がいい、複数が笑った。


いいや、あれはただの夢ではなかった。

ズボンの裾をあげると、そこには手形の痣があった。


帰る途中に雨が降り始めた。突如私の横を赤いレインコートの子供が通り過ぎたような気がした。今でも恐怖とともに思い出せる言葉であるが、その時確かに「遊ぼう」と言われたのだ。

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赤いレインコート モナムール @gmapyon

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