bird
タチバナエレキ
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「なあマサシ、俺一度美味い北京ダック食べてみたいんだよ。七面鳥の丸焼きのアジアバージョンだろ、あれって。アジアの鳥の丸焼きの腹には何を詰めるんだっけ。アジアだからライスとかだったよな?ヤクゼン?ショージン料理?なんて言えばいいんだ?」
違う、お前は北京ダックとサムゲタンがごっちゃになってるよ、と俺は返した。
ヨーロピアン系の血が混じったアメリカ人ジョニーは日本に来て1年前後だ。
箸もそれなりに使えるし日本語も不自由なく話せるが日本文化とアジア文化についてはまだまだ知識が足りてないようだ。
北京ダックはチャイナ、サムゲタンはコリアの料理だよ、と言うと、ジョニーはキョトンとした顔になる。
「じゃあジャパンの鳥料理ってなんだ?ジャパンてなんでも食べられるからよくわからないよ」
「唐揚げis日本のソウルフード」
そう素っ気なく答えるとジョニーは反論してくる。
「前に上司が連れてってくれたチャイナのレストランにも唐揚げみたいなメニューあったよ!定食屋の唐揚げ定食とはちょっと違ったけどさ!マサシはいつも適当だよ!ずるいよ!」
何がずるいというのか。
むしろ何故そこで北京ダックを注文しなかったのか。
「高かったから」
上司の奢りなのになんと寂しい外食だ。
「じゃあ今から日本の鳥料理作ってやるから待ってろ」
俺はキッチンに向かう。
ジョニーとは英会話教室のクラスメイトの紹介で知り合ってやたら気が合って職場も家も近場だったから頻繁に遊ぶようになった。
その頃、偶然にもお互い彼女が居なかったのもあって、良い飲み友達となった。
職種もちょっと似ていて、共通の友人もいる。趣味も被っている。呼び出す事も呼び出される事も多かった。
今日はテレビで野球でも見ながら俺の家で飲もうという事になったのだ。
昼過ぎ、酒とスナックを買い出しに行くついでに駅でジョニーを拾った。
そして家に戻って野球中継が始まるまでゲームとかしてた。ジョニーはどこで覚えたんだよ、と言いたくなる位マリオが上手い。
スナックだけでは腹が減るからなんか軽く飯も調達するか、いっそピザでも頼むか?と言ったらジョニーが突然北京ダックの話を始めたのだった。
俺は料理だけは得意だった。
無駄に気合いを入れて親子丼を作った。
とは言え材料が少なかったのもあってほんの一人前だ。それを半分づつ、皿に取り分ける。
ジョニーは「これ!これ知ってるよ!仕事場の隣にこのお店あるよ!でも一度も入ったことないよ!店の外のメニュー見ていつも気になってたんだよ!」と目を輝かせながらペロリと平らげておかわりを要求してきた。
「もうないよ」と言うとジョニーはあからさまにしょぼんとした。
「もういい、ビール冷蔵庫から出してくれマサシ」
はいはい、と苦笑いしながら俺はビールをテーブルに置いてやる。優しいからちゃんと蓋も開けてやった。
野球はお互いの贔屓球団がそれぞれ東京が本拠地だと言うのに今週末の3連戦は地方の球場での試合だったのでテレビで見ることにしたのだ。俺のマンションはちゃんとBSも入る。
お互い改めてテレビの前に座り直す。
その瞬間、ジョニーの贔屓球団の4番がホームランを打った。
ひとしきりはしゃいだ後、突然真顔になったジョニーは言う。
「マサシごめんな、お前の好きなチームのマスコット食べちゃって…」
俺の贔屓球団のマスコットは確かに鳥だ。
「でも別にニワトリじゃねーから…燕だから…」と俺がビールを煽ると、ジョニーは「え、これペンギンだろ?違うの?」と笑う。丁度テレビの前に小さいぬいぐるみを飾っていた。以前同僚数人と現地観戦をした時に俺の誕生日が近かったので皆が割り勘で買ってくれた物だ。
「なあ今度スタジアムも連れてってくれよ、別にどのチームの試合でもいいよ!でもドームだとあんまり楽しくないよな!やっぱりベースボールは野外だよな!」
ジョニーはポテトチップスの袋を開ける。無限の胃袋だ。知ってはいても、たまに驚く。どこにその食べ物が消えていくのだろう。
途中、雨で試合が中断した。急遽BSニュースが入る。
俺がトイレに行っている間にジョニーは寝ていた。
東京は晴れているのにテレビの中は大雨で、なんだかとても不思議な気分だ。
俺はベランダに出てタバコを吸う。
灰皿代わりの缶に灰を落としていると背後からジョニーの声がした。
「試合再開だよマサシ!早くしろ!こっからが勝負だろ!」
もしこれでこのままジョニーの贔屓球団が勝てば「マサシ!外に飲みに行こうぜ!女の子ナンパしよう!」と言い出すに違いない。
でも多分負けても同じ事を言うような気がする。
ここでひとつ大きな問題があって、ジョニーは先月事故で亡くなってるって事。
つまり今、俺の横で親子丼食べたりテレビ見て騒いだり屁をこいたりしているジョニーは幽霊なんだ。
心優しいジョニーは混んでる電車で痴漢されてる女の子を助けようとした。
しかし犯人を捕まえて駅員に突き出そうとしたら逆ギレされ、派手に突き飛ばされて線路に落ちた。その時に思いっきり頭を打ってそのまま意識が戻らなかった。
防犯カメラのお陰で犯人はすぐ捕まった。
ジョニーが入院してる間に緊急来日したご両親と会社の上司だけでひっそり簡単なお葬式のような事をして、遺体はご両親と共にアメリカに帰って行った。後日やはりひっそりと同僚や友人達で集まりお別れ会と称して飲んだ。
葬式でもお別れ会でもジョニーに助けて貰った女の子はずっと涙を堪えながら頭を下げていた。マミコさんという社会人1年生の若い女性だった。
ジョニーはたった1年弱しかいなかった遠い国で皆に愛され、そして感謝された。
彼はこの世になんの悔いがあるんだろう?
俺、凄く仲良かったはずなのにわかんないんだよ。
これ、一体どうしたらいいんだろうな。
bird タチバナエレキ @t2bn_3
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