9−3
「本当は、見せたくなかったな……この姿」
言いながら、ヒトミはチョーカーを外した。彼女の首には赤い輪のようなラインがあった。聡介の腕に出現したのと似ている。赤いラインはぼんやりと発光し、ヒトミの身体を包み始めた。
ヒトミの白い肌にいくつも亀裂が走ったかと思うと、皮膚がめくれ上がり、ぎょろりと目玉が露出した。
その姿の異様さに息を呑む。
大小様々な大きさ、色、形の眼球がヒトミの身体を覆う。ぎょろぎょろと辺りを睨み、瞬きを繰り返す様は気味が悪い。
「これで、もっとよく見えるようになった」
ヒトミは微笑み、聡介を見る。いつもの、人懐っこい目で。
『神血珠を体内に持つ者が、フェイムの好物だ。においに惹かれて出てくるはず』
ソルを救う方法を話したとき、ヒトミはそう言った。聡介は、自分が囮になるのだとばかり思っていた。
だけど違った。彼女は最初から自分の身を投げ出すつもりでいたんだ。決して他力本願ではない。
「わかった。ナビを頼む」
聡介が短く言うと、ヒトミは頷き先導した。
マグマグマはときおり、威嚇するように両前脚を高く上げ、咆吼する。
なるほど確かに、元は好戦的な生き物ではないようだ。臆病だからこそ、自分の優位を盛んにアピールする。
まぁ、だからといって恐ろしいことには変わりないのだが。
「動きが鈍るまで攻撃して」
ヒトミは短く言い、距離を取る。
「鈍るくらいって……」
どれくらいだ? 検討がつかない。だけど、やるしかない。
聡介は武器を構え、力任せに頭上で弧を描く。
マグマグマは一瞬怯んだ。だが、身震いをしたあと、両前脚を高く持ち上げ、地の底から響くような声で吼える。
空気が震えて、指先までびりびりと麻痺したような感じがした。
「やべ、煽っちゃったか」
立ち上がった姿は想像よりもはるかに大きい。振り下ろす腕は意外に早い動きで空を斬る。そのたびに、赤い飛沫が飛び散った。
こんなことなら野生の熊に出会ったときの対処法でも読んでおくんだった。多少は気休めになったかもしれない。
攻撃は単純だった。少し観察すれば躱すのは容易い。
だが、斬りつけても叩きつけてもマグマが飛び散るだけで、ダメージを与えられているのかどうかわからない。
精神的に疲弊する。終わりが見えない作業ほど苦痛なものはない。
それでも、ちまちま削っていくしかないか。
「しかし、あっついな……」
体表はマグマで覆われているし、ワニマッチョが一部の地面を水に変えたせいで、異様に蒸し暑い。おかげで燃え広がらずには済んでいるが。
異常な高温多湿のせいか、なんだか頭が朦朧としてきた。
「聡介! ぼやっとすんな!」
ヒトミの声と同時に、爪が聡介の頬を掠めていく。
痛みはないが、硬化した皮膚が裂けたような感触がした。
「聡介!」
ヒトミの切迫した声で、これが今まで彼女が用意した練習相手ではないことが知れる。あのめんどくさいイノ紳士でさえ、一応話は通じたのだ。
こいつとは、意思の疎通すらままならない。
助けて――。
ふいに子どもの声が聞こえ、聡介は辺りを見渡す。逃げ遅れた子どもがいるのだろうか。それとも、ヒトミの息子の声か?
「……なんだ?」
「気をつけて、聡介。話したでしょう、フェルムは……」
そうだ、神血珠を体内に持つ者が好物だと聞いたそのあと、もっと詳しい情報が欲しいからと、ヒトミに話してもらったのだ。
あのとき、ヒトミはなんと言っていただろうか。
思い出せない。
焦りと混濁する意識の中で、子どもの声は徐々に大きくなっていく。
どこから聞こえる。どこだ……。
声の主を探すうち、目眩がした。視界は徐々に悪くなる。敵の姿をよく見ようと目の前に手を翳す。
その手が、ふいに小さくなって聡介は息を呑む。
助けて―――。
後頭部が酷く痛んだ。ずきずきとして、襟元が濡れていて冷たい。動くことはできなかった。
助けて、助けて……。
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