Wy-Borne Service――飛竜落下傘猟兵部隊――

角口総研

第一章 落下傘電撃作戦

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 落下傘兵は猟兵を兼ねる。少数であるが故の利を活かした柔軟な機動力と施条銃の射程と火力を以てして敵に痛撃を与える。その上、飛竜のを使えば敵の防御網やあらゆる地理的な障碍を無視して兵力を迅速に展開できる。それ故に伏撃や破壊工作の申し子たる兵科である。

 第八師団に属する飛竜落下傘猟兵部隊にはまさに落下傘兵の真骨頂とも云うべき任が与えられた。

 混戦の中にある陣地へ降下した後に友軍と共に敵を挟撃、殲滅することだ。特に伏撃により敵の司令ブレインを討てば指揮系統が混乱し大軍は一挙に瓦解することになる。一度の戦術的勝利から戦局を左右させる結果に結び付くのだ。インテリから見ればこれは机上のシミレーション上で考えられる実現値の最大利得であり実際の戦場ではあり得ぬと唾棄すること間違いないだろう。

 だが、事実とは常に奇妙なもので当時、無名の不良少尉が初陣で挙げた戦果は後代まで語り継がれる彼の栄達の第一歩となった。

 

 ――1


 高度が上がると息が苦しくなる。

 訓練で何度も経験したはずだが、いざ実戦となると怯懦から震が止まらない。動悸で高まる胸を押さえながら部隊の指揮を執る新任少尉は飛竜の上から戦場を俯瞰して見下ろす。意外なことに少尉の顔色に内心は表れていない。只々、愛想の無い仏頂面をしているだけである。


 見下ろすと絶えず轟音が鳴り響き、遅れて砲煙が上がる。白いものが交じった息を吐きながら双眼鏡を覗いて降下予定地点の確認を行う。飛竜は大変硫黄臭いから竜兵は鼻呼吸をしない。いや厳密に云えばこの男は竜兵ではない。軍事学的に区分の難しい兵種に属している。


 今は遥か上空を飛んでいるがこの少尉が指揮する部隊の本分は陸戦である。かといってタイリクオオトカゲ――竜もどきに跨って突撃する騎竜兵とも違う。騎竜兵とは勝利の最後トリを飾る戦の花形である。それに比べたら産声を上げたばかりの実験部隊、飛竜落下傘猟兵部隊ワイバーンボーン(以下、落下傘部隊とする)など帝國上層部は勿論のこと現場の野戦将校からしてみても厄介者に過ぎない。


 この新任少尉に下った辞令とはこの厄介者部隊の分隊指揮官であった。つまりは見事に貧乏くじを引かされたのである。優良な成績を収めた後に騎竜兵将校に志願したはずなのにこの始末だ。思えば任官前の候補生時代に幾度も教官の不興を買ったのが不味かったのか。今後悔してもそれは遅い。今は眼前の問題処理に過去の要因は関係ない。少なくともこの新任少尉、日下部悟朗にはそう割り切るだけの図太さがある。その図太さ故にこの半年に少尉任官者への洗礼である古参兵からのいびりにも耐えることができた。

 

 軍隊では部下からの敬意とは階級章の星の数に比例して得られるというものではない。上官たる者には統制の為に並ならぬ努力を要する。そこは娑婆と変わらない。古今東西、重い役職と不釣り合いの凡骨など腐るほどいるからだ。


 特に尉官という物は高級将校と下士官の板挟みであるからその権能を遺憾なく発揮するには常に堂々たる勇者で在らねばならない。そういった幼年学校出身者特有の固定観念は日下部の小さな双肩に不釣り合いな重圧となって降りかかる。その一方で、彼も貰った扶持に見合うだけの役割ロールは果たして見せる意気込みで初陣に挑む。


「日下部少尉、あと四半刻で落下予定地点に到着する」


 生粋の飛竜乗りである上官は日下部をはじめとする落下傘部隊への嫌悪を隠そうともしない。語気には露骨な憎悪にも似た感情が含まれている。


 それもそのはず、限られた積載量を割いて得体のしれない新設兵科を乗せているのだから歴戦の飛竜乗りとしては面白くないだろう。人竜一体を自負し無双を誇った飛竜部隊が運び屋として使い走りにされた挙句、戦果を新顔に横取りされるのと同義であるからだ。


 それに上官との不和は飛竜乗りの因縁以前にもとより日下部が人好きのしない性分であることも大いに影響している。どこまでも不愛想で間の抜けた顔が与える第一印象は最悪であったからだ。その幼さを残した顔には愛嬌など微塵も無く、聞き分けの悪い子供を連想させる憎たらしさだけがある。それは究極の縦型社会である軍に於いて好意的に取られる見てくれではない。


 飛竜に人を乗せて長距離移動するときはお互いに故郷くにの話題で雑談に花を咲かせるものだが、この険悪な空気の中で淡泊な事務的会話のみが行われる。


 軍隊としてはこの対応が正しい在り方なのだろう。それにこの上官の対応は他人ひととの別れは後腐れの無い方がよいとする日下部の肌に合っていた。


「作戦は敵左翼の展開の阻止。これを叩いた後に本隊に合流し敵主力を殲滅する。復唱の必要なし」

 

了解サー」日下部は息をのんだ。「これより各員に伝達。降下準備に取り掛かります」


 日下部は銅鑼を4回鳴らして合図をした。落下傘兵達は最終確認に入る。


 ベルトクリア背嚢ザック、良。航空眼鏡ゴーグル、良。


 下方視界良好。各員ともに不備がないことは随伴する飛竜の騎手が手信号で合図する。


 よし、俺が次の銅鑼を鳴らせば全員一斉降下だ。

 やはり震えが止まらない。酷寒の中、滝のように流れ出す汗が止まらない。ああ、凍傷になってはいけない。ただ、高所に立たされても失禁しなくなったことはこの半年間の大きな進歩だと日下部は自負している。


 あれこれ思案している内に肉眼でも目標が確認できる距離になった。


 日下部は銅鑼を鳴らした。


 ――2

 横列を組みながら編隊飛行する飛竜の群れから一つの人影が投げ降ろされるように放たれた。他の落下傘兵たちもそれに続いて身投げをする。

 強い空気抵抗を受けながら身体を大の字にして大地を俯瞰して見下ろす。多くの者は先ほどの恐怖感から一転、高揚して爽快ハイになる。日下部も例外ではない。その細い双眸そうほうは瞳孔を開いて着地点へ焦点を合わせていた。航空眼鏡に保護された目を瞬き一つせずに大きく見開いている。


 ただ、日下部は躁に駆られながらも醒めた目で現状を観察する冷徹な自分がいるような気がした。事実、頭の中は真っ白になった今でも深層意識の中で降下から着地の手順を手際よく処理しているし、着地後の部隊行動も頭の中で組み立てられていた。


 等速で地面が迫ってくる中、頃合いを見て落下傘を開く。初めは大きな揺れを感じたが直ぐに比較的安定した軌道を描いて地面へ到達した。


 着地の際も注意が必要だ。落下傘を切り離しパージと同時に自ら倒れ掛かって足、腰、肩の三点で着地の衝撃を受け流さなければならない。こうして受け身を取らないと怪我に繋がる。最悪、骨折でもされたのなら部隊はそいつを見捨てるしかない。


 着地した日下部は周囲を見渡す。この時代の茸型落下傘は操作性に問題があるため着地点に無視できないほどの大きな誤差が生じてしまう。


「自分の声が聞こえたのなら返事をしろ。返礼の後直ちに集合。点呼を取る」


 

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