時計職人の意地

「娘のアンジェラだ。もう三年も眠ったままなんだ……」


 クロックはトーマスの後に続いて部屋に入った。

 部屋の内装は眠っているアンジェラの趣味なのか、ぬいぐるみがいくつもあり、机の上にはきれいなヒマワリが一輪差してあった。


「失礼ながらお聞きしても?」


 クロックはトーマスが頷くのを待って尋ねる。


「三年もの間眠っているということですが、食事はどうされているのです?」

「体を起こして妻が毎日食べさせているよ。流動食だがね」

「はあ……」


 眠っているにも関わらず、アンジェラは介助さえあれば食事をすることができるようだ。

 さらにクロックは尋ねた。


「医者には?」

「もちろん診てもらった。どんなに金がかかってもいいからと頼んでも、十人中十人の医者が匙を投げたさ。もう娘は救えないのだと……彼らはそう言った。一生このままか、近いうちに衰弱して死ぬだろうと」


 トーマスは淡々と語る。だが、彼の肩が震えているのを察して、クロックは口を閉じるしかなかった。


「きっかけもわからないんだ。アンジェラはある日、眠ったまま起きなくなった。前日もいつも通りに過ごしていたと聞く。事故に遭ったわけでもないし、病気がちだったわけでもない。頭の病気かとも思ったが、医者が言うには、脳に何かしらの障害があるかもしれないが詳しくはわからないと言う」


 親として、できる限りのことはした――トーマスはついに目元を潤ませて座り込んだ。

 アンジェラの手をとって、額に当てる。


「仕事が忙しいからと、私はそれまで家族のことをずっと放棄していたんだ……きっと、これは家族を顧みない私に天罰が下ったのだと思った。だが、娘には何の罪もない」


 トーマスは息を整えて顔を上げる。


「調べてみるうちに、ひとつ気になる記事を見つけたんだ。図書館で、もう十年以上も前の新聞の片隅に掲載されていた記事だ。アンジェラと同じように原因不明で意識を失っていた男が元に戻ったという記事だ」


 偶然だろう、とトーマスは疑った。しかし、居ても立ってもいられず、その男を捜し出し、そしてどうして助かったのかを問い詰めたのだと言う。


「そして、私は知った。今まで非科学的なことなど信じなかった私だが、この世界には何らかの原因で時間を止められた人間がいるということを、だ」


 そして彼は記事の男に尋ねた。君を治療したのは一体誰なのか、と。

 すると男は言った。クォーツ時計店の店主に助けてもらったのだと。


「十年前なら、それはうちの親父でしょうね」

「何か話を?」

「いえ、まあ、俺も親父の仕事を継いだわけですから、本業は時計職人ですよ。でもね、副業の方もちゃんと教えてもらってます」


 トーマスはそれを聞いて少し安心したようだった。


「クロック君。聞こう――君はアンジェラを救えるか?」

「ここで、できますと言えればかっこいいんでしょうね」


 クロックは小さく息をついた。


「できるだけのことをやります。じゃないと親父の面目が立たないですからね。それに……」

「それに、なんだね?」


 トーマスに促され、クロックはふっと微笑んだ。


「時間を忘れるには、彼女は若すぎますから」

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