消え去る日だ⑦

少し高くなった体温が意識を現実に近付けた瞬間、物体と物体が互いに鳴らす音で目が覚める。

サイドテーブルに置いてあるASCコンタクトを目に入れると、Connectingと一瞬表示され、次に現時刻とおすすめの外出先が表示される。


時刻だけを確認して、邪魔な情報を全て押し退け、ベッドから這い出て寝室からリビングに移動する。

体を伸ばしながら洗面所で顔を洗い、音がする方に歩く。


キッチンと思われる所に顔を出すと、JBが丸いパンと、ハムチーズを皿に乗せていた。

顔を出していた私に気付くと、「Guten Morgen」と言って挨拶を投げてくる。


「あぁ、おはよう」


正直言って、朝からこんな良い声が聞けるなら、今回の作戦から外されたのも悪くはない。

だが、ひとつ言いたい事があるのは、パンとハムチーズの他に、作られている朝食が見当たらない。


「ドイツの朝食ってそれだけなのか? だから皆そんなに細いって事なんだな」


「すっかり忘れてたわ、アメリカの朝食ってよく分からないから。ごめんね、今日はドイツに合わせてくれる? 10時にサンドイッチとフルーツにするから、それまで待ってて」


「へー、朝食が2回もあんのか。異国の文化に習うのも面白そうだな、今日のスケジュールは決まってんのか?」


一緒に机まで歩いて椅子に座り、目の前に置かれた切れ目の入ったパンに、ハムチーズを入れて口に運ぶ。

咀嚼しながら次々に表示されるレジャー施設の広告を片付け続けていると、都子からボイスメッセージが一件入る。


『明後日には日本に戻れそうだから、帰ったらドレイクと一緒に最終試験を受けてもらうわ。真逆やけ酒で訓練を怠ったりしてないでしょうね、私が基礎を仕込んだんだから、簡単に落ちられたら困るわ。JBにもよろしく言っといてね、out』


ボイスメッセージが消えてパンを口の中に押し込み、ソファーの隣にあったケースを机に置いて、HK416を中から取り出す。


「良いの持ってるじゃない、HK416は昔も高価だったけど、希少価値の高さからプレミアまで付いてる代物よ」


「友希那から貰ったんだ、マジで嬉しかったけどさ。明後日の試験で結果を残せなければ、多分ファンプリから抜けなきゃいけないっぽいからさ」


「試験に合格する自信が無いって事ね、表示される広告なら、どこかの施設を予約すれば少なくなるわ」


「施設なんか行ってる場合じゃない、少しでも訓練しないと。JBはエージェントなんだろ、訓練してくれないか?」


「良いけど、私は戦闘が得意じゃないから。代わりの者を用意する事になるけど、質は聞いてみないとまだ何ともだけど」


「マジか! 訓練させてくれんのか、準備する」


HK416をケースに戻して、ウラノスからの贈り物と送られてきたケースを、データで送られてきた暗証キーを入力し、ロックが解除されたケースを開ける。

中に入っていたのは、2つのメモリーチップで、左のものがJB、右のものが私宛になっていた。


「JBこれ、ウラノスからだってよ」


「チップ? また何か面倒事を……」


チップを投げてJBに渡し、自分宛のチップをASCに挿入して、中のデータを確認する。

読み込まれたチップが視界にデータを表示していくと、背後のJBが、机を叩いて立ち上がる。


「どうし……」


「ドイツのニュースを見て、今すぐ訓練のスケジュールを組むから急いで用意。今日の夜にはドイツに発つから」


JBから送られてきたフォルダを開くと、ドイツの民放が放送している空からの映像には、今日のライブの用意をしていたPhantom PrincessのPhantomが、ドイツの民家を駆け抜け、謎の仮面の集団と交戦していた。

Phantom Princessを護衛する凛凪が、M4カービンを撃ちながら、安全な場所にメンバーを誘導する。


「BNDからも警護を増やして、何としてでもドイツで不祥事を起こさせないで。特に平和の象徴であるPhantom Princessを傷付けたとなれば、世界からの批判が絶えなくなるわ」


「準備出来たぞJB、通信終わったか?」


「えぇ、すぐに出るから先に行ってて。私たちも行くから、ウラノスはそっちが終わったら回収しにドイツに来て、今日と明日のドイツ公演は中止、BNDと警察と軍が連携してテロリストを壊滅させるまで延期、安全が保証出来てから頼むわ」


口を止めずに次々に会話を進めるJBに感心しながらドアを開けると、自然に囲まれた中で、隠された様に一軒だけ家が建っていた。

殆ど無音の万能航空機のikaruga上空に姿を現し、少し広い庭に見事に着陸する。

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