外の世界⑥

「こちらHyperion、調子はどうだい聖冬」


「まずまずね、準備は整ったからアメリカが勘付く前にね」


「ういうい、out」


聖冬との通信を終えた斑鳩は、自動操縦に切り替えて背凭れに全体重を預ける。

大きく手を伸ばして眠そうに瞼を擦り、遂には猫の様に丸まってしまう。


後ろでそれぞれ自分の銃を整備しているPhantom Princessは、全員新曲のサンプルを聴きながら作業を続けている。

特にやる事も無く、回る椅子でくるくる遊んでいると、子どもが私の元にやって来る。


「乗せて乗せて!」


「椅子か? 危ないから膝の上に乗せてやんよ」


子どもを膝の上に乗せて再び椅子を回すと、両手をばたつかせて喜ぶ。

飛ばないように体をホールドしているが、暴れられると太股が痛い。


「友希那〜、そこ0.2ミリズレてるよ。左に調節した後に弾も細工しようか、マジックヒューズみたいにね」


「分かったから頭に顎乗せないで、せめて肩にして。だからって私を足で挟まないで……んもう、鬱陶しい男女」


「残念ながら女だよ〜、友希那よりも自信はあるね」


「それは胸の事? それとも身長の事?」


「どちらもさ」


「もう話し掛けるな馬鹿」


脇腹にフックを貰った斑鳩は倒れ込み、小さく咳き込んで静かに立ち上がる。

それからは背中にずっとくっ付いているなど、あからさまに邪魔する事は無くなった。


銃の調節を終えた友希那が、一息ついて斑鳩の頭に手を置くが、目を細めてからその手を払い除けて、何も言わず違う部屋に行ってしまう。

特に気にしていない友希那たちに対して、私だけ憤りを感じているようだった。


斑鳩の後を追って部屋を移動すると、籠の中で蹲っていた。

籠の前に立つと、視線を一瞬だけこちらに向けて、また目を瞑る。


「お前……本当に分からないやつだな」


体の下に隠している左腕は紫色に変色しており、痛みに耐える様にじっと動かない。


「この事は内緒だよエイルちゃん、この痣が出て来ると突然人恋しくなってね。不安からあんな事をね」


「別に隠さなくても良いんじゃねーのか?」


「なに、隠す事なんて何も無いよ。ただ苦しんでる姿はみせたくないだろう? 私なりの意地だよ意地、友希那たちには心配を掛けたくないんだ」


「その、お前の化学は何でも治るんじゃねーのか? あの、私らの中に埋められてる機械から薬を入れて」


「薬が無いんだ、残念ながらね。死ぬのかも分からないし、どんな症状が出るのかも分からない」


「私は馬鹿だから何も出来ねえけどよ、人恋しいならいつでも来いよ。ハグくらいしてやるぜ」


胸を拳で軽く叩き、瞼を閉じて気取ってみると、前からの衝撃に押し倒される。

目を開くと斑鳩が飛び付いて来ていて、倒れた私の頭の上に着地する。


「ねえ……てめぇ私のコンタクト取ってったなクソ猫野郎」


「コネクト、プログラム更新。UranosCode」


コンタクトが取り出された目にはASCが読み取るデータが映らず、景色だけが情報として頭に入って来る。

目に入っていても一切不快感など無いコンタクトは、生きている間には滅多に外す必要が無い為、今までの視界に慣れていた私には不安しか無い。


今はもうすっかり引いているが、痣が浮かんでいた左腕は手の跡が付いている。

それが真っ白な肌の上にあると、余計に目立って火傷のように見える。


「良いから返せ!」


「取れるものならとってみなよ、私は捕まらないけどね」


壁を駆け上って天井から少し出ている足場に乗り、同じ動きが出来ない私を見下ろす。

そこにも毛布が敷かれているらしく、まるで斑鳩の為に用意されているみたいな寝床が、この機体には数多くあるみたいだ。


「お父さん、今回のマジックヒューズみたいに……下りて」


「少し待ってくれない……」


「下りなさい」


「はい、下ります」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る