第28話:師弟

第28話:師弟



 トワは今日も今日とて、森の探索、採集、トラップのチェックとほぼ毎日の繰り返しルーチンワークの作業を行っていた。

 作業そのものはいつもと違いはない。

 あるとすれば、作業以外のもの。


「何か用があるんかな?」


 獣道の途中でトワは振り返った。

 トワとしてはもっと場所を選びたかったが耐え切れなかったのだ。それほど、鋭い視線を感じていた。ただ、害意は感じなかった。


 唐突にトワの正面少し先の景色が歪んだ。それはすぐにおさまったが、景色は歪む前と少し違っていた。


 まず目がいったのは皮鎧。アレクのものと同じ形をしていたが、唯一違うのは赤ではなく黒であった事。次に目がいったのは腰に下げた武器だった。アレクは恐らく両刃の直剣だが――それを抜いた所をトワは見た事がないので鞘からの推測だが――は左右両方の腰に反りの入った鞘を下げている。刀剣の類に詳しくないトワにも、それらが普通より短く思えた。トワの中にあるイメージに近いものを挙げるなら脇差だろう。


 最後に相手の顔を見る。熟年の男性。明らかに視線の主は彼だったとわかるのに、周囲に溶け込むように気配が希薄だった。


 その彼は敵意がない事を証明するように肩膝をつく。物音を立てないそれはトワに忍者を連想させた。



「お初にお目にかかります、トワ様。わたくしはスピアーズ守護兵隊の副隊長、タンクレートと申します」


 トワはその名に聞き覚えがあった。


「あー、あんたがタンクさんか。初めまして」

「おや、お嬢よりわたくしの事を聞いてましたか?」

「アレクの戦闘術の師匠でしょ。そっか、それじゃさっきのあれすがたかくし固有能力ギフトじゃなくて、汎用能力まほうやねんな」


 タンクレート――タンクは愉快そうに方眉を吊り上げた。


「これはこれは。一応、わたくし汎用能力者マジックユーザーである事は極秘なのですが」

「だったら、汎用能力まほうなんて使わなきゃ良かったやん。別にあんなもん使わなくても、他の人みたいに物陰に隠れんのもうまいんやろ?」


 タンクは目を細めて笑った。先ほどまでの鋭い光は瞳から消えている。それは好々爺の見本のような和やかなオーラを纏っていた。


「トワ様のお邪魔にならないタイミングを計っていたのですが……。部下達から気配に敏感とは聞いてはいたのですが、こうもあっさりと存在を悟られるとは。わざわざ、隠形ハイドを使った甲斐がありませぬな」



 汎用能力まほうとは、固有能力ギフト研究の成果。それも一つの方向性の完成形とトワはアレクから聞いていた。

 個人の能力である固有能力ギフトを、分化ダウンサイジング劣化ダウングレードしたものが汎用能力まほう能力ちからを限定的にする事で、固有能力者ギフターでない人間にも能力ちからの行使を可能にしたもの。


 ただし、汎用能力まほうの獲得は凄まじく心身に負担をかける為、結局汎用能力まほうの所有者――汎用能力者マジックユーザーとなる者は少ない。


 スピアーズ守護兵隊でも汎用能力者マジックユーザーは2名しかいない。

 一人は目の前にいる男性タンク。もう一人はその弟子で守護兵隊の隊長の女性アレク

 まだ二十過ぎのアレクが隊長なのも、固有能力者ギフターかつ汎用能力者マジックユーザーという稀有な存在だからだ。



「とりあえず、いつまでもそんな姿勢でおらんと。ほら立って立って」


 トワの言葉に、しかしタンクは首を横に振って、方膝をついたままの状態を崩さなかった。


「本日はトワ様にお願いしたい儀があり参りました。この事はお嬢も存じませぬ」

「うん、やろうね」


 特に問題ない事柄でトワに会いたかっただけならば、拠点セーフエリアを訪れるアレクに同行すればいいのだ。知識複写シフトインテリジェンスの維持の為にアレクは数日毎に拠点セーフエリアに訪れている。


 わざわざ単独で会いに来る理由。それはトワに危害を加えるつもりか、アレクに知られたくない事かのどちらかでしかない。



「これからお話する事は決して誰にも漏らさぬようお願いします。そして、これからお話する事を受けいられないと仰るのであれば、お嬢とのえにしを切って頂きたく」


 絶縁しろとは大層な話であるが、トワとしては『ああ、それか』という思いだった。


「たぶん、タンクさんがこれから言おうとしてる事は知っとるよ、私」

「は?」


 タンクは目を限界まで見開いている。


「ま、まさか。お嬢自ら?」

「それこそまさかやん。話せない事やからタンクさんはわざわざこうして来たんやろ?」

「それはそうですが。ならば何故っ!? ……いや、それが思い違いではないという確信はないのですか? お嬢はこれまで誰にも知られず、わたくしとてお嬢自らの告白カミングアウトで知った事ですぞ」

「んー」


 トワはタンクから視線をそらし空を見上てのびをする。森の木々の隙間から辛うじて空が見えた。地球とは違うのは、太陽に薄く輪がかかっている事ぐらいだ。


「確信したんはこうしてタンクさんが来たからやけど。私の知っとる人でたぶんアレクとおんなじな人がおったんや。時たまやけど、アレクが私を見る目がその人と被ってた」

「ご慧眼ですな。……本来なら立ち入って聞くべきではなき事と承知上です。その方とはどうなったのかお聞きしたく。下劣な品性だとどうぞ軽蔑して下され」


 タンクは方膝をついたそのままで頭を垂れた。


「まさかぁ。アレクは感謝しとったで。不出来な弟子を心配してこんな辺境について来てくれた。どうやって恩を返せば良いかわからないって」


 トワの言葉にタンクは情けなさそうな表情を浮かべて気弱に笑った。


「不出来なのは師匠のはずのわたくしです。かわいい弟子に戦う術しか教えてやれなんだ。あの他人に優しく己に厳しいあの子の……心の支えにすらなれなんだ。このよわいで恥ずかしい限りでございます」

「アレクもそうっぽいけど、タンクさんも自分に厳しすぎやと思うな。似たもの師弟やなぁ」


 トワは小さく笑ってから続けた。

 ただ、それは直接的な返答ではなかった。


「私はな……、失敗したんや」

「それは?」

「……取り返しのつかへん結果になってもうた。

 言い訳ならいくらでもできるで。

 私にとって、あの人みたいな人間は初めてやったし、まだ子供やったしな。まぁ、今も子供やけど。

 そういえば、こここのせかい成人おとなって何歳からやの?」

成人おとなですか? こここのくにでは15歳で成人と見なされます。わたくしの知る限りの国ではどこもそうですが?」

「そっか、私はまだ子供なんやな。でもな? 取り返しがつかないと知った時、私は誓ったんや。

 これからアレクとの関係がどうなるか、私には保障できへん。ただ、あの時犯した間違いは繰り返さへんと」


 そして、タンクを見るトワの目は、とても本人の言う子供のする目ではなく、とても凄惨なものだった。



 タンクには、いったいどのような経験をすればそのような目をするようになるのか、想像がつかなかった。


 だから、タンクは一言添えるだけだった。


「どうかお嬢をお頼み申し上げます」

「うん、がんばるわ」


 トワの声は何の気負いも感じられない自然体のものだった。



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