第28話:師弟
第28話:師弟
トワは今日も今日とて、森の探索、採集、トラップのチェックとほぼ毎日の
作業そのものはいつもと違いはない。
あるとすれば、作業以外のもの。
「何か用があるんかな?」
獣道の途中でトワは振り返った。
トワとしてはもっと場所を選びたかったが耐え切れなかったのだ。それほど、鋭い視線を感じていた。ただ、害意は感じなかった。
唐突にトワの正面少し先の景色が歪んだ。それはすぐにおさまったが、景色は歪む前と少し違っていた。
まず目がいったのは皮鎧。アレクのものと同じ形をしていたが、唯一違うのは赤ではなく黒であった事。次に目がいったのは腰に下げた武器だった。アレクは恐らく両刃の直剣だが――それを抜いた所をトワは見た事がないので鞘からの推測だが――
最後に相手の顔を見る。熟年の男性。明らかに視線の主は彼だったとわかるのに、周囲に溶け込むように気配が希薄だった。
その彼は敵意がない事を証明するように肩膝をつく。物音を立てないそれはトワに忍者を連想させた。
「お初にお目にかかります、トワ様。
トワはその名に聞き覚えがあった。
「あー、あんたがタンクさんか。初めまして」
「おや、お嬢より
「アレクの戦闘術の師匠でしょ。そっか、それじゃさっきの
タンクレート――タンクは愉快そうに方眉を吊り上げた。
「これはこれは。一応、
「だったら、
タンクは目を細めて笑った。先ほどまでの鋭い光は瞳から消えている。それは好々爺の見本のような和やかなオーラを纏っていた。
「トワ様のお邪魔にならないタイミングを計っていたのですが……。部下達から気配に敏感とは聞いてはいたのですが、こうもあっさりと存在を悟られるとは。わざわざ、
個人の能力である
ただし、
スピアーズ守護兵隊でも
一人は目の前にいる
まだ二十過ぎのアレクが隊長なのも、
「とりあえず、いつまでもそんな姿勢でおらんと。ほら立って立って」
トワの言葉に、しかしタンクは首を横に振って、方膝をついたままの状態を崩さなかった。
「本日はトワ様にお願いしたい儀があり参りました。この事はお嬢も存じませぬ」
「うん、やろうね」
特に問題ない事柄でトワに会いたかっただけならば、
わざわざ単独で会いに来る理由。それはトワに危害を加えるつもりか、アレクに知られたくない事かのどちらかでしかない。
「これからお話する事は決して誰にも漏らさぬようお願いします。そして、これからお話する事を受けいられないと仰るのであれば、お嬢との
絶縁しろとは大層な話であるが、トワとしては『ああ、それか』という思いだった。
「たぶん、タンクさんがこれから言おうとしてる事は知っとるよ、私」
「は?」
タンクは目を限界まで見開いている。
「ま、まさか。お嬢自ら?」
「それこそまさかやん。話せない事やからタンクさんはわざわざこうして来たんやろ?」
「それはそうですが。ならば何故っ!? ……いや、それが思い違いではないという確信はないのですか? お嬢はこれまで誰にも知られず、
「んー」
トワはタンクから視線をそらし空を見上てのびをする。森の木々の隙間から辛うじて空が見えた。地球とは違うのは、太陽に薄く輪がかかっている事ぐらいだ。
「確信したんはこうしてタンクさんが来たからやけど。私の知っとる人でたぶんアレクとおんなじな人がおったんや。時たまやけど、アレクが私を見る目がその人と被ってた」
「ご慧眼ですな。……本来なら立ち入って聞くべきではなき事と承知上です。その方とはどうなったのかお聞きしたく。下劣な品性だとどうぞ軽蔑して下され」
タンクは方膝をついたそのままで頭を垂れた。
「まさかぁ。アレクは感謝しとったで。不出来な弟子を心配してこんな辺境について来てくれた。どうやって恩を返せば良いかわからないって」
トワの言葉にタンクは情けなさそうな表情を浮かべて気弱に笑った。
「不出来なのは師匠のはずの
「アレクもそうっぽいけど、タンクさんも自分に厳しすぎやと思うな。似たもの師弟やなぁ」
トワは小さく笑ってから続けた。
ただ、それは直接的な返答ではなかった。
「私はな……、失敗したんや」
「それは?」
「……取り返しのつかへん結果になってもうた。
言い訳ならいくらでもできるで。
私にとって、あの人みたいな人間は初めてやったし、まだ子供やったしな。まぁ、今も子供やけど。
そういえば、
「
「そっか、私はまだ子供なんやな。でもな? 取り返しがつかないと知った時、私は誓ったんや。
これからアレクとの関係がどうなるか、私には保障できへん。ただ、あの時犯した間違いは繰り返さへんと」
そして、タンクを見るトワの目は、とても本人の言う子供のする目ではなく、とても凄惨なものだった。
タンクには、いったいどのような経験をすればそのような目をするようになるのか、想像がつかなかった。
だから、タンクは一言添えるだけだった。
「どうかお嬢をお頼み申し上げます」
「うん、がんばるわ」
トワの声は何の気負いも感じられない自然体のものだった。
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