第27話:溜め込む理由? そこにモノがあるから

第27話:溜め込む理由? そこにモノがあるから



 トワが宙吊りトラップから獲物を回収して戻ると、荷袋を肩に担いだアレクが豆腐ハウスの前にいた。赤い皮鎧と相まって、サンタクロースを連想させる。



「アレク? またそこで待ってんの? 中で待ってたらええのに」

「そうもいかないでしょう、トワ。礼儀上問題です」

「私は気にせぇへんけどなぁ」



 守護紋付きのドアは内側からはかんぬきをかけられるが、それ以外に鍵の類はない。

 が、実は一度閉めるとトワ以外開ける事が出来ない。アレクがいるときに色々実験をして分かった事は、守護紋付きのドアに限らずトワが創造クラフトしたものは、トワ以外の人間には使えないか、大幅な制限がかかるようだった。

 ただし、トワの感覚フィーリングがアイテムの権限管理を司るパネル探り当てた。これをトワは管理者アドミンパネルと命名し、アレクにはほぼ全ての権限を与えていた。もっとも、作業台ワークベンチの類など、トワの固有能力ギフトがあって機能を発揮するものには意味はないが。



 もうアレクが拠点セーフエリアを尋ねてくるようになってから随分と経つが、未だに律儀というか他人行儀な部分を感じる。まぁ、紛れも無く他人ではあるのだが。



「トワはどちらに行っていたんですか?」

「前に見せたトラップの確認。ムササビがかかってたんやけど、これの肉って食べられんの?」

「王都付近では生息していない関係で食肉ではみかけませんが、スピアーズでは食べられてます。皮膜を村秘伝のタレにつけて珍味にもされているようです」

「ああ、だから変換クラッシュしたら、肉や皮とは別に皮膜なんて出来たんやな」


 そして、トワは豆腐ハウスのドアを開けつつ、アレクの肩に目を向ける。


「で、それなんなん?」

「前にトワが注文したものですよ。昨日、頼んでいた行商人が着いたんですよ」


 それを聞いてトワは目を輝かせる。


「じゃ、それ!?」

「まぁ、包みを開くのは中に入ってからにしましょうか」


 トワのウキウキしながら先に豆腐ハウスに入っていくようすを、目を細めて薄く微笑むアレク。


「家具を変えたんですか?」


 トワに続いて入ったアレクが部屋を見渡す。彼女の言葉通りに、家具も以前より立派なつくりになっており――それでもほとんどが木製だが――、さらには家具の点数も増えていた。

 トワは頷いて。


「うん。もう私一人暮らすだけの部屋やないからね。もっとも、素材が基本木材やからそこまで大きくは変わってへんと思うけど」


 言いつつ、トワはアレクの持つ袋に目を向ける。


「はいはい。別にもったいぶりませんよ。どこに置きます?」

「そっちの大きいほうのテーブルにおいて」

「了解」


 トワが視線で示した先には、いつも二人がこの家で歓談するのに使っているテーブルではなく、配置図レシピの研究などで使われていると思しき、いくつかのメモが残っているテーブルがある。

 アレクは荷袋をその上にそっとおく。見かけは嵩があるようにみえるその荷袋だったが、物音一つ立てずにテーブルに置かれ、口紐が解かれた。


「来ったー!!」


 荷袋の口からこぼれたものを見て、トワは思わず握りこぶしを握った。棒状の繊維の塊に見えるそれは、綿花の種子だった。

 そのまま織機おりき創造クラフトすれば、糸にも木綿にも綿ワタにもなる優れものだ。


 森では自生していなかったので、入手を半ば諦めていたのだ。だが、アレクからスピアーズに定期的に来る行商人に対して、買うばかりでなく、欲しいものを注文しておけば、モノにもよるがその商人が入手可能なものならば、次回の来村時に商品として持ってくるシステムがあると聞いて、頼んでおいたのだ。


 単に木綿製品というだけなら、服などはスピアーズに予備があるらしく、実際今トワが来ている服は創造クラフトで自作したものではなく、木綿製の下着と服を着ている。森に出る時は、これまたアレクが持ってきた、革の外套コートを着ている。


 アレクの知識複写シフトインテリジェンスのおかげで、洋裁の作業台ワークベンチである服飾台の配置図レシピを発見し、豆腐工房スタジオ設置ビルドしてある。

 よって外套コートぐらいなら皮のストック分で自作出来たのだが、好意に甘える事にしたのだ。


 ただ、ちょっとアレクには世話を焼きすぎるきらいがあった。服にしろ、外套コートにしろ、本来は無料タダではないはずだし――誰かのお古という訳ではなく新品であった――、行商人への注文も手付けとして半額を前渡しらしいのだが、アレクが全て払ったのだという。


 お金には困っていないので。それがアレクの弁で、実際彼女はスピアーズに駐屯している守護兵隊の隊長トップであり、非武装地帯DMZにおける裁定を下せる権限をもつ国境特務員を兼任しているとの事。

 以前に、トワを監視していたのも彼女の部下との事。視線を感じただけで、はっきりとした姿を確認出来なかったところに部隊の錬度を感じさせる。

 ブレシア王国にとってスピアーズは辺境とはいえ、彼女はエリートであり相応の給金はあるのだろうが、トワとしてはさすがに心苦しい。



 だが、ここでアレクが更なる猛攻倍プッシュをかけてきた。



「ああ、それとこれを渡しておきます」

「何これ」


 何気なく渡されたのでトワはそれをあっさり受け取った。小さな皮袋の中に金属製らしきものがいくつか入っている。中を見るまでもなかった。


「ちょ、アレク! 何、このお金!!」

「何って、イノシシの牙とオオネズミの尻尾の代金ですよ。預かっていましたよね」

「いやっ、それは綿花の種子とかの前渡しを代替してもらった分の補填の為やろ!? 残金を請求されるならともかく、なんで戻ってくるねんな!!?」


 アレクは首をかしげるが、その目に宿る悪戯っぽい光で、わざとだとはっきりわかる。


「オオネズミはこの近辺では森でしか捕まえられませんし、あれだけの量と鮮度では行商人も、村の薬屋も競うように買っていきましたよ。その上、イノシシの牙のあの大きさ。まさか、魔獣化したものだったとは。

 あれだけでもスピアーズなら、数年は働かなくても暮らしていける品ですよ」

「……まぢですか?」

「ええ、まぢです」


 アレクの言う魔獣化とは、この森――ブラッドアースのような呪わしき地に生息する獣が、その呪いに影響を受け凶暴化、果ては肉体が変質したものを指す。

 ただの獣であった頃とは比較にならないほど危険な存在だが、それ故にその産物は高値で取引される。魔獣専門の狩人がいるほどだ。


 以前にトワが着ていたイノシシの皮で作った服もその意味では高級品であるが、かなりもったいない使い方をした事になる。服飾台には布や皮の製品を解体し、目減りはするものの素材に戻す機能もあるので、トワとしては皮に戻すつもりであった。魔獣化という現象を聞いて、すでに残りのイノシシの皮の使い道を決めている。



「という訳で、それは問題なくトワが受け取るべきものです。それでも全額ではないんです。ただ、今後も私を介してやりとりがあるでしょうから預かってますが、なんだったらそれも持ってきていいんですよ?」

「……イエ、ケッコウデス」


 アレクに譲る気配がなかったので諦めて所持品保管箱ストレージボックスに入れた。その為、中の貨幣の種類と数が分かってしまったが、トワは見なかった事にした。



 トワの手から皮袋が消えたのを確認してから、アレクは続けた。


「綿花以外も注文されたものはあると思いますが。念の為に確認して下さい」


 言われて、トワは荷袋の中身を引き出す。中身はそれぞれ布で包まれており、綿花の種子にしてもそのまま荷袋に入っていた訳ではなく、包んでいた布が緩んでいたから袋の口からこぼれたようだった。


「麦に、トウガラシ、ワサビにこっちはサトウダイコン?、ニンジン、玉ねぎ……うん、ちゃんと頼んだ種はあるよ」


 トワはそれらを畑で増やすつもりであった。トワの固有能力ギフトで作った畑の作物は爆速で育つ。二十日大根ラディッシュをせせら笑う感じだ。まぁ、ゲーム仕様だという事だろう。ゲームでもリアルの日数かかったら、PCプレイヤーキャラは飢えて死ぬだろう。

 ただ……。


「畑の作物を販売するのは、やっぱあかんの?」

「難しいですね。スピアーズの住人には、トワの事は魔獣狩りの専門家と説明していますし、何よりも成果物にも問題があります」



 トワは複雑な表情をし、アレクも困った顔つきになる。



 トワの畑の問題。それは旨い事だ。これが冗談でもなんでもなく大問題なのだ。

 この国ブレシアにも近隣諸国にも、当然農業は存在するが、品種改良という概念がないのだ。

 トワにとっては、元の世界にほんとほとんど変わらないと思っていたが、そもそも現代日本の作物は、どれも食べやすいように長い期間をかけて品種改良されたものだ。

 トワにとっての当たり前の味は、この世界テンパランスでは当たり前でないのだ。

 拠点セーフエリアの作物を下手に市場に流すと、その出所を探るものが出てきかねず、わざわざこの森で暮らしている意味を壊しかねなかった。


「まぁ、生活に不自由もないから、お金をかせぐ必要もないんやけどね。ただ、今はいいとして、保管用の倉庫をそのうち作らんとあかんやろうなぁ」


 トワは嘆息する。溜め込む派のトワは、それが資源リソースだろうが、食料フードだろうが、なんでも溜め込むタチであった。

 特に食料フードに関しては、消費を遥かに超える量を生産するので、保管用の倉庫とうふに土地が侵食され、新たな土地を開発するのが常だった。



 ある意味ではこの森ブラッドアースに危機がせまっているかも知れない。


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