第20話:封書

第20話:封書



『怪しい洞窟』



 そういう目印フラグを付けた場所がある。

 採石場を北方に向けて歩いて行くと壁側に切り取ったように四角い洞窟の入り口があった。


 トワの『力』で何かをしたのなら、四角でもおかしくないのだが、しかし自然に出来たというにはいささか無理があった。



 何よりも。



 感覚フィーリングが告げていた。


『何かある』と。


 感覚フィーリングとは違う『力』ではなく、素のトワよりの感覚がつげていた。


『行くべきではない』と。



 見つけたのは随分と早期だが、探索はずっと後回しにし続けていた。

 だが、森の探索も随分とすすんだ。書き込み地図の空白部分もかなりうまり、高台から森の外を見てみると、そう遠くない位置に人間の手による集落らしきものがあった。


 つまりは、トワはこの世界で独りではなかったのだ。


 いずれ集落を訪ねてみようとは思うが、その前にこの洞窟だけは確認しなければならない。誰に命じられた訳でもないのに、強く心に刺さったまま今まで過してきていた。



 洞窟の中で何があるかわからない。以前に遭遇したクマサイズのイノシシでもいたら、デットエンドが待っている。

 それでも、洞窟へとトワが足を向けたのは、森の探索に対しての区切り。そう考えたからだ。

 これからも森の探索は続けるつもりだ。ただ、この洞窟の探索が終わったら、森の外に出る事も頭にあった。ある意味、森を卒業する一種の儀式めいたものだった。






 洞窟の中は四角い入り口の割りには中はなだらかな下り道となっていた。トワはトーチたいまつを手に進んでいく。

 明かりに関してはトーチたいまつとカボチャを材料に、『カボチャのランタン』も創造クラフトする事は出来た。そう、ハロウィンのアレである。ただ持ち歩きに不便で、拠点セーフエリア敷地内の常設の明かりとして使っている。トーチたいまつは雨がかかると消えるが、カボチャのランタンは雨でも明かりを維持している。あるいはランタン共通の仕様の可能性もあるが、あいにく他のランタンは金属やガラスを必要としており、当分は外出はトーチたいまつに頼る事になるだろう。



 洞窟は、特に迷宮ダンジョンという訳ではなく、基本一本道に奥が見える程度のわき道がある程度だった。

 当初はわき道に入った瞬間、格子や壁が下りるトラップを想像もしたがそんな事もなく無事戻って来る事が出来た。

 わき道にはトラップはなかったが、宝箱の類もある訳ではなかった。


 だが、トワはわき道をチェックした。

 くまなく探索するという意味もあったが、わき道の奥には宝箱こそなかったものの『何か』はあったからだ。



「ガラスの綿か」


 そのわき道の奥の一つにそれは群生していた。地面どころか壁にも張り付いているそれは、光沢のある半透明で短い棒状な繭のような見た目のものを実らせていた。

 トワがその一つをもぎ取って所持品目録インベントリで確認した結果が、言葉の通りである。

 他にも光ゴケ、岩塩、紫コショウの実と、これまでトワがお目にかかれなかったものが続いた。


「出来すぎやろ」



 トワの声はしかし、不機嫌そうだった。


 確かにこの洞窟にあるものはありがたい。それは素直に認めよう。

 なら、何が気に入らないか。それは、言葉通りであった。



 トワはなぜこの世界にいるのか知らない。

 だが、知らないなりに、《力》の存在に気付き、感覚フィーリングによってその能力を引き出してきた。命の危険を乗り越え、うまくやってきたと思っていた。


 しかしこの洞窟に来て、まるでこれまでの事がゲームに落としこまれたように感じた。いや、そもそもこの世界がゲームの中の世界である可能性は考えていた。だから、問題はそこではない。

 問題なのは――。




「こ、これは……」



 洞窟の最奥と思われる部分。そこにたどり着きトワは言葉を失った。

 そこは多数のクリスタルで埋め尽くされた広間だった。クリスタル自らが発光しているのか、それとも何かの光を反射しているのかは分からなかったが、トーチたいまつの明かりが不要なほど十分に明るかった。



 そして、クリスタルの広間の中央には、まるで台座のようなクリスタルがあり、その上部に不明な力で浮遊し緩く回転しているものがあった。



 それは横長タイプの封書だった。しかも封をしているのはシールであり、柄はトワが好きな漫画のキャラクターである悠久山安慈のイラストが書いてあった。それは一般に売っているものではなく、カリスマ腐女子の友人が手書きで書いたオリジナルの封シールであった。






 もしも、これまでの事が見知らぬ誰かの手のひらの内の事で、トワが筋書き通りに踊らされていただけだとしたら? それはこれ以上なく不快な事だった。






 トワが左手を伸ばすと、便箋は吸い込まれるように手のひらにおさまった。

 すぐに封を開けたい衝動にかられたが、その事によって何が起こるか分からなかったので、所持品インベントリに入れた。


 封書の名は『封書[祝福の言葉]』であった。





 洞窟から出たトワが真っ先にした事は目印フラグを『怪しい洞窟』から『すごく怪しい洞窟』に変更した事だった。





 拠点セーフエリアに戻り、豆腐ハウスで簡易ベッドに寝転がりながら、トワは一呼吸おいてから封書の封をゆっくりとはがした。安慈ファンのトワとしては、封シールを破るという選択肢はなかった。腐女子な友人の洗脳はすでにトワの精神の一部を汚染していたのかも知れない。




 とりだした便箋の文章は、読むと同時に内容が頭に直接流れ込んできた。

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