恋の銃器と未恋のサキュバス
佐藤真登
一話 召喚
悪魔を呼び出そうと思う。
風のたなびく屋上で、一人の男子高校生がそんな決意をしていた。
彼は学校の図書館で借りた『悪魔召喚の書』を片手に仁王立ちをしていた。その足元には教室でパクったチョークで書かれた幾何学模様の魔方陣がある。この男子生徒が学校の備品である巨大文房具を拝借して書いた渾身の一作である。
彼の名前は田中龍二。
別に現実に悲観しているわけもなければ中二病を煩っているわけでもない。それどころか同級生の女子から積極的なアプローチをかけられ、はた目から見れば青春している少年である。
そんな彼が、悪魔を召還しようとしていた。
悪魔だ。七つの大罪だとかルシファーだとか地獄の大公だとかそんなやつだ。代価を支払う代わりに契約でいろんなことをしてくれる便利な奴だ。
悪魔は実在しない、というのが世間の通説である。それは現実世界の強固な常識だ。神や天使に悪魔や魔物。空想の産物であるはずのそれが、何の根拠もなく存在すると思っているやつがいたらそいつは間違いなくただの中二病が狂信者でしかない。
だが龍二には確固たる根拠による確信があった。
幻想だと思われているそいつらが、きっと実在しているだろうということを。妄想に侵食された願望ではなく、より現実的な可能性として悪魔は十中八九いるだろうということを確信していた。
龍二は、この世の中では意外と祈りが通じることを、その身をもって知っていた。幻想を呼び出すのは方法ではなく、確信と思いの丈が重要なのだ。経験からそれを察していた。
けれども神に祈ってはダメだ。あれはダメだ。役に立たないどころ、害悪だ。神とか死ねばいいと思う。マジで天界とか滅びたほうが良いと思う。天界がどんなところかなんて知ったことではないが、どうせロクデナシの溜まり場だというオチに決まっているのだ。
だから悪魔だ。代価さえ支払えば願いを叶えてくれる悪魔こそ、龍二が祈りを捧げるにたる存在なのだ。
龍二は祈る。一心不乱に助けを求める。
寿命なら三年分ぐらい捧げてやろう。魂ぐらいちょっとかじらせてあげてもいい。だから、だから――!
「悪魔よ俺の願いに答えろぉおおおお!」
渾身の祈りが屋上に響いたその瞬間、龍二の足元に描かれた魔方陣が光を放った。
「おぉ……!」
龍二の口から知らずに感嘆がもれる。ただの石灰の粉であるはずの魔方陣の文字が光を放ち浮かび上がってくる。平面だった模様が立体的へと変容し、ますます非現実的な様相を呈してきた。幻想が実現した光景はあまりに不可思議で美しく、龍二は自分で起こした現象にただただ圧倒される。
「はぁい」
龍二の祈りと意地が作り上げた魔方陣から現れた存在は、あまりに淫靡な形をしていた。
「とても、とぉっても精力的なお誘いね」
耳から入ったその言葉が、脳を犯してくるほど甘い。いつそこに現れたのか。龍二の祈りに答えたのは、見るだけで理性がとろけてしまいそうなほどに蠱惑的なまでの肉付きをした少女だった。
「あ、あんたは……」
「あら、そんなにおびえないでいいのよ」
魔方陣の燐光を体にまとわせて一歩前へ出た彼女は、美しいという表現だけでは官能的すぎる。年齢は龍二と同年代に見えるというのに身体の造りからささいの所作に至るまで男の本能を刺激するその姿に、龍二は彼女の正体を直感的に悟った。
「わたしは魂なんて物騒なものはもらないわ。寿命だって人間のちっぽけなかけらなんかに食指は動かないの。その代わりにね」
声を震わせる龍二に、彼女は恐ろしいほど魅力的な流し目を送る。異性への欲を直に刺激する仕草に当てられれば、彼女の種族がなんなのか龍二でもなくともわかるだろう。
「一晩、あたしを好きなようにさせてあ・げ・る」
「帰ってくださいお願いしますぅうううううう!」
龍二はうっかり召喚してしまったサキュバスに、全身全霊を込めた土下座でご帰還を願った。
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