Rust miNd

修介

「序」

第1話

薄い布団を足で蹴りながら朦朧とした意識を目覚めさせる。

本当はもう少しだけ沈んでいたかったのだけれど

喉の内をひっかくような乾きにだけは耐えることはできなかった。

ベッドの近くにあるペットボトルをけだるげに掴む。

最近になってくると炭酸飲料にすら胃をやられてしまいそうな気がして

水かお茶、スポーツ飲料で水分をとる毎日である。

アレルギーなのか痒い目をこすりながら身を起こすと

つけていたテレビからしゃがれたような声が聞こえた。

どうやらどこかの国の大統領がこの国にむかってなにかのメッセージを

おくっているようだ。

特に興味もないその声を消そうとリモコンの赤いボタンに指をかけ


「711番地のピザショップはいいね、私もあそこは好きだ。

 今日もデリバリーを頼んだが早すぎてサービス料金を出したいくらいさハハ…」


その心をもやつかせる声に目を細めて漏れる光を眺めていた。




乱れた服を整えて少し小綺麗なマンションを出る。

外にはしんしんと雨が降っていた。

これは大雨になるかもしれない、そう思い足早にバス停へ向かう。

バス停までは歩いてもすぐなので傘もささなくてもいいだろう。

1時間と少し前、寝こける前に大雨が降り

そのとき見えていた雲が一気に片隅の方へ引き返している。

今日は珍しく少し遠出の外食をしたいと思っていたので

ついてすぐ来たバスに乗り込みあてもないご飯探しをすることにした。


気まぐれに乗ったバスはある程度見覚えのある町へとついた。

電子マネーという先進的なものはなくしてしまいそうでなかなか買えずにいる。

自分が身を置く物書きという仕事はあまり稼げたものではないのだが、

幸いなことに給与は十二分に出してくれる会社のもとで今は勤めている。

少しの遠出は手痛いことではない。

しかしこの日は少し痛い想いをすることになった。

傘をささず小走りで訪れた定食屋の主人が時間も早々と暖簾をさげていたのだ。


「あれ、もう閉店か。」

「ん?ああ…もう店をたたむことにしたんですよ、すいませんね。」

「店をたたむ…とは、残念だ。」


雨宿りをするふりをして店主の耳元にそっと手をそえささやく。


「なんだったか、最近流行ってるみたいだね?」


「そうなんですよ。」

「惜しいよ、この店の和定食はそうそうあるものじゃないからね。」


若い店主は少し照れた様子でどうも、と会釈した。

そしてその後がっくりと肩をおとして入り口の戸の横を指差す。

よく見なくてもそこには黒い魔物が口を開いたように焦げ跡があった。


「例の『ガキ』共ですよ、まったく見境もなく暴れていくもんで。

 うちも何回か火をつけられて近所に迷惑がかかってるんで

 もう店をしまわざるをえないんですよ…くそ。」

「へえ…こりゃまた面倒なことだなあ。」

「お客さんみたいな人ばかり…っていうのもわがままか。

 なんせこんな時代、風潮の中で生きてるんだから…

 ちゅうわけですいませんねお客さん、ここらで。」


そそくさと暖簾をしまった店主は店の中に入ってしまった。

定食屋の電気が消えたとき、ここ秋雨市にはあかりがないと言っていいほど

人工的な光も人の出歩きもまた姿を消していた。

この男、折部正義は灰の空と街を見上げ溜息をこぼす。

そのときだった。

腰のあたりでなにかが振動しているのがわかった。

最近買い換えて使いかたもまだあやふやな携帯電話の着信のバイブだった。

相手は非通知。

折部は首をかしげつつも携帯の通話ボタンを押す。


「はい。」

『急いでください!会議は明日ですよ!!

 あっちの会社のオフィスの場所は覚えているでしょうね!!

 602番地のビルの3階!

 受付嬢のミスで急で申し訳ないですが至急向かいなさい。』


手短にそれだけまくしたてた女性の声は突如ぷつっと切れた。

誤解のないように言っておくとこの電話の主とは面識がない。

出版社で小さく書き物の仕事をしている折部には特に出張してまでの用事はなく、

もちろんだがその会議というものに対してもなにひとつしらない。

ツーツーと繰り返す電話を仕舞い、一度家まで戻ることにした。

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